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28 青猿-老いた青猿の面

『この程度の禍身でこのオレを呼んだのか!? この程度に苦戦していたのか貴様らは!? オレの時間を無駄にしてさぞかし満足だろうなぁ!?』


 テレビ画面に映る鳳越響が激怒している。孝里は「この美人さんすごく怒ってるな……」と画面越しにも伝わって来る迫力に恐れおののきながら甘い卵焼きを食べた。砂糖の他に牛乳も入れられているらしく、甘いだけではなくてまろやかさも感じられる。


「そりゃキレるわな」


 と秀作は言って味噌汁を啜っているが、今回討伐された犬型の禍身は十体以上もの分身を作り出す異能持ちであり、しかもその等級が乙一級。甲級ではなかったとはいえ、一介の退獄師では多くの死人が出る等級だ。現着してすぐさま分身ごと炎の異能を纏わせた太刀の一振りで横一線に両断して瞬殺。十体以上分の血膨破裂による血肉と骨の飛沫を、全身を覆うように結界を張って防御。一番身近にいた忍備役の胸倉を掴んで顔を近付けて怒号。そして強者感満載のあの一言である。事実、甲一級の強者なので、傍から聞いてても自意識過剰には聞こえない。発言に実力が基づいているからだ。


「なあ、どうだお前ら。美味いか?」


 奏士郎は親戚の活躍と怒りなどよりも、手作り料理の味への感想の方が重要なようだ。食事も疎らにふたりの反応を窺っている。


「美味しいです。牛乳入りですか? 初めて食べました」

「……そうか! 俺が一番好きな味なんだ。口にあったのなら一安心だぜ」


 孝里が感想を返せば、やっと満足したように箸を動かし始めた。苛燐はほとんど完食している。


「奏士郎が作る食べ物は何だって絶品なの! 食べられて光栄だと思いなさい!」

「うっせえよクソマッパ。こんくらい、オレにだって作れるわ」

「何だって?!」

「あーもー、だからやめろって」

「秀作くん、そういうことを言わない」

「「ぐっ……」」


 再戦の熱がふたりの間で燃え盛る。孝里と奏士郎で鎮火し、同じタイミングで味噌汁を啜った。モズクが入っているのが珍しい。汁にとろみがついていて、普通の味噌汁よりもすんなりと喉を通っていく。寒い朝には汁物の暖かさが身に染み入る。孝里はホッと息を吐いた。


 食事が終わって、孝里が食器を洗い、奏士郎が拭き、収納場所を熟知している秀作が棚へと戻し、苛燐は布団を押し入れへと片付けてくれている。洗面台を入れ替わりで使って歯を磨き、服を着替えた。


 ピンポーン、と、玄関から呼び出しチャイムが鳴る。鈴ヶ谷からの迎えが来たらしい。孝里が出迎えに玄関へ向かって扉を軋ませながら開いた。



「はー……い……」


 そこに立っていたのは、鈴ヶ谷の職員ではなく、翁面のようなススキ色の髭を生やした青い猿の面を着けたスーツ姿の人物だった。体格からして男だ。前髪を下ろしたマンバンヘアは黒く、団子の部分に蛍石の玉簪が挿されている。若いようだが、老いた青猿の面で年齢が読み取れない。


 孝里の脳に過る『不審者』の文字。


「おっはようございます」

「あ、はい、おはようございます……」


 不審者はくぐもった声で軽快に挨拶した。反射的に返すも、戸惑いを隠せなかった。


「……」


 青猿はゆっくりと顔を近付け、孝里は同じスピードで仰け反っていく。面の裏側に「ふっ」と笑う吐息が反射した。何を笑っているんだろうと不思議に思いながら、孝里は訊ねた。


「あの、貴方は……?」

「自分?」


 と、猿面に向かって指を差すが、貴方以外に誰がいるというのだろうか。首肯しながらそう思う。


「自分は、キミの家でお世話になった部下……鳳越奏士郎を迎えに来た上司だよ」

「あ………………えっと」


 孝里は奏士郎の所属を思い出そうと苦労しながら記憶を掻き分けて昨晩の発言を探す。彼は、いったい何と言っていたっけ。


 逡巡のために黙り込んでいると、猿面が「黎明社の者でーす」と答え合わせをしてくれた。


「祈瀬孝里クンだよね」

「え、はい、そうですが……どうして名前を?」

「昨晩から、何度か奏士郎クンにメールを貰っててね。キミのお世話になったこととか、ここの位置情報とか、黎明社に来てくれるーとか色々聞いてたんだよ」

「黎明社に行くかどうかは、まだちょっとわかんないんですけど……」

「えっ!! 来てくれないの……!?」


 猿面はショックを受けたようだが、面のせいで表情がまったく読み取れない。

 

「そ、鳳越さんを呼んで来ますね……」


 と振り向きざまに、居間の方から声が聞こえて来た。


「あれ、この気配……」


 奏士郎が居間からひょっこりと顔を出した。


「やっぱり、よりんさん?」

「あ~、上司を送迎の足に使う生意気な部下いた~。奏士郎クンったら、良い度胸が過ぎるんじゃないか?」

「へへ、ごめん……」

「毛皮の気配はないね。鈴ヶ谷さんに今から行くんだろ? 他の忍備役たちは先に着いてるって、さっき連絡が……」


 車の排気音が近寄って来て、一台の見慣れたSUVが猿面の男が運転してきたであろう黒いセダンの隣に車輪で砂利を引き潰しながら停まった。鈴ヶ谷の社用車だ。運転席から、今日出勤の退獄師である下田が降りて来て、不思議そうな顔をして階上の三人を見上げている。猿面に視線を固定すると呟いた。


