置き去りのメモ
夕方。
悠は頭を抱えながらソファの上で目を覚ました。
「……う、最悪……」
帰宅してからそのまま寝てしまったらしい。頭がガンガンしている。
目の前にあるコップの水に手を伸ばしながら、ぼんやりと昨夜の記憶をたどる。
「……凪、怒ってたよな……」
重い体を引きずってキッチンに向かうが、そこに凪の姿はない。代わりに、テーブルの上にメモが一枚、置かれていた……はずだった。
風の吹き込む窓がわずかに開いていて、メモはそのまま、床へ――いや、風に吹かれてどこかへ飛ばされてしまっていた。
悠は気づかないまま、ソファに倒れこむように座り込む。
「……気持ち悪……」
ポケットからスマホを取り出し、凪に電話をかける。
「んー? どしたー? ?」
「……だるい……」
「やだもう、飲みすぎー!しょうがないなー。今、帰るよー胃に優しそうなもの買って帰るから!」
「んー……ありがと……」
「えー? なにそのテンション? もっと甘えていいのにー!」
ふたりの笑い声が交差する。
その瞬間だった。
電話越しに、
ブレーキ音。
クラクション。
そして、鈍い衝突音。
「……凪?」
スマホを持つ手が、震えた。
「凪!? おい、凪っ!!」
通話は途切れなかった。
ただ、もう返事はない。
ーーーーー
病院の白い壁が、やけに冷たく感じた。
悠の手の中には、落とされたスマホが握られている。
画面には、通話終了の文字。
頭が真っ白だった。
自分の体温がどこにあるのかわからない。
走って、走って、何度も信号無視して、それでも病院の前で足が止まった。
医師に呼ばれた。
ベッドに横たわる凪。
シーツが首元までかけられていた。
「即死でした。……ご家族の方を……」
声が遠い。頭の中で何度も繰り返すのは、最後のやりとり。
『今、胃に優しそうなもの買って帰るから!』
あの声が、まだ耳に残ってる。
膝から崩れ落ちた。
「……うそだろ……」
その晩、部屋に戻った悠は、ぐちゃぐちゃのテーブルの上を片付けもせず、床に倒れ込んだ。
吐くことすらできないほどに泣いた。
涙が枯れたあとの虚無の中、ふと――
飲み会の神社の話を思い出す。
「願いを叶える代わりに、何かを奪う神さまがいるんだってさ」
「生き返らせることもできるってよ」
「でもな、代償は……」
その時、悠の目がかすかに光を映した。
「凪を……返してくれるなら……なんでも……なんでもいい……」
翌朝、悠はふらつく足取りで、ひとり、あの神社へ向かっていた。




