すれ違う、ささいな違和感
あの日から数ヶ月が経った。
朝、悠が目を覚ますと、凪はもう台所に立っていた。
エプロンの後ろ姿。どこか懐かしい。だけど、どこか違和感がある。
「おはよ、起きた?」
振り返った凪の笑顔はいつも通りで、何ひとつ変わらないはずなのに――悠の胸に小さなざらつきが残った。
朝食の準備が整っていく。ベーコンエッグに、トースト。珈琲の香り。
それなのに、悠は唐突に問いかける。
「……なあ、俺たちって、いつから一緒に住んでたっけ?」
凪は手を止めた。
「え、何? どうしたの、急に」
「いや、なんか夢見た気がしてさ。変な夢」
凪は笑って、軽く流すように言った。
「高校卒業して、就職して、一緒に住み始めたのが3年前。覚えてないとか、どんな夢見たの?」
「……ごめん、なんか変な気分だった」
テーブルを挟んで向かい合いながらも、悠の心の奥には”なにかが欠けている”という感覚がじんわり残っていた。
その日から、ほんの少しずつ、何かがズレていった。
好きだった映画を「観たことない」と言ってしまった自分。
誕生日の記憶が抜け落ちていたこと。
凪が渡してくれた、昔の写真。
「これ、どこで撮ったっけ?」と聞くたびに、凪が寂しそうに笑った。
悠は、ふとした時にスマホのメモ帳を開くようになった。
【凪の好きな食べ物:ミネストローネ】
【凪との初デート:水族館】
【渡したいもの:約束してた指輪】
ページがどんどん増えていく。
覚えていないものが、確かにそこにある。
「……どうしたの? 最近、ちょっと変だよ?」
凪の声が、心の奥に届く。
悠はただ笑って、「ちょっと疲れてるだけかもな」と返した。
けれど、その言葉に自分自身がいちばん違和感を覚えていた。




