表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/39

34 花枯れ―失われたモノ

 荒い。雑い。

 

 孝里をよろしくお願いしますと言ったばかりなのに、早々に裏切られて安西は慄いた。必要以上の危険な目に遭わせないように、という意味も含んでいたのに、汲んでもらえなかったのだろうか。それとも、あれが黎明社の普通なのだろうか。時と場合によって時短はもちろん大事だが、それにしたってやり方というものがあるだろう。

 

 車に乗り込む三人を見送って、安西は一人娘である日華に連絡を取ろうとスマホを取り出し、電話帳を開いた。秀作が到着した頃だろう。このまま二人で最寄りの地下避難シェルターに避難して、事が終息するまで安全域で大人しくしていて欲しい。きっと、孝里が来ないことに不安を感じることだろう。状況を説明しておいた方が良いという判断だった。

 

「あの、誰か武器庫開けっぱなしてました⁉︎」

 

 怒声を放ちながら血相を変えて飛び込んできたのは、武器庫へと走らせた下田だ。尋常ではない様子に、鋭く安西が問いかける。

 

「何だ⁉︎」

「武器庫の鍵が開いてたんです‼︎」

「そんなはずは……夜勤者は俺と藤田と立松だった。孝里から通報を受けて入ったが、出発前に施錠して立松と二人で二重確認したぞ」

「その後は、誰も踏み入ってない。持ち出した物品が今も持ってる」

 

 安西に続いて立松が言う。


 武器庫の施錠時の二重確認は鉄則だ。武器庫とだけあって、刀や銃など、部外者に触らせてはいけない殺傷武器がある。それらの盗難被害に遭えば一大事件は免れないし、魂縛符なんて持ち出されてしまえば重大事件だ。退獄師や忍備役ではない者が他者を殺害し干戈へと転生させ、それを使って暴れ回る――過去に数例発生した事件だ。容疑者の死刑は確実で、それは当然なのだが、干戈の方の処遇が哀れなのだ。干戈になって一番最初に人を殺傷して血の味を覚えてしまった場合、忌蔵へと封印される。干戈は意思のある武器だ。生前は温厚で虫一匹さえ殺せないような人格であったとしても、転生して干戈になれば武器としての本能が大きく現れて好戦的になる。特に、一番初めに覚えた血に執着し、だからこそ好戦的とはいえ無差別に斬りかかったりしないようになるのだ。しかし、生者の血肉を覚えてしまったら? 周囲には生者で溢れている。傷付けたい、殺したいと心が疼き、やがて堪え切れなくなって人を無差別に殺傷するのだ。だからこそ、どんな成り行きで干戈となり、生者を殺傷することになった経緯を持っていたとしても、忌蔵にて厳重に封印されるのだ。

 人として殺害され、干戈として転生しても尚、不遇を強要される。被害者側に救いが無い。

 

 そんな事態がこの町で発生したら? 最悪のケースが頭を過る。額に冷や汗が滲み、背筋を悪寒が走り抜けた。

 

「――魂縛符と短刀が盗まれてます‼︎」

「なっ」

「はぁ⁉︎」

「監視カメラの確認を!」

 

 絶句した安西と立松の代わりに、優作が指示を飛ばす。事務員がパソコンに飛びついて、玄関の監視カメラ映像を確認し始めた。電話の応対をしている場合ではなくなった。鈴ヶ谷の職員たちが映像を確認しようと集う。

 

 孝里たちが玄関を通ったあと、少しして下田が追走した。映像を早送りしつつ、何者かの姿が立ち入る場面を追う。床に差し込む光が赤く染まり、あの赤い彗星の襲来の時間帯になった。しかし、下田以降の出入りが無く、であればと昨晩の映像を確認することにした。

 

 昨晩の中で考えられる可能性といえば、孝里からの通報を受けて廃工場へと急行した時間帯だろう。完全に無人になってしまっていたことを思い出して、一気に緊張感が高まる。ビル内部への侵入口としては、正面の自動ドアと裏の水場のドアだ。自動ドアは社員証のコードを認証画面に読み込ませなければ入場できない完全オートロック式で、水場のドアには窓が無く、そして鍵は内側にしか設置されていない。侵入は不可能だ。窓が破壊された形跡も無い。


 盗人はどうやって侵入した? 


