表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/37

30 忌蔵襲撃-凶報、祈瀬瑞里の強奪

 僕の父親の正体を知っていると暗に伝えられた理由は何だ?

 孝里は逡巡し、自分の逃げ道を完全に閉ざすためではないかと予想した。表情が強張る。だが幸運なことに、秀作と下田はふたりではしゃいでいるので気付いていない。

 

「――その七。ラッキーセブンだな。これが最後のメリットだ」


 奏士郎が言う。ラッキーセブンのメリットも、孝里にとってはもうデメリットを凌駕する歓喜を齎してくれはくれないだろう。説明を担う影倚がゆっくりと唇を開いた――その時。


 ヴヴ、ヴーーーーッ、ヴヴ、ヴーーーーッ。通話着信を報せるスマホのバイブレーションが、布に包まれているかのようにくぐもって聞こえてきた。皆が一斉にスマホを入れたポケットに触れ、そして取り出したのは影倚だった。


「ちょ、ごめんね。……社長からだ」

「先生? スピーカーにしてくれ」

「ホイホイ……はーい、こちら支塚」


 軽快に影倚は応答した。奏士郎も耳をそば立てるように、孝里の前に体を寄せる。お気に入りの洗剤の匂いが香り、少しだけ心が安らいだ。


〈――もしもし? 神志名だけど〉


 少し低めの女性の声。老女のように穏やかな口調だが、声の年齢的には、まだ相当若いはず。


「おはようございます、社長。どうしたんですか?」


 黎明社社長兼創始者かつ学園長、神志名白呂。彼女の肩書きはまだ複数存在している。中でも最も有名なのは、国内最強格の称号「護国五指師」が挙げられるだろう。


 落ち着いたはずの心が再び緊張にこ硬く凝り固まっていく。彼女はいったい何を話すのだろう。僕のこと? 聞き耳を立てずとも、会話は潜められてはいないので耳に入り込む。


〈いやあ実はね、ちょっと大変な事件が発生したのだよ〉

「え〜、事件ですか? また誰かが神出鬼没の○○しないと出られない部屋に閉じ込められました? カップリング成立した感じ? それとも、アメリカ産エロダンジョントラップの触手系食精植物の餌食にかかった系ですか?」

「「何て???」」


 前方席のふたりが当惑に声を上げてしまった。孝里は奏士郎に「食欲・物欲・性欲を感じさせない部屋」と称される部屋の主人なだけあり、エロ本を嗜まない性欲儚げ系男子だったので、何のことか全く理解できない。ただわかるのは、誰かが襲われたかもしれないということ。


「あの、何が起こったんですか?」

「うーん、うーん、うーん……」


 奏士郎は唸っている。何と説明したらいいのか考えあぐねいているのか、それとも渋っているのか孝里には判じることはできない。意味を知っている面々は口を噤んで奏士郎を手助けする様子が一切ない。そんな性の知識を有していると露見するのが恐ろしいのだ。


〈それは昨日起こった〉

「起こったのんすね」「起こったのかよ」「起こってんじゃねえよ」「起こったんですね」


 孝里以外が即座に反応する。疑問が撹拌(かくはん)されるばかりだ。孝里は「みんな知ってるんだ……知らない自分がおかしいのか」と不安になって来た。しかし、再度の質問をする間もなく神志名は話を継ぐ。


〈部屋の方は出勤前にお独り様で閉じ込められていたらしくてね。筋骨隆々の男の子が、ふわふわ白バニーガール姿で出勤して来た時は驚いたよ。着替えの時に脱いだ服と一緒に部屋は消失してしまったようでね……笑い過ぎて腰が抜けたよ〉


