31 忌蔵襲撃-青猿の群れ
「孝里クンの御両親と響クンは、うちの同級生だったんですよ」
いじけた奏士郎が喋らないと見て、代わりに影倚が説明を始める。その事実は孝里だけでなく、秀作や下田までもを驚かせるものだった。
「同級生!?」
「は!? うちの、っつーことは……鳳越響は禍狩の養成学校出身じゃなくて、黎明社出身!?」
「孝里の御両親凄すぎない!?」
孝里は思わぬ情報に目を剥きながら、一つ納得した。
「そうか……だから父さんの一番推しだったのか……」
「え……一番推し?」
影倚は素っ頓狂な声で訊き返した。
「はい。父は、ずっと鳳越響さんを応援したました。新聞とか雑誌を切り取ってスクラップノートを作ったり、等級が上がった時なんか、ホールケーキを買って来て家族でお祝いしたりなんかもしました。本当に、大好きだったみたいなんです」
親友だったとあれば納得だ。……しかし、それなのに何故殺し合うほどに敵対している立場に立ったのか、鳳越響にとって、それは裏切りともいえる愚行であったはず。親友への失望と絶望は計り知れない。
「……そっかあ」
影倚の声が涙ぐんだ。目元を押さえて「……うぅっ」と唸る。
「ホント、何であんなことに……」
悲哀の吐息交じりに零される。孝里は、日澄よすがが妻であり干戈であり、そして母である美縁を殺害するように命じたことを報告するべきか迷い、やめた。ここでは言えない。秀作と下田がいるからだ。孝里は保身に走った。
「んならよ、ジジイは鳳越響の親友の子どもってことだろ。何で居場所を教えちゃなんねえんだ? もしかしたら、一番の味方になってくれるかもしれねえだろ。双子のことだって、鳳越家の権力でどうにか……」
秀作の疑問に答えるのは、鳳越家の人物である奏士郎だ。
「無理だな」
と、一刀両断の即座に、嘲り顔に侮蔑の混じる声で継ぐ。
「現当主が統べる鳳越家は、はっきり言って糞だ。滅んじまえばいいほどにな」
鳳越の苗字を名乗る奏士郎にとって、鳳越家は実家であり本家であろう。それなのに、彼はあまりにも嫌悪している。
「あのババアは退獄界の過激派だ。瑞里の忌蔵封印の時だって、同じ派閥を募って破壊一択だとを提言していた。先生……神志名白呂が突っ撥ねてくれたがな」
「いやあ、マジで自分らも超頑張りました……鳳越家当主を暗殺に行こうとする奏士郎クンを押し止めんの」
自分の知らない間に、瑞里が殺されようとしていたことに心底肝が冷えた。しかし、奏士郎を含め、先ほどの電話相手である神志名白呂が守護に尽力してくれたようで、窮地を脱したらしいことに、孝里の冷えた肝は熱を取り戻した。
「瑞里を守ってくださって、本当にありがとうございます」
「気にすんな」
「そうそう。当然のことをしたまでだからね」
奏士郎と影倚は片笑んだ。
しかし、守ってもらったその瑞里も、今で行方不明だということを思い出しすと、決して安心はできないが。もしかしたら、鳳越家を含む過激派――瑞里処刑派の退獄界の重鎮達が、この機に乗じて処刑工作を企てないとも限らない。今頃、一族や息のかかった退獄機関の退獄師や干戈、忍備役を動員して瑞里の捜索に当たり、斎場衆に寝返った罪人として処刑してしまう可能性があるのだ。
「何でそこまでして、ジジイの双子を殺そうとすんだよ。日澄よすがに悪用されただけの、れっきとした被害者だろうが」
秀作にとっては、退獄界への怒りと失望を抱くほどの理不尽だ。ある程度の権力の不当な横行があるだろうとは予想していたが、最悪の犯罪者に悪用された少女を処刑しようとするほどまでとは思わなかった。
「怖いんだよ。悪者達にとって、祈瀬瑞里チャンは日澄よすがが使用した干戈だって箔がついている。退獄界もあの子に箔をつけていてね、干戈としての等級は、何と何と甲一級だ」
干戈の中では最高最上級の等級だ。孝里は息を呑んだ。
「彼女を求めて巻き起こった襲撃は、令架地獄顕現災害以前よりも格段に頻度が増加した。重鎮達も高い等級を持っているけれど、それは家柄が与えただけのおざなりな冠で、実力には基づいていない。もしも瑞里チャンの巻き添えで忌蔵が突破され、数多の干戈が悪の手に渡り、一族を滅ぼさんと襲撃されても、敵うとは思っていないのさ……危惧していたことは、今事実になりかけているけどね」