 時間帯を事件発生時に指定し、大慌てで外へと駆ける安西、立松、藤田の姿のその後を早送りで映像を進めていき、映像内で僅か十分ほどが経った時刻になった頃、職員たちは「あっ」と声を上げた。

 

 人がやって来た。それは、誰もが見知り、そして嫌悪する人物――竹内だった。いつもの前方を蹴り肩を大袈裟なまでに揺らす歩き方ではなく、何の特徴もないごく普通の歩き方でやって来た。昨晩は歓迎会があると北川が嘆いていたのを思い出す。酒を飲んでいたはずだが、竹内の足取りはあまりにも平然としており、素面のように見えるが、表情がボーっと虚である。しかし、唇だけは小刻みに動いており、何やら呟いているかのようだが、その音声を拾い上げることはできなかった。


「まさか、彼が……?」


 優作が声に疑惑を滲ませた。その言葉から竹内を庇う者は誰もいない。身内の犯行だと疑いたくはないが、竹内ならば悪い意味での信用に足る人物だ。そして、もしもそうであれば盲点を衝かれたことになる。


 竹内はジャケットから社員証を取り出すと、自動ドアの認証画面に当ててロックを解除し室内へと入った――侵入方法はこれか。


 竹内は階段を上がり、どういうわけか事務所のある二階ではなく三階へと踏み込んだ。三階フロアは社長室と倉庫代わりの空き室がある。竹内は真っ直ぐ社長室に向かった。


「……まさか」


 優作が何かを悟り呟いた。それは、他の職員も思い当たることだ。

 社長室の扉が開け放たれ、竹内は入室した。スマホを取り出してライトを点け、優作のデスクへと歩み寄ると、引き出しを次々と開いて中を漁る。そして見つけた。二連の銀色の小さな物を掌に乗せている。竹内はそれをしっかりと握り締めると、すべての引き出しを閉じて社長室を後にした。階段を下りて武器庫へ。銀色の物体の一方を鍵穴に挿し、半回転させる。竹内はドアノブを捻って押すように力を込めると、扉は部屋の闇の中へと沈んでいく。


「マスターキーか……」


 藤田が舌を打つ。

 マスターキーは事務所のキースペースではなく、社長室のデスクの引き出しに保管されていた。三年前の事件で孝里が短刀や札を持ち出した際に、全保管棚には鍵が取り付けられた。事務所にある武器庫の鍵は各保管棚の鍵が房のように吊り下げられているが、社長室のマスターキーはたった二つで、一方は鈴ヶ谷ビルの全ての扉、もう一方は保管棚の全ての鍵に使用することができる。


 鈴ヶ谷に限らず、退獄組織には時折、禍身出没の虚報が通報されて来る。時間帯は深夜帯が最も多い。明らかに人員が少なく、寝不足などで多少弱っている状態を狙うのだ。その目的は、武器庫の中身の盗難。不埒者にとって、退獄組織が管理する武器庫の中身は宝庫と同等だろう。刀や銃火器等の武器、異能の効果を発揮する様々な札や呪具等、興味や好奇心をそそられ、邪念や悪意を唆す物ばかりだからだ。


 虚報かもしれないと半疑しつつも、実報だった場合は被害が出る。退獄師は出動し、忍備役だって自分の仕事で手一杯になるのだ。場合によっては、離れることだってある。そんな状況を利用して鍵を盗み、そして武器や物品を盗んで行く輩への対策として分けて保管していたのだ。それが、今回は仇となった。


 危機管理に油断が生じていた。こちらの落ち度だ。身内を信じ過ぎていた。不測の事態だったと言い訳にもできない。しかし考えれずにはいられない。虚報を齎す糞馬鹿共と、この竹内のような犯行に手を染める輩さえいなければ、決して起こることのない事件だったと。


