4.また、会いたい。
「ラーメン美味しい!」
「碧、美味しいね!」
「そう言ってくれて、良かった!」
碧は家では基本ゆっくり食べるけれど、好きなお菓子やおかずの時は食べるスピードがすごく早い。今、ラーメンの食べるスピードも早い。
――碧にとって、本当に美味しいんだね、良かった!
昨日と同じように準備してくれた椅子に座って、三人で朝ご飯。朝からこうやって外で食べるのも、気持ちがリフレッシュして良い。しかも碧とお兄さんもいる。
「そういえば、今更なんですけど。『碧ちゃん』は、名前を呼ばれてるのを聞いたから分かったけど、お母さんの名前もお聞きして良いですか?」
「わ、私ですか?」
「そうです」
まさか、もうすぐお別れなのに、このタイミングで聞かれるとは思わなかった。
「私の名前は、小日向美和です」
「美和さん」
お兄さんから名前を呼ばれると、なんだか不思議な気持ちになった。
「お兄さんは、本名ですか?」
「はい、加賀谷大地です。あと、それと、美和さんの……いや、なんでもないです」
途中で言うのをやめたお兄さん。
続きが気になりすぎた。
「何か言いたいことが?」
「あ、いや……さっき、テントの中の声が丸聞こえでしたけど、すっぴんも、綺麗でした」
「……あっ!?」
金属が擦れるような声を出しちゃった。
なんか色々と恥ずかしい――。
「それと……」
いつもは、爽やかで余裕があるお兄さん。でもなんだか、今はモジモジお兄さんになっている。
お兄さんが何か言いかねていると「お兄さん、手紙書いてあげよっか?」と、ラーメンを食べ終えた碧が言った。そして返事を待たずにテントの中に入っていった。
「手紙か……何書いてくれるんだろ。楽しみだな」
碧がいなくなってからは無言のふたり。
緊張感のようなものはあるけれど、居心地は悪くない。
しばらくすると、折りたたまれた手紙を碧はお兄さんに渡した。私は何を書いたのか気になりそっと覗いた。
その手紙は、いつも碧がリュックに入れて持ち歩いている可愛いユニコーンのお気に入りのメモ紙にアイスクリームのシールが貼られ、そして『おにいさん、だいすき♡』とお兄さんの似顔絵と共に書かれていた。
「本当に嬉しすぎる。ありがとう、碧ちゃん!」
お兄さんはそう言うと、碧ちゃんを抱きしめた。若干目がうるっとしているお兄さんと、嬉しい反応をしてくれたからか、微笑む碧。
なんというか、写真に撮って額に入れて、リビングの一番目立つところに飾りたいような、光景。
みとれていると、碧はお兄さんから離れ「ママも、やる?」と質問してきた。
「何を?」
「お兄さんとギュって。だって、こないだ筋肉番組を観ながらママ、お兄さんにギュってされてみたい……って」
子供の予測不能な言動はときどき恐ろしい。というか、心の呟きを声に出していたのか私。娘の前でそんな発言を。
突然の予想外の言葉に心が飛び跳ね、ぎょっとする。
「いや、いい!!!! 大丈夫!」
全力で拒否してしまった!