「あれ? 何でここにも?」


 下田は孝里に向けて声を張る。


「祈瀬ー、迎えに来たよー。秀作も来てるよなー? 一緒に下りてこーい」

「はーい……えっと、荷物を取ってきますね」

「はいはーい」

「苛燐ー、俺の荷物持って来てくれー」

「いいわよー」


 居間に戻ると、秀作はすでに準備を終えていた。元々手荷物はスマホと財布だけだったので身軽だったのだ。


「下田さんが迎えに来てくれたよ」

「聞こえてた。つーか、あのおっさん何で泊めたんだよ。しかも、オレの布団使わせやがったな」


 秀作は不満げだ。染み付いた加齢臭などの心配はしなくても大丈夫だろう。彼はずっといい匂いがしているから。


 宿泊に至る経緯を話すべきか悩み、曖昧に返すことにした。「カクカクシカジカあってね……」。しかし当然、秀作がそれに納得するわけもない。胡乱な眼差しで睥睨される。「あ゙あ゙?」。やはり、彼の凄みはプロ級だ。


「……昨晩、禍身に襲われまして……」


 悪穢を感じながらも寝床に深入りしてしまったのだから、襲われに行ったと言うべきか……。秀作には黙しておくべきだろう。


「ハアッ!? 怪我は!?」

「無いよ、全然無傷なんだ。鳳越さんたちが助けてくれたんだよ……」


 助けに行ったつもりが、助けられて本末転倒だったな、と今になって思う。


 「苛燐さん、滅茶苦茶なくらいに強かったんだよ。巨大な百足型の禍身を一瞬で殺してさ。僕、瞬殺って初めて見た!」


 秀作は何か怒鳴りたそうに口をもごもごと動かしていたが、深いため息と共に外へと捨て去った。


「……ま、無事ならいいか。んで、何話してたんだよ」

「うーん、黎明社への勧誘?」

「……マジで!?」

 

 秀作の大声に苛燐が振り向いた。「うっさいわねえ」と苦言を呈されたが、秀作は聞こえなかったのか無視したのか反応を返さなかった。


 初めて見るほどの満面の笑み。大きく見開かれた真紅の目がきらきらと目が輝いている。吊り上がる口角を抑えきれず、吐息で笑う。


「マジか! マジかよ!! マジなのか!? 良かったじゃねえか!」


 どうして黎明社に勧誘されているのか、その真実を知らない秀作は無邪気に歓喜する。禍狩に合格した瞬間以上の喜びが湧き上がって止まらない。蓋が無いので止める術もない。


「いやいや、きっと本気じゃないよ……」

「本気に決まってるでしょ? 昨晩言ったこと、忘れた? 今回、鈴ヶ谷とうちとでの共同討伐が終わったら、お前を黎明社に連れて行くって言ったでしょ?」


 「忘れてんじゃないわよ」と言ってブスッと孝里の脇腹をつっついた苛燐が、先に玄関へと向かって行く。


「は? うちと黎明社で共同討伐? 何のことだよ」

「うーんと、秀作くんも鈴ヶ谷に来るんだよね?」

「ああ」

「だったら、そこで聞けると思うよ」

「そうかよ……にしても、んだよ! もっと喜べや!!」

「喜びよりも驚きが勝ってる」

「ぎゃはは!! ジジイテメエ動揺してんじゃねえよ!」


 秀作は馬鹿っぽく笑った。阿蝉山での事件以降、よく見せて聞かせてくれるようになった、彼の心の底からのありのままの笑い方だ。秀作がこうやって笑い、そして祝福してくれることに、孝里も驚愕から醒めて、やっと喜びが滲み出てきた。


 猜疑してばかりでは前に進めない。一歩を戸惑ってはいけない。今まで、掠りも出来なかった光に指先が触れた気分だ。結果がどうであれ、少しでも瑞里と再会できる可能性があるのなら、それに賭けてみるべきだろう。


「お〜い、二人とも? 何してんだ?」


 待ち侘びて、下田が玄関から顔を出した。苛燐はすでに奏士郎と合流して、退屈そうに待っている。


「行くぞジジイ! おっさんたちにも報告しねえとだろ!」


 秀作は孝里の腕を引いて玄関へと飛び出し――青い猿面の男と対面した瞬間に肩を跳ね上げさせて驚いていた。


「ジジイ! 不審者がいんぞ通報しろ!」

「不審者!? 自分が!?」

「だあっはっはっはっはっはっはッッッ!!」


 猿面は自分を指差して、秀作の発言を信じられないとばかりに繰り返した。奏士郎は腹を抱えて大笑い。上司が不審者扱いされたのが面白おかしくて堪らないのだ。


「しゅ、秀作くん! 鳳越さんの上司だよ!」

「黎明社の奴か!? ……あ、ああ、そういえば、黎明社の忍備役の中には猿面を身に着けた連中がいるって聞いたことあんな」

「禍狩は赤い犬面なんだよな。まさしく、犬猿じゃん」


 下田が蛇足する。

 しばらく唖然としていた猿面だったが、何やら思い出したように肩を揺らした。


「そうそう! 申し遅れてた。自分は黎明社所属忍備役頭、支塚(ささづか)影倚(かげより)です。これからよろしく。ハイ! 不審者から美男子に変身解除~!!」


 影倚は猿面を取りながら優雅であり気取った所作でお辞儀をした。そして上げられた彼の顔立ちは、執着心が強そうな印象を抱かせるアングラな美男子であった。黎明社は顔立ちの良さも採用基準になるのだろうか。今の所、美形揃いである。

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