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7 過去編:夕焼けは見届けた。

過去編は終わりになります!


 「じゃあ、何で書かないの?」


 瑞里が問いかけた瞬間、クラスメイトのタクヤの顔が浮かび上がった。孝里が将来の夢は退獄師になりたいと書き、教室で発表を懸念する原因だった。


 タクヤとは所詮、クラスのガキ大将である。類友クソガキで形成されたグループのリーダー格であり、いつも取り巻きと行動を共にし、ひとりに対して過剰な勢力を率いてくる。


 気弱な孝里は、いつからだったか目を付けられてしまい、よく彼らのからかいの標的になった。それに、タクヤも将来は退獄師になるのだと豪語している。性格に難ありではあるものの、同じ夢を持つ孝里と比較してみれば、どちらに現実味があのかなど、誰の目にも明らかだろう。と、孝里は思っている。


「だって、笑われちゃうから。僕なんかには無理だろって。現実見ろって言われちゃうよ」


 瑞里は大袈裟にため息を吐いて、呆れた眼差しで孝里を睨めつけた。


「夢なんて笑われるものだし、現実を見た人しか夢を叶えることができないんだよ。笑われるから隠す、現実見たから諦める。そんなの言い訳にしてさ、それって、本気で叶えたい夢?」


 本気で叶えたい夢――? 脳裏に蘇る、戦場の父と母の姿。以来夢想する将来は、成長して退獄師になった自分。だが、その手に干戈はない。


(……そうだ。お父さんみたいな退獄師になりたい、これは本気だ。……でも)


 その将来に、瑞里が居て欲しいとは思わなかった。


 瑞里の死は、回避不可能な未来だ。高カロリーな食べ物を摂取しても痩せるばかり。医療さえも瑞里のことを救えない。どんなに笑顔を見せても、笑い声を上げても、元気そうに見えていても、瑞里は人よりも早く死に向かっている。皮の張られた骸骨。それが、現在の瑞里の姿なのだ。


 瑞里には、大人になれない自覚があり、そして覚悟があった。将来の夢を干戈になると書いたのは――一度目の死の先、二度目の生を書いたのは、それしか書けることがなかったからだ。


 孝里は拒絶したかったのだ。生まれる前から一緒だった双子の片割れが、時を止めるその時を。生きて大人になった瑞里という未来を信じたかった。だからこそ、「生きて大人になった時のことを書かねばならない」と言ったのだ――だからこそ、夢想の中にさえ、瑞里の姿はなかった。仮想として思い浮かべることさえ、できなかった。


「ぼ、僕、ちゃんと退獄師になりたいよ」


 涙声で、喉が痛くて、視界がぼやけていた。


少しの沈黙のあと、瑞里は強気に笑った。


「私、絶対に干戈になる。お母さんみたいな太刀か、それとも鉄砲か、何になるかわからないけど。そうね、夢はでっかく。一番等級が上の甲一級がいいな。孝里を守れるくらいに、強い干戈になるのよ」

「瑞里が、僕を守る?」


 守るために振るわれる干戈に守られる退獄師など笑い者だ――情けない退獄師と、そんな人物ための強い武器になろうという愚かさ。強者と契約し、長生きを目指す干戈が多い中で……そう、笑われる夢だ。しかもそれは、瑞里だけではない。二人一緒に、笑われてしまうものだ。


「ねえ、孝里。どうせなら。二人で笑われようよ」

「二人で?」

「そう! 私と孝里は双子。片割れ同士。何事も一緒だったでしょ? だから」

 細い、小枝のような小指を絡ませて、瑞里は言った。

「私が干戈になって、孝里が退獄師になるの。そしたら、ずっと一緒にいられるでしょ? いつまで一緒にいるんだーって、言われちゃうくらい。だからね、約束」


 死んでも、ずぅーっと一緒の誓い。


 瑞里の目の黒い虹彩に、夕焼けの光が反射していた。逢魔が時に沈みゆく太陽が、二人の契約を見届けている。


 孝里は絡め合う小指に力を込めた。


「……うんっ。約束だよ、瑞里」


 そして夏休み終了後、作文を提出し、発表の時間を迎えた。緊張で何度も噛んでしまったし、タクヤ君たちには、やはり笑われてしまった。だが、それでも良かったと思えた。


 ――自分には、祈瀬瑞里という最大の味方が付いているのだから



皆様からの高評価・リアクション・ブックマークが執筆の激励になります!

これからも最終話まで、どうか応援よろしくお願いいたします。

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