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42 混戦—「「また後でな!」」

 阿蝉神社へと赴く際にいつも通る石造りの橋は、巨岩に潰された覚えのあるナンバーの車が出入り口を塞いで通行止めになっていた。どうにか避けて渡ろうと途中まで身を乗り出したものの、橋自体が無惨に崩落しており、秀作達は遠回りをして入山した。


 阿蝉山全域に跋扈(ばっこ)する禍身達との戦闘を交えながら道中を進む。鈴ヶ谷の退獄師は全員出動しており、数分前に下田が戦っている姿を遠目から確認することができた。


 青猿の面を被った黎明社職員と、赤狗の面を被った禍狩職員も見かけたが、この二社は禍身を含んだ三つ巴の戦いを行なっており、山を木っ端微塵にするかの如く激しい技を繰り広げ合っていた。噂通りに険悪な様子である。


 藤田は戦闘中に禍身と共に赤く発光する枠に入った途端姿を消し、それ以来秀作は安西と宮地との三人行動中だ。


 安西は、倒せても倒せなくても満遍なく一太刀を食らわせていく。禍身を睨み付ける眼光の中には、仇を見つけださんとする炎が宿っていた。


 安西の仇は二人――阿蝉山の狛犬・吽形の毛皮を被った巨大な猫型の禍身と、今は釈神と名を変えた天原(あまはら)祇雲(しうん)である。


 釈神の方はきっと施設の中にいるはずだ。妻である猫の禍身も付き従っているだろう。この二人を討伐するために目指すは施設である。


 赤い枠は別の場所へと侵入者を転移させる代物だというのはわかった。枠を避けながら、禍身の妨害を受けつつも迷うことなく白砂利と石畳の広場に抜け出ることが出来た。


 そして視界に飛び込んできたのは、ぐったりとした様子の孝里が、安西宅で邂逅した斎場衆の青年と似た衣服を来た少女に、枠の中へと消えていった瞬間だった。


「ジジイッ!」

「ん?」


 こちらからは真正面に位置する、円柱の口に蛆のような牙を蠢かせる禍身を最後に排出した後消失した枠の後ろから、見知った男かひょっこりと顔を出した。赤茶色の蓬髪の、あの青年である。


「あっれー? 何お前、こんな所にま出来たのかよ」


 年若いとはいえ斎場衆の一員である。安西が切り掛かるが、すぐ目の前に出現した転移枠に踏み止まった。そこから現れた、蟷螂(かまりき)型の禍身との鍔迫り合いを競りながら、安西が言う。


「この異能、お前の力か!」 

「うん。戦闘向きじゃなくて、無賃の移動手段でダサいから、そんな好きじゃないんだけどねー」


 青年は自信の異能を嫌って不満気な顔をしてみせるが、大量の禍身を無尽蔵に出現させることが可能な異能の何を戦闘向きではないと疎んでいるというのか。


「孝里をどこにやった⁉︎」

「家族の再会会場まで」


 青年はふらりと首を揺らしてホールを指した。


 ここからホールまでは、あと二百メートル程の距離がある。敷地が無駄に広大過ぎて嫌気が差す。青年が出現させた転移枠の中から出現した禍身の数は多く、巨体を聳える個体が複数おり、それらを掻い潜って進むのは、山中を疾駆していた時よりも困難だ。


 激しい剣戟の音が、禍身の呻き声を斬るかの如く響いている。分厚い肉を断つ鈍重な音が身近に聞こえ、そちらを向いた瞬間に巨体の禍身の首が蕾のように落ちて、天高く血飛沫が噴き上がった。


 二つの人影が瞬息の速さで接近と後退を繰り返し、白銀の煌きと火花が点滅を繰り返している。互いを攻撃し合いながらも、周囲の禍身までも殲滅し尽くさん勢いで駆逐している。


 血膨破裂した禍身の血肉が驟雨となって降り注ぐ。青年は自身の上に転移枠を出現させて回避し、安西はドーム状に結界を張って秀作を引き込んだ。血と肉と骨と――弾き飛ばされた奏士郎の背が当たる。靴底でしっかりとブレーキを掛けながら勢いを殺し、トン、と触れた。


 奏士郎は全身に返り血を浴びていた。幽鬼のように立つ姿が心の芯の部分からぞわぞわと恐怖を湧き上がらせる。


 苛燐の姿は無かった。太刀と同一化しているのだ。そちらの方が異能も所有者も力を増すのである。


 奏士郎とオモカゲと呼ばれている男は向き合っている。オモカゲはまるで陶器で顔を作ったかのように心や感情の所有を感じさせない表情をしていた。目を開けた死者。そう浮かんだ印象は、刃を交えて相対する奏士郎のみならず、彼の背後に並ぶ秀作達も感じていることだった。


「ちょっと、オモカゲ」

「……オモカゲ?」


 青年が呼んだ男の名に、奏士郎が訝しげに反応した。先程孝里を攫って行った少女も名を呼んでいたのだが、その時は聞き取れなかったので、今回で初めて男のなを知ったことになる。


