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擬神ダムネーションズ ~ゲテモノ揃いの黎明社~  作者: 綾川八須
第一章:スタートラインから一万歩手前
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4 過去編:作文課題「将来の夢」は生死を問わず。


 気まずい空気を纏いながら解散した。鈴ヶ谷の二階にある用具室に竹刀を片付けに向かっている途中も、汗が染みて重たい服を着替えている最中も、孝里の心の中で渦巻いているのは罪悪感と後悔だった。


 ――お前なんか来なければよかったんだ!


 秀作のその言葉が、何度もリフレインしている。秀作の反応を見れば、言うつもりのなかった咄嗟の言葉だったのだろう。しかし、咄嗟に出る言葉というのは、日々感じていなければ出てこないものだ。


(僕がいるばっかりに、秀作くんを傷付けてしまった)


 秀作の夢は、退獄師になることだ。しかしそれは、祖父の跡を継いで鈴ヶ谷の社長へと就任するためではなく、日本最大最高峰の国家退獄機構【禍狩かがり】への入隊を目指しているからだということを、日華から聞いたことがある。


 禍狩への入隊は狭き門だ。そもそも入隊以前に、禍狩が運営している退獄師育成学校への受験合格さえも困難なのである。そのため、早いうちから訓練を積み、実力を上げて知識を蓄えておかなければならない。


 つまり、受験までの期間は貴重なのだ。マンツーマンでの訓練が理想的で、指導者に他の生徒がいるのならば、押し退けてでも実力をつけないと、合格は難しい。シビアな世界に入るためには、その過程までもがまたシビアなのである。


(確かに、僕さえいなければ、安西さんも秀作くんにもっと訓練をつけてあげることができたはずだ。……でも)


 ――私が干戈になって、孝里が退獄師になるの。そしたら、ずっと一緒にいられるでしょ? だからね、約束。


 幼少期に小指を絡めて交わした約束を思い出す。当時は夏休み期間中で、二人は八歳で、無邪気に、無垢に、退獄師と干戈に憧れる、ありきたりな小さな子供だった。


 孝里の双子の妹の名は、祈瀬きせ瑞里みずり。何を食べても栄養にならず、どんな治療を試みても快方に向かわず、緩やかに餓死する未知の病に侵され、実家のベッドよりも病室のベッドで眠ることが多かった。


「ねえ、孝里。わたしって、将来何になると思う?」


 将来の夢を問う質問は二種類ある。一つは、将来の職業について。子供ならば誰しもが繰り返し行うコミュニケーションの一環だ。


 夏休みの宿題の最後の難関である作文の課題は「将来の夢(職業)」である。学年と出席番号、名前まで書いたものの、それ以降鉛筆の芯がマスに文字を記すことなく止まり続けている。


 入院生活を余儀なくされている瑞里にも、夏休みの宿題は出された。瑞里も同じく作文の宿題に手を付けているのだが、こちらは「わたしの将来の夢は、退獄師になる孝里の干戈になることです。干戈になったら、」という中途半端な所で鉛筆を机上で転がし、頬杖をついていた。続ける意思はあるが、内容に行き詰っているのだろう。


「やっぱり、お母さんみたいな刀かなあ」

「瑞里、生きて大人になった時のことを書かなくちゃ」


 将来の夢はへの問いは、生きているうちの願望だけがが問いにはならない。この世界では、そうだ。死後にも、輪廻転生直前までの将来が続く。


 生は二種類、死も二種類。その中の将来の夢を問う質問の片方は、肉体の死後、どんな武器として生まれ変わりたいかということである。これは老若男女問わず、暇な時間があれば何の気なしに、容易く軽々しく交わされる問答の一種だが、孝里にとっては苦手な会話だ。


「えー? だって、それ以外にないんだもん、将来の夢。それに、孝里の夢はお父さんみたいな退獄師でしょ? だったらわたしは、お母さんみたいな干戈になるの!」


 双子の母親は、二人の出産時に命を落とし、父によって一振りの太刀として生まれ変わった。父――日澄よすがはどこの組織にも属さないフリーの退獄師だった。よく笑い、冗談が好きで、人当たりもよく、いろんな人に好かれていた。


 孝里も好きだった。愛していた。憧れだった――父は、退獄師を目指した一番最初の理由だった。

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