 筋骨隆々のふわふわ白バニーガール……なんだか、見応えがありそうだと孝里以外は思った。


「ジジイを黎明社に行かせんのがクソほど不安になって来たんだが?」

「俺も」


 意見を符合させる秀作と下田を、奏士郎が「まあまあまあまあ……」とか宥めた。


〈触手の方もね、化花(あだばな)が報せてくれて間一髪で救出して退治はしたんだけど……まだどこかにいるだろうなあ〉

「あら。まーた一掃探索しなきゃですね。それで、大変な事件というのは?」

〈忌蔵が襲撃に遭ってね。それは特段珍しいことでもないのだけれど……今回は、突破されてしまったよ〉


 やはりその声も緊張感を纏わぬ飄々としたもので、まったく重大性を感じさせなかったものの、車内全員の身体は硬直した。神志名は情報の共有を続ける。


〈三十分ほど前だ。まだニュースにはなっていない。百名規模の斎場衆と、三百体ほどの禍身による襲撃で、結構な人数の死傷者が出ている。先日狛犬の毛皮を被っていた禍身の片割れがいた。釈魂永楽会しゃっこんえいらくかいの天原祇雲の姿は無かったが、参加していたということは大いに関係しているということだろう〉


 思いもよらぬ主犯の名に、孝里と秀作、下田は息を呑んだ。この地に因縁にある相手が、とんでもない大事件を引き起こしているなんて。

 

「黎明社職員の被害は大丈夫なんです? 誰か今日行ってましたっけ?」

〈いや、うちからは誰も行ってないよ、大丈夫だ〉

「にしても、突破か。警備が杜撰だったのか?」


 奏士郎は眉を顰めて訊ねた。その声音に剣が篭っているのを確かに感じる。

 

〈さあ? 忌蔵の番犬一族は、今頃顔面蒼白で慌てふためいていることだろう。退獄界での信用がガタ落ちさ。四貴家の地位剥奪の可能性だってある〉

「あーりゃりゃ」

〈強奪された忌蔵干戈の数も結構多くてね。今後は回収任務が全退獄機関に命じられるはず〉

「民間人への無差別殺傷事件や退獄社襲撃事件が爆増するかもですね。破壊処刑も視野に入れておかないと」


 あまりにも楽観的な口調で会話が交わされる。忌蔵に封印されている干戈だからと大事に思われていないのではないだろうか。彼らが心配することは、忌蔵から奪取された干戈を用いての民間人の殺傷や退獄機関への襲撃のことで、干戈個人がどのような扱いを受け、そして無理矢理人殺しに使われてしまうことを憂慮していないように思える。

 

 忌蔵に封印されている干戈の大多数が救いようのない凶悪犯罪者であることはわかっている。そいつらは別に破壊されても良いと、孝里は分別していた。しかしその中には、情状酌量の余地あって魂の破壊を免れた、正当な理由ある者だって納められていることもまた事実。強制的に罪を重ねられ、迎える結末が魂諸共の破壊ということであれば、それはあまりにも不遇だ。

 

「……最重要封印指定干戈も奪われたのか? 例えば……」

 

 不穏で厳か響きを奏で、奏士郎は孝里を一瞥した。


「祈瀬瑞里、とか」

「!」


 やっぱり、瑞里は忌蔵に封印されていたんだ! 

 孝里は返答に意識を集中させた。ウィンカーが上げられて、車が左側に滑らかに寄り始める。昨晩も通りがかったスーパーが見えてくる道に曲がろうとしている。


 ウィンカーの音をタイマーのように感じながら、孝里は白呂の応答を待った。

 

〈――最重要封印指定干戈は、すべて奪取されたようだ。祈瀬瑞里ちゃんの行方は、今の所不明だね。どうやら、天原祇雲の化け猫が持ち去ったようではあるけれど〉


 頭の中で閃光弾が炸裂したかのように、思考が真っ白になった。


「大丈夫だ、孝里」


 奏士郎は宥めるように優しく声をかけてくれるが、孝里の絶望がわずかに晴れることもない。影倚は、干戈の破壊処刑も視野に入れると言った。すなわちそれは、瑞里は悪用されてしまっていた場合、いかに彼女の意思が無辜であっても破壊されてしまう可能性があるということだ。


