芦屋翔の趣味
芦屋乃彩27歳、覆面作家。
「芥川賞受賞を果たした覆面作家という肩書きがありながらも、大阪市梅田ファッションビルLUCUAの9Fブック&カフェに併設されているスターバックス蔦屋書店でアルバイトをしながら、平凡な日常を過ごす趣味のない独身」
芦屋翔21歳、大学3年生。
「最近、箕面市の実家が無くなり両親は海外旅行へ旅立つ。今年の秋から、新大阪駅付近に姉が購入した2LDKの分譲マンションへ居候することになったゲーム、漫画、アニメが好きな大学生」
**
11月10日の日曜日。14時頃、出先から帰ってきた芦屋乃彩が珍しく弟がやっているゲームに興味を示した。
「そしたら、まずは操作方法やね」
「なんやこれ、ずっと地面向いとる」
「スプラはジャイロ機能使うゲームやねん」
「コントローラーの動きを検知するってことか」
「Y押したら正面向いてくれるから、楽な体制で押してみて」
「なるほど」
「いうても感覚の話やし、実践あるのみや」
「そうか、やってみるわ」
「これはナワバリバトルっていうオーソドックスなルール。とにかく自チームの色にステージを染めるねん。ZRボタンでメインのインク打つ、そうそう」
「なんや私以外前行ってしもたけど」
「いいねん。とりあえず自陣を隙間なく塗っていくことからや」
「案外地味なゲームやなー」
「ほう、なかなか言うてくれますね。そしたら大体塗れたし前線行ってみて」
「ポテポテ歩くキャラクターやなー、脚力ないんかこいつ」
「それは人型になってるからやねん。ZLボタンを自チーム色のインクの上で押したらイカになるから、それでスイスイーっと移動できるねん」
「ほんまや」
「ほら、奥に黄緑のインク飛ばすのおるやろ?あれが敵やから、ZRボタンで敵を倒して」
「あー、あぁ、あーあ死んだ」
やはり芦屋乃彩は終始無表情である。過去に何度か、RPGもFPSも誘ってみたが姉はどれも興味を示さなかった。それは難しいからとか、苦手だからとか、そういう理由ではない。前に僕が徹夜で謎解きRPGを攻略できずにいると横から姉が、「スタート地点になんかあったやん」と言った。何のことか分からなかったが従うと嘘のようにすんなりとクリアできたのだ。
芦屋乃彩にこれといって趣味がないのは、おそらく内容は関係ない。ゲームもスポーツもファッションも結果的に、「それで、なんやねん」という思考になってしまうからである。
ゲームが趣味になれば良い気分転換になると思うが、芦屋乃彩には刺さらないのかもしれない。
「おもろいやん」
「えっ!?」
「もう一回」
「ええよええよ!何回でもして下さい」
「さっきボムみたいなん投げたけど、あれなに」
「Rボタンでサブの武器使えるねん、敵がおりそうな所に投げたりする」
「無限に投げれるものなん?」
「インクゲージのラインまで溜まったら使えるけど、ZRボタンのメインもインクゲージ無くなったら使えんなるから」
「そしたらイカになってチャージするんか」
「さすがに理解が早いなー」
それから姉は10ゲームほどで、しっかりバトルに貢献できるほど上達した。芦屋乃彩は頭が良い。というか視野が広い。相変わらず無表情であることに変わりはないが、ポツポツと独り言のように呟く、「なるほどな」が増えてからの伸び代がすごい。
「ワイプアウト?」
「全滅ってこと」
「なるほど。あと5秒やし勝てるな。勝ったな」
「すげー、やっぱ姉ちゃん才能あるよ」
「これは才能と言わん。あんたやってるとこ見せて」
「良いよ」
「ガチヤグラ、また別のルール?」
「まぁ見ててよ」
とは言ったものの見事に負けた。
「んがー、あかんなー」
「スナイパーみたいなの使うねんな」
「まあ、最近は」
「それ使わせて」
「いいけど難しいで」
「ルールはナワバリにして」
「使いこなせやんと思うけどなー、はいどーぞ」
「使いこなせへんけど、この照準合わせる赤いライトを上手く隠せばいいねん。ほら倒した」
「うわーなんやねん、ムカつくわー」
「ムカつかれてもなー、さすがに近づかれると無理やな。必殺技みたいなんどうやって使うん」
「右上の丸いやつ光ったらRスティック押し込み」
「おお、でかいイカになったわ」
「それ無敵状態やねん、マリオで言うとスターみたいなもんやな」
「なるほど、サブはアンテナみたいなんやけどなにこれ」
「ビーコンやな、Xでマップ開いてビーコンのとこ飛べるねん」
「味方は使えるの?」
「勘が鋭いなー、使えるで、やから壁の後ろとかに隠して置いてあげると味方も復帰しやすい。ちなみに攻撃されるとビーコンは壊れる」