「コイツらに構ってる時間ないって。ユウじゃ祈瀬孝里を背負って行けないっしょ。早く合流して、ずらからないとさあ」

「……慌てるな、カイ。すぐに目を覚ます」


 抑揚の無い声でオモカゲが返す。青年――カイの抑揚が騒がしく聞こえるくらいだ。


「んでも、あっちには釈神と雌猫がいんるだぜ? お前と離れたんじゃ、ユウを誰が守るんだよ」

「猫はこちらに寄越せばいい。ユウのことは、心配いらない。孝里を送り届けらた、すぐに身を隠すように言っている」

「は? まあ、ならいいかもだけどさあ……でも、釈神は? 祈瀬孝里を殺すつもりだぜ? マズイだろ」


 カイは眉根を寄せた。声に嫌悪がこもっている。襲われたことが腹に据えかねているのだ。おそらく、カイのプライドは高い。そのため、遁走という手段を強要させられたことが屈辱なのである。


「――神殺しに利用する」


 チカッと、一瞬何かが明るく煌めいた。そしてその直後、突如として響き渡ったギイィンッという強烈な鋼の音は、秀作の全身に鳥肌を立てた。


 目の前から、いつの間にか奏士郎の姿が消えている。首を上げなければならない程の上空に、奏士郎とオモカゲが浮かんでいる。奏士郎が斜め上へと太刀を振り上げた体勢を維持していた。


 安西には、辛うじて何が起こったのかを視認することができた。奏士郎の初動は見えなかった。瞬く間の速さとはこのことを言うのかと、干戈を有している者から見ても常軌を逸している速度でオモカゲとの間合いを詰め、逆袈裟斬りを繰り出したのである。オモカゲも己が太刀でそれを受け止めた。秀作が見た一瞬の煌めきとは、鋼同士が激突したことにより発生したした火花だったのだ。


「――そりゃあ、駄目だぜ」

 

 雨雲の中で鳴るくぐもった雷鳴のような声で、奏士郎は言った。


「お前はまた、俺からアイツ等を奪うつもりなんだな。」

「!」


 逆袈裟斬りの軌道をなぞるように振り下ろされた刃に蒼炎が纏わり付いた。連撃。オモカゲは素早い攻撃の手にも殺されることのない重さをいなすことで精一杯だ。


「猫!」


 鋭くカイに言葉を飛ばすと、「わかってる!」と怒号が返り、転移枠が出現した。


「!」


 巨大な狛犬が、枠の奥にいる。秀作がすぐに思った。秀作の隣で息を呑んだ安西も同様である。


 だが、それは狛犬ではない。艶の無い毛並み。濁った陶器のような目は虚で、だらんと垂れた下顎の中には黒猫の顔がある。ギョロ、と赤い目玉が動き、狛犬の皮を被った猫の禍身は、耳元まで裂けた大きな口を開いた。


「 何者だ?! 」


 猫は毛を逆立てながら、一番初めに目についた奏士郎を目掛けて飛び出し――安西が獰猛な雄叫びを上げながら切り掛かった。


「うおぉぉおおぉおおぉおおおぉッ‼︎」

「 ッ⁉︎  」


 白銀、一閃。禍身の横腹に赤い線が浮かび、そこから血潮が噴き出した。


「お前の相手は俺だ、クソ猫!」

「 おのれッ! 」


 禍身は、(さめ)のような二重になっている牙を見せつけるように咆哮を上げた。


「秀作!」

「!」


 安西は僅かに振り返りながら秀作を呼び付けた。


「あの転移枠に入れ! 建物の中に繋がってる!」


 安西には転移枠の中の光景が見えている。薄暗い影に染まった灰色の壁がある。もちろん、転移した先がホールに直通しているのかは定かではないが、それでも近道になる可能性がある。広場にはまだ数多くの禍身がいる。安西は、この猫の禍身を殺して吽形の仇を獲るつもりだ。秀作を守っていられる余裕は無いし、何より一刻も早く孝里と日華を探して合流して欲しい。


 カイはオモカゲの援護に意識を向けていて、二人の思惑には気付いていないようだ。しかし、転移枠はノイズのようにぶれ始めている。急いで突入しなれれば。


 安西は秀作を庇うように位置をずれ、転移枠と秀作の盾となる。秀作が駆け出した。


「 旦那様の所には行かせない! 」


 禍身が巨体を大きく広げて飛び掛かる。腹には縦一直線の口。牙が羅列している。胃に繋がっているのか、黄色い液体が零れ、それは転がっている禍身の肉片に降りかかると煙を上げながら溶かしていく。


 安西は結界を張り、胃液を防ぐ。しかし、その結界ごと三本の尻尾を一纏めに揃えて繰り出された殴打によって吹っ飛ばされる。宮地の刃を地面に突き立て、白砂利を切り裂きながら急停止すると、秀作を狙う鎌のような爪を立てる前脚を目掛けて突進した。合間に入って刃を横一文字に構えて爪を押し上げる。


「今だッ……行け……!」


「秀作! ――任せたぞ!」


 秀作も、安西自身も、考えたくない話ではあるが、これが最期の会話になる可能性があるのを自覚している。退獄師は、死に直面する職業だ。死の権化と相対し、立ち向かう存在。


 だからこそ、約束を交わす。

 簡単には死ねない、生を諦めることができないような、そんな約束を。

 内容は重いものでなくても良い。日常の会話の中で、いつも容易に放っている言葉でいいのだ。


「「また後でな!」」


 秀作は転移枠を通り抜けた。安西と禍身の怒号が符合し――周囲は薄闇に包まれた。

 

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