「俺はあの檻を出て黎明社に身を置いているが、響は違う。孝里と瑞里を禍狩に渡すことはできない。禍狩は政界の犬であると同時に、鳳越家みたいな過激派一族の犬だ。良くて封印、悪くて処刑だ」
封印、処刑……どちらの言葉も重い。緊張感が高まって来る。
「……ジジイの双子の事情はわかった。けど、ジジイまで同じ処遇になりそうな言い方だな」
「俺も思いました。どうして孝里まで、封印や処刑を科されそうなんですか?」
「極秘の機密だ。理解しろ」
「はあ? ジジイだって知りてえだろ。なあ?」
秀作は孝里を利用して聞き出そうと目論んだ。もちろん、孝里も気になる。日澄よすがの息子だというだけで、処刑も視野に入れられているというのだから。退獄界の日澄よすがへの怒りは、一家皆殺しを望むほど深いという証左だろう。大事な跡取りや親戚を、令架地獄顕現災害で喪った一族もあるだろうから。奏士郎が再び「極秘の機密だ」と繰り返した。
いつの間にか、行きつけのスーパーを通り過ぎており、鈴ヶ谷へ到着した。見慣れた三階建てのビルの二階に光が満ちており、窓辺に誰かの背中がいくつか並んでいる。車が玄関の手前で停車し、運転手である下田以外が下車した。
「黎明社の職員さん達は二階にいます」
「了解で~す。運転ありがとうございました」
下田は駐車場へと向かった。孝里達は玄関へと入り、そのまま階段を上って二階の事務室に向かう。事務室のドアの小窓から、廊下の壁へと長方形の光が形作られ、その中央に人影がくっきりと写っている。
孝里がノックすると、人影は左に逸れた。「お、ついたみたいだ」と見知らぬ声が呟いた。黎明社の職員だろう。孝里の心臓は緊張に速く脈打っている。このドアの先にいる客人達は皆、自分の正体を知る者達ばかりなのだ。
「失礼します……」
廊下に光が広がっていく。事務室内は異様な雰囲気だった。緊張感に包まれているのだ。何故なのかはすぐにわかった。鈴ヶ谷の職員達が、黎明社の職員達に畏縮している。高名な退獄会社との連携任務というプレッシャーと、強者然とした雰囲気。そして、小さくなって座っている鈴ヶ谷優作をソファごと囲んでいるその姿が、まるで取り立てに来た反社のような光景だからである。人数は十名。奏士郎と影倚を合わせれば十二人だ。数人の青猿の面が混じっているのが奇妙で異様。影倚とは異なり、髭の無い若い猿だった。誰もが手に緑茶を注がれた湯呑を持っている。事務員達が淹れてくれたものだろう。事情を知らずに出勤した職員達は当惑しており、見知らぬ人物を二名引き連れて来た孝里と秀作に驚いた顔を向けた。
緑茶の香りを凌駕するほどの濃いコーヒーの香りが漂っている。香りの元を探せば、夜勤だった安西と、昨晩の廃工場での仕事を終えた藤田が自前のマグカップを口元に寄せている。挨拶のように安西がひらひらと掌を振って、秀作は無視を、孝里は頭を下げて会釈した。
「お待たせいたしましたー」
「「「お待ちしておりましたー」」」
と、同じ声音の三つの声が言い返す。窓辺に、同じ顔の青年が三人並んでいた。三つ子だ。双子だけでも珍しいのに、三つ子とはさらに珍しい。三つ子のセリフは影倚に向けらていたが、視線は孝里に向けられている。それは三つ子のものだけではなく、すべての黎明社職員達が一様に孝里を見ている。眼差しには好奇、懐古、品定め、驚愕など、様々な種類が豊富で、孝里は誰を見つめ返せばいいのかわからなくて、とりあえず首を垂れて会釈した。数人が会釈を返してくれる。そのうちの一人が、すぐにパソコンに向き直って何やらタイピングを再開している。書類を作成しているようだが、その内容が何なのかはわからない。おそらく、今回の共同任務に関係するものだろう。
脇を通って影倚がソファに歩み寄り、優作の対面に腰を下ろした。孝里は事務員席に向かって報告書を受け取り、安西の隣の非番職員の席を借りた。秀作と奏士郎も着いてきて、秀作はパイプ椅子を開いて座り、奏士郎は孝里の背後に立った。
「それじゃ、打ち合わせを始めましょうか」
影倚が取り仕切る。相変わらず軽妙な声音。
「はい」
優作は表情を引き締めて臨んだ。