「ということは、自分が危なくなったらビーコン飛んで逃げるか、必殺技使えば良いのか」
「とはいえ、そう簡単じゃないねんなーこれが」
芦屋乃彩はたらればが嫌いである。昔から何でもすぐに結論付けて過去を振り返ろうとしない。
高校の時に付き合っていた彼氏と別れた時も、「私らは友達でいたほうがいいねん」と結論付けてまったく振り返らなかった。
弟として、寮生活をしていた姉が帰省してきた時に恋愛事情や友人関係を一方的に聞いていたが、姉が何かに挫折したり悩んでいたりということはほぼ無かった。
それこそ、父がある日思い立ったかのように大掃除モードのスイッチが入ってしまって、姉が集めていた小説を無断で古本屋へ売り捌いた時も、「部屋が寂しくなったけど、それをスッキリしたと捉えれば問題ない」と言って表情ひとつ変えなかった。父は物凄く怒られると思っていたらしい。
そんな父はB型である。
血液型で一括りにするつもりはないが、僕ら家族にも理解できないタイミングで、理解できないスイッチが入ると、それを終えるまで猪突猛進する。掃除もそうだが、模様替えが急に始まったり、ペペロンチーノを極めると言い出して1週間連続で晩飯がペペロンチーノになったり、自分の親でありながらとても自由な父である。
ちなみに姉はAB型で、僕はA型、母はAB型である。故に母と姉は似ている。
「負けた」
「難しいやろー」
「せやな。慣れれば武器の使い分けをしてステージとルールに合わせた最適な立ち回りは出来るけど、反射神経に関してはもう衰えつつあるから限界値は普通やろな」
「湯川学ばりの的確な分析せんでいいねん」
「沈黙のパレード久しぶりに読みたいなー」
「実写しか知らんわ」
「ありがと、もうええわ」
「ん、面白かった?」
「面白かった、またやらせて」
「おー、いつでも言うて」
どうやらスプラトゥーンはお気に召したらしい。
それから姉は自室で月海彩をして、夕方に買い出しへスーパーに出かけた。戻ってくるまでに掃除機をかけてお風呂の掃除をしておくように言われたのですぐに終わらせておく。
浴槽を磨きながら高校生の芦屋乃彩を思い出していた。
当時、姉はモテた。キッカケは学園祭のミスコンでグランプリを受賞したからである。当然、本人の意思ではなくて、グランプリ受賞者に贈呈される1万円分の食券を目当てにした友人が、芦屋乃彩をエントリーしたのだ。当時、僕も遊びに行ったがまさか姉が壇上に上がるとは思っていなかったので驚いた。
審査員から、「あなたの長所を教えてください」と言われた芦屋乃彩は、「平凡である所です」と答えていた。前髪を作らない黒髪のボブスタイルは、あの頃から変わっていない。
あと異常にモテたのは、当時Perfumeが流行っていたからである。ミスコンを行われた体育館内は、「のっちに似てへん?」「ほんまや、のっちや」という声でざわついていた。
「ただいま、外寒いわ」
「おかえりなさいー、掃除も終わりましたー」
「よく出来ましたー」
「シャンプー無くなりそうやけど詰め替えある?」
「あれ詰め替えないねん。明日買ってくる」
「あー美容室で買ってる言うてたなー」
「明日予約して髪も切ってくるわ」
「たまにはお洒落さんして、カラーしたらいいやん」
「私まだ白髪生えてへんし」
「20代女子とは思えない発言やわ」
「茶髪にしたいとも思わん」
「芦屋乃彩の中で髪色のバリエーションは黒か白か茶だけなん?」
「なんやねん、合ってるやろ」
「ピンクとか青とか、色々あるやんか」
「派手なのは論外」
「なんでなん」
「目立つやん」
「楽しい気持ちになるやん」
「派手になるのは生物的に生きることが不利になる要因やと思うけど」
「孔雀に謝れー」
「あれは子孫繁栄に繋がってるからいいねん」
「モテてるってことやんか」
「私、地味でもそこそこモテるねん」
「晩飯なんなん」
「豚汁とお野菜」
「手伝うわ」
「1人の方が効率良いから大丈夫」
芦屋乃彩の手料理は味にブレない。クックパッドのレシピを忠実に再現するからである。
「姉ちゃん、料理は趣味にならへんの?」
「ならん」
「なんでなん」
「健康な体を維持するのはバランスの良い食事の積み重ねやん。料理は趣味というより義務やねん」
「父とは大違いやな」
「せやから不健康な腹しとるんやろ」
「マクドとビールの組み合わせをまだやってる人やからなー」
「さっきから邪魔やねん、ゲームして待っとき」
僕が居候をしている間に、芦屋乃彩の趣味を見つけることができればなと思う。
**
芦屋乃彩の日常