酔
三題噺もどき―ろっぴゃくに。
「……――人」
「……―主人」
「……ご主人」
誰かの呼ぶ声に意識がたたき起こされた。
……誰かも何も、ここには私以外1人しかいないのだけど。
「……起きましたか」
私の状態を見て、体をゆすることはしなかったのには感謝するが、寝起きにその呆れ顔を見せられるとなんだか、昨日の大したこともない怒りを思い出しそうになる。
そんなことは絶対にしないし、したら昨日の二の舞になるのが分かっているのでやらない。
そうでなくても、現状を招いているのは自分自身なので口が裂けてもそんなことは言わない。
「……あぁ、」
そう口からこぼれたうめきが、頭の中に響いた。
さっきから痛みを訴えていたのは、頭だったのか。
リビングの机に突っ伏す状態で寝おちてしまっていたから、体の節々なのかと思った。
「……大丈夫ですか」
呆れながらも心配をしてはくれているらしい。
まぁ、昨夜の私は結構酷かっただろうからな。
心配1、呆れ9って感じだろうか……そこまで酷いやつではないのか。どちらにせよ、呆れが買っては居るだろう。
「……だいじょうぶじゃない」
口を開くたびに、頭痛がする。
もう話したくもないくらいには、ズキズキと痛みが増している。
こんなに弱かっただろうか……今年こそは行けると思ったんだがなぁ。
「はぁ……どうして焼酎なんか飲んだんですか」
「……飲めるとおもったんだよ」
突っ伏した机の上に置かれている硝子細工の美しいグラスの中には、透明な液体が入っている。あれが水なら、今すぐにでも飲んで少しでも頭をクリアにしたいところだが。
それが、そうではないことは私が一番よく分かっているので、手を伸ばす事すらしない。伸ばしてでもしたら、コイツに叩かれかねない……。どっちが上なのかわかりゃしないな。
「……水でものみますか」
「…たのむ」
昨夜、気分が乗ってしまって。
珍しく、アイツもワインを一緒に飲んでくれたものだから、楽しくなって。
以前飲んだ際に、全く合わずに嘔吐まで行きかけた焼酎を開けてしまったのだ。
いつか飲めたらと思っておいてあったのものを、無駄にしてしまった……。
この国に住み始めてそれなりに経っていたし、この間日本酒は飲めたから、いけると思ったのだが。
……ダメだったらしい。
「……」
あれを開けて、グラスに注いで、一口飲んでからの。
記憶があまりないのだけど……ぼんやりとはそりゃあるんだが……とても思いだしたくもない醜態をさらした気がしてならない。嘔吐まではしてないだろうけど。していたらもっと冷たい対応をされる。
「……」
昨日ただでさえ、アイツと喧嘩をした後だったのに……。
普段からお小言が多いやつなのに、今日はさらに増えそうだ。
それもこれも自業自得でしかないので何も抵抗は出来まい。甘んじて受け取ろう。
……本当にどっちが上か分からなくなるなこれは。今に始まったことではないが。
「どうぞ、」
「……すまん」
痛む頭を持ち上げ、軋む背中を起し、グラスを受け取る。
薄いガラスの軽いグラス。これはこれで、使い勝手がいいやつだ。どこで見つけてきたのかは知らないが、いつの間にか食器棚に置かれていた。
「……」
ヒンヤリと冷たい水が、内側から体を冷やしていく。
不思議と痛みが薄れたような気がするのは、さすがに気のせいだろうか。
しかし、多少はマシにはなった。思考もクリアになった気がする。
なってもなっていなくても、今日一日は使い物にならないだろうけど。
「少しは酔いが醒めましたか」
「……ん、あぁ」
その返事だけを聞き、机の上の片づけを始めた。
とはいっても、焼酎の残りが入った硝子と、瓶が置かれているだけだったが。
……いやいや、それくらいは自分でしなくては、いかんだろう。
そう思い、腕をあげたら、
「……いいですよ今日くらい」
そう呆れながら、硝子と瓶をもってキッチンへと行った。
……なんだ今日は、やけに優しい。厄日か?
「失礼なことを考えてませんか」
「……いや、ありがとう」
また少しぼんやりとしだした思考の中で。
水道をひねる音、水の跳ねる音、硝子のぶつかる音。
そのどれもが、心地よく耳に響き、痛みを和らげていった。
「……そうだ、今度馬でも見に行こうといっていただろう」
「……この国のこの時代に馬なんてすぐ見れるものじゃないですよ」
「…………うん?」
「まだ寝ぼけているんじゃないですが?部屋で寝直してきたらどうです」
「……どうしたお前、熱でもあるのか?」
「おかしいのはご主人ですよ」
「いやいや、お前が私を気遣うなんて……」
「さっさと部屋に行きなさい、もう外は陽が昇ってますよ」
「……あぁ、そうなのか」
この国の朝日は美しいと聞くが。
今の私にそれは毒でしかない。
夜の住人は大人しく、眠りにつくとしよう。
「……ここで寝ないでください」
お題:嘔吐・硝子・馬