***
そんなこんなで、とうとう帰る時間。つまり、お兄さんとお別れしてしまう時間が来てしまった。お兄さんはテントを片付けてくれて、私と碧は他の荷物をまとめた。
「荷物、全部このキャリーカートに乗せてください」とお兄さんは、荷物を乗せてがらがらするやつを準備してくれた。
「こういうのあると、便利ですね」
「はい、キャンプ場でも借りられる場所はあるのですが、混み合ってるとなかなか借りられない時もあるので、あるとかなり楽で便利です」
「そうなんですね。次また行くことがあれば、買ってみようかな?」
お兄さんは微笑みながら頷く。
荷物を詰め込むと「碧ちゃんも乗る?」とお兄さんが言う。
「でも、荷物いっぱいで、私乗れないよ?」
「ここのお兄さんバスに!」
お兄さんは片腕を広げてそう言った。
「私がキャリーカートを担当します」と言ってもお兄さんは私の話を聞かず。片腕で碧を抱っこし、もうひとつの手でキャリーカートを引っ張った。お兄さんはそれを軽々とやり遂げた。すごい力持ち。
「はい、碧ちゃん、到着です!」
お兄さんは私の車の前に来ると、碧を降ろす。
「碧、先に車、乗ってていいよ! 抱っこするユニコーンと、ドリンクホルダーにお茶準備しといてもらっていい?」
「うん、分かった」
碧は先に車の助手席に乗る。
荷物を詰め込み終わると、車のドアを閉める。閉めた後、お兄さんが「してみます?」と上目遣いで私に訊いてきた。
「な、何をですか?」
「いや、さっき、ギュッとしてみたいって……」
「いや、あの……」
しどろもどろしているとお兄さんは、しゃがみ出した。しゃがむとちょうど碧にも、誰にも見えない。
「はい、はい!……」
お兄さん両手を広げだし、色んな声のトーンではいはい言っている。これは、飛び込むしか選択肢は考えられない。
えい!と、私は勢いよくしゃがみ、彼に飛び込んだ。
勢いよくといっても、ふわっと、触れる面積が最低限になるように。
私の頬がお兄さんの胸板に当たる。
とても硬い――。
服の上からだと着痩せするタイプなのか、あんまり筋肉を感じられないけれど、かなり中心部も鍛え込まれていて本格的?な筋肉だと思う。お兄さんの筋肉を堪能していると、お兄さんの両手が私の背中に来る。
しゃがみながら抱きしめられている状態で、なんか天国。
「美和さん、連絡先交換しませんか?」
「は、はい! します、させてください!」
速攻でお兄さんから剥がれ、私はスマホを鞄から出した。そして念願のお兄さんの連絡先を手に入れた。
「良かった! ずっと美和さんと連絡先交換したくて、でもなかなか言えなくて」
私もずっと、お兄さんと連絡先を交換したいと思っていた。
これからも、お兄さんとずっと繋がっていられたらいいのになって――。
「美和さん、キャンプどうでしたか?」
「楽しかったです……楽しめたのは、お兄さんがいてくれたからだと思います」
本当に心の底からそう思う。
今回キャンプを楽しめたのは、お兄さんのお陰だって――。
「またキャンプしたいと思いましたか?」
「はい、碧もとても楽しんでいたので、またしたいです」
「じゃあ、もし嫌でなければ、また……ご一緒させてください」
「こちらからも、よろしくお願いします」
またお兄さんと一緒にキャンプできるんだ。想像するだけで気持ちが高まり、うきうきとした気持ちが溢れすぎた。
「ママ、まだ時間かかる?」
碧が窓を開けて訊いてきた。
「今行くね!」
私は運転席に座ると窓を開ける。
「お兄さん、本当に色々ありがとうございました!」
「こちらこそ幸せな時間を、ありがとうございました」
お兄さんも、私達と一緒にいて、幸せな気持ちでいてくれたんだ。お兄さんの言葉を聞いて、心が温かくなった。
「碧ちゃんも、色々ありがとね!」
「うん、また遊ぼうね!」
「じゃあ、また」と私は言う。窓を閉めかけた時「あの、キャリーカートは買わなくても大丈夫です。荷物運びは、自分に任せてください!」とお兄さんが言ってくれた。
「分かりました。よろしくお願いします」
私達は微笑みあった。
「お兄さん、では次のキャンプの時にまた」
「はい、ふたりが楽しめそうな場所をいくつかピックアップして、後から送りますね」
さよならを告げると帰路につく。
永遠にさよならになると思っていたけれども、また会える――。
「ぎゅっとして、ラブね? ラブラブよね~♪」
気分がいいのか、ずっと碧は車の中で、ネット動画で流行っている歌を口ずさんでいる。
私も碧の歌をBGMにして、幸せの余韻に浸った。
✩.*˚




