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芦屋乃彩の日常  作者:
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芦屋乃彩と芦屋翔

芦屋乃彩あしやのあ27歳、覆面作家。


「芥川賞受賞を果たした覆面作家、月海彩つきうみあやという肩書きがありながらも、大阪市梅田ファッションビルLUCUAの9Fブック&カフェに併設されているスターバックス蔦屋書店でアルバイトをしながら、平凡な日常を過ごす趣味のない独身」


芦屋翔あしやしょう21歳、大学3年生。


「最近、箕面市の実家が無くなり両親は海外旅行へ旅立つ。今年の秋から、新大阪駅付近に姉が購入した2LDKの分譲マンションへ居候することになったゲーム、漫画、アニメが好きな大学生」

**


芦屋乃彩の日常は至って平凡である。と本人は主張する。

芦屋乃彩27歳、大阪市梅田ファッションビルLUCUAの9Fブック&カフェに併設されているスターバックス蔦屋書店でアルバイト勤務。

去年、新大阪駅付近の分譲マンションを購入する。


「姉ちゃんは一回、平凡に謝った方が良いと思う」

「なんやねん急に」


姉の本職は小説家である。一昨年出版した小説【薄墨の雲と小望月】が芥川賞を受賞して、累計発行部数300万部突破。

詳しいことは知らないが姉が言うには、「お金に興味が無くなる程度には稼いだ」らしい。絶賛金欠の大学生にこれ以上の嫌味があるかね。

姉の性格上、溢れんばかりの印税で豪遊するようなこともなく、自分の城を手に入れた後も、こうして変わらずスタバでアルバイトをしながら小説を書いている。

それが覆面作家、月海彩つきうみあやこと芦屋乃彩である。


「そういえば、小説家のこと、スタバの人にも内緒なん?」

「言う必要ないから、言うてない」

「欲の無い人やなー」

「なんで自ら平凡を壊さなあかんねん」


そして僕は芦屋乃彩の弟、芦屋翔21歳大学生。正真正銘の平凡な大学生。

今年から姉が購入した分譲マンションに居候している。というのも今年、15年前に建てた箕面市の実家が無くなった。


「姉ちゃん、ほんまに良かったん?実家の話」

「ええよ、大した思い出もないから」

「高校から寮生活してたもんなぁ。でも、中学3年間の思い出はあるやんか」

「久しぶりに帰ったら私の集めた小説全部古本屋に売り捌かれた思い出のこと言うてる?」

「めちゃ根に持ってるやん、それ姉ちゃん高校の時の思い出やし」

「嘘やで、気にしてへん」

「気にしてる顔やったやん。しかし僕らの父と母はついに家も土地も売っぱらってしもーたし、大学生の息子を置いて海外旅行やで、どー思う?」

「どーも思わん」

「乃彩さんのお手伝いさんしてお小遣いもらいやー、の一言で帰る場所無くなった弟の身にもなってよー」

「しらん。お婆の家は残ってんねやろ?」

「せやけど、あそこ駅から遠いから」

「父と母はいつ帰国するんやろか」

「終わりのないハネムーンやー言うて関空から飛び立ったけど、特に期間は聞いてないな」

「ハネムーンの意味分かってへんのやろな」

「気持ち的には新婚さんなんやで、息子も義務教育終わったから第二の新婚生活的な、ってか息子まだ大学生なんですけどっ」

「いつまでそのネタ使うねん」


そんなわけで僕は、姉の芦屋乃彩と暮らしている。

姉は炊事洗濯、整理整頓、大体そのような言葉に当てはまることはキッチリとしていて、規則正しい生活をしている。

まあ、平凡、な生活をしている。


「あ、今日帰ってくるの遅い?」

「20時には帰る。なに」

「いや、休みやから飯作って待ってよーかなって」

「お小遣いは発生せんで」

「可愛い弟が純粋な気持ちでお料理して待ってるよー言うてんのになんやねん。500円くらいは黙って出しとくもんやで普通」

「あんたの普通は変やねん。小遣いはないけど、これで食材買い。クマさんのビールとティッシュも頼むわ」

「クマさんのビール?」

「緑のパッケージ、見たら分かる」

「ん、りょーかいっ。ポテチとコーラ買い溜めしても良いですか」

「お風呂掃除」

「ぐ……やむおえん、交渉成立や」

「働かざる者食うべからず、ほな行ってきます」


11月9日の土曜日。姉はいつも通り新大阪駅から御堂筋線に乗って梅田へ出勤する。

スタバのアルバイトを辞めないのは、姉の言うところの平凡な日常を守るためという理由と、人と会話をしなくなると小説が書けなくなるという理由があるらしい。

僕は小説より漫画が好きなので、それほど姉の仕事に関心はない。芥川賞とか直木賞とか存在は知っているし、凄いことなのは分かるが、受賞した本人があまりに無表情であるためどこか他人事である。

夕方までゲームをして、アニメを見て、僕なりに充実した時間を過ごす。17時になりようやくソファーから立ち上がり、部屋着から軽装に着替え近所のLIFEというスーパーへ向かった。

右側から野菜コーナーを見て、魚コーナーを見て、精肉コーナーを見て豚バラ肉を食べたくなった。

野菜コーナーに戻って、もやしと水菜と白菜をカゴに入れて、何となくキノコ類もカゴに入れた。次はクマさんのビールを探す。

緑のパッケージに熊のイラストのビール。


「のんびりふんわり白ビール、えらいキャッチーな名前やな」


クマさんのビールは2本カゴに入れて、自分には銀色のよく見るビールを1本。お酒は別に好きでも嫌いでもない。ただ、姉が飲むなら自分もという感覚である。

ひと通り必要な食材とビールを買ってマンションに帰る。エレベーターのボタンを押して扉が開いたタイミングでティッシュを忘れていたことに気がつくが、気がついてないことにして7Fのボタンを押した。

とりあえず豚バラ肉が食べたいという衝動だけで食材を買ったのは良いが、食材を並べキッチンに立ち腕を組む。

しばらくレシピを考えてはみたが、姉に気分を確認することにした。


《今の気分は、サッパリですか、コッテリですか》


LINEを送ってすぐに既読がつく。その2秒後に返事があった。


《スッキリ》


3秒かけて文章を作成して返信する。


《教えて欲しいのは好きなニュース番組やなくて、晩飯の味付けです》


またもやすぐに既読がつく。2秒後返信が来る。


《後味サッパリ》


とりあえず返信することをやめた。

冷蔵庫にある調味料を確認して、生姜と白だしで味付けして鍋にすることに決めた。となると炊飯器をセットして食材を切って下ごしらえは