 悔しくて遣る瀬無い。一同は竹内を最大限ボコボコにした後に警察に突き出そうと心に決め、さらに続く過去に過ぎ去った悔恨の記録を確認する。


 迷うことなく最初に向かったのは、特攻符や護符などが保管されている引き出しである。竹内は一番上の引き出しを、これもまたマスターキーで解錠された。一万円札ほどの大きさをした紙を持ち上げ、トランプカードのように広げる。枚数は五枚。画面が符に書かれた呪文を読み取ために拡大される。


「魂縛符だな」


 下田の報告に挙がった、失われた魂縛符である。


 鈴ヶ谷は、符類の所持枚数を設定している。結界符や簡易封印符の定数は二十枚。特攻符は十枚。魂縛符は五枚である。差があるのは単純に金額の違いである。国からの資金制度などを利用していると言えども、鈴ヶ谷は個人経営の退獄組織であり、退獄界のみならず世間からの知名度も目出度くは無いので、遠方に出張派遣させるほど任務を与えられることもない。完全地域特化型の体制なのである。そのため、討伐報奨金の得る機会も少なく、符類の備蓄のための大量に購をを行うことができないのだ。


 最も高価なのが、魂縛符である。然も当然であり、死者の魂を現世に留まらせるという御業を実現可能にする代物だからだ。無論、それを裏稼業や闇ルートへと売却したならば相当な値打ちとなる。


「どこぞに売り捌くつもりか? いやしかし……」


 優作は、ポケットに魂縛符を突っ込む竹内を睨み付けながら、武器庫から盗まれたもう一つの品を思い出した。


 竹内は武器保管棚の一つ一つをライトで照らしながら、中身を物色していく。武器棚の中から選ばれたのは、下田の報告のうちの一つに挙げられた短刀だ。鞘を半分まで抜いて光を当て、銀色の刃の輝きに見惚れている。


「……まさか、誰かを殺して干戈にするつもりか?」


 安西が低く唸るように言う。


「はは……そんな度胸が、こいつにあるとでも……?」


 嘲笑する藤田だが、その表情は強張っている。


「魂縛符だけじゃあ、干戈に転生させることはできない。でも、


「……安西さん、俺、今凄く怖いんですけど……」


 下田は血の気の引いた顔で声を震わせる。


「日華ちゃん、大丈夫ですかね……?」


 ――ヴー、ヴヴヴ……


 着信を知らせるスマホのバイブレーション。ジャケットの左側内ポケットにその震動を感じているのは、安西だ。


 人生史上一番の恐怖と緊張を感じながらスマホを取り出し、画面を確認する。差出人は、


 ――鈴ヶ谷秀作。


 日華と共に地下避難シェルターに避難するように指示していたのだ。きっと無事に合流したことを報告するための着信に違いない。だが、下田の懸念が最悪の事態を想定させる。


 竹内は、安西の愛娘である日華に邪念を抱いていた。あれを恋や愛だなんて美しい言葉で着飾れるようなモノではない、竹内の日華に対する情は欲情だと、安西は嫌悪していた。自分がいない間は秀作や孝里が身体を張って守ってくれていたが、昨晩のように個々の状況が合わずに、どうしたって傍にいてやれないことだってある。


 大丈夫だ。念じる。願う。己を宥めながら応答ボタンをタップした。


「もしもし、秀作?」

〈――……〉


 通話の向こう側は静寂だった。こちらは相変わらず、通報の知らせる固定電話の呼び出し音で祭りのように騒がしい。


「おい、秀作……? 日華は……?」

〈――……おっさん〉


 二度呼び掛けて、ようやく応答が返って来た。しかしそのあまりにもの弱々しい声音に、安西は自分の中にとある願望が急激に生まれてきたことを感じた。


〈――日華が、死んでる……〉


 ――ああ、俺も死にたい。


 視界が落ちて、床と自分の拳が見えた。喉が急激に痛んで、胸の中が力んだ。安西は自分が絶叫していることに気付けなかった。眩暈と耳鳴りに吐き気がした。


 まだ通話は繋がっている。秀作が聞いている。しかし安西が、絶望の咆哮を塞き止めることができなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