〈刃とは一緒に?〉

「はい」

〈なら、奪いにそちらに向かうはず。禍狩も向かうだろう。三つ巴の混戦は免れないかもしれないね〉


 ため息を語気に絡ませながら、神志名は言った。


 刃? 奪いに? 何のことだ、と、孝里は疑問を抱いた。退獄師である下田をバックミラー越しに一瞥すると、彼も何を話しているのかわかっていないような表情である。黎明社特有の、何かしらの事情らしい。

 

〈斎場衆には、空間接続の異能を持つ者がいるらしい。天原祇雲の所縁の地はそこだろう? 今のうちに、拠点を潰しておいた方が〉


 きっと、神志名は〈いいんじゃないかい?〉と言葉を紡ごうとしたのだろう。音声に物音が混じり、彼女の言葉は絶えた。〈どうしたんたい?〉と神志名の声が振り向いたかのように遠のいて、いくつかの会話が交わされているようだ。相槌と、別の女の声。


〈――……そう、わかった。すまないが、私は少々用事ができてしまったので電話を切らせてもらうよ〉

「何事です? 自分、急行の必要ありますか?」

〈いや、大丈夫だ。響が来たらしい。祈瀬瑞里ちゃんが消えたことで、祈瀬孝里くんの所在を聞きに来たようだ……落ち着かせてみるよ〉

「ガチギレファッキン丸?」

〈スーパーベリーソーマッチだよ……まったく、こんな忙しい時に。それじゃあ、また〉


 通話が切られ、影倚はスマホをポケットに直した。

 

「……あ、そうだ、鳳越響甲一級退獄師」


 ふと、秀作が思い出したかのように呟き、再び後部座席を振り返る。


「ジジイ、鳳越響甲一級退獄師と会ったことあるか?」

「え?」


 孝里はすぐに響のことを思い出せなかったものの、きちんと記憶は蘇ってきた。そして客観的に探ってみて、父がファンだったこと以外に接点は無いと再確認する。

 否定の意を込めて左右に首を振る。護国五指師最有力候補であるすごい人物の名前が、どうして出てくるのだろうかと疑問が湧く。


「お前のこと、探してたみたいなんだ」

「え?」


 思わず、秀作を胡乱な目で見てしまったが、向ける相手が彼じゃないことはしっかりとわかっていた。


「お前、響に居場所を伝えたのか?」


 奏士郎が唸るような低い声で尋ねた。不穏な気配が肌を突き刺してピリピリする、怯んだ下田が運転を誤ろうとして、何とか立て直した。


「……言ってねえよ」

「本当だろうな?」


 奏士郎は秀作に不信と怒りを浴びせかけている。冷や汗を額に滲ませながら、秀作は自分を鼓舞するように声を荒げた。


「言ってねえつってんだろ! んでキレてんだよ!」

「奏士郎クン、この子ホントに言ってないよ。じゃなきゃ、響クンが社長の所にわざわざ尋ねに来るわけがないじゃないか。禍狩が来るのを心配してるんだよね? そりゃそうだよ、禍狩にだって釈魂永楽会の所業についての情報は保管されてるんだから。それを辿って来るんだよ」


 影倚が助け舟を出してくれた。奏士郎はしばし無言で逡巡していたが、納得したのか怒りに熱を持つ息を深く吐き出した。取り敢えずは、落ち着いたようで、孝里も安堵した。


「……悪かったな、鈴ヶ谷」

「鳳越響が何でこジジイを探してんのか理由を説明したら許してやる」

「……調子に乗りやがって、このクソガキが」

「こらっ、奏士郎クン!」

「秀作くんも!」


 再燃しそうな雰囲気を鎮火しようと慌てて間に入る。二人は不貞腐れたようにムッツリとした顔でそっぽを向いた。同じタイミングで鋭い舌打ちが放たれる。孝里と影倚、こちらもため息をシンクロさせて吐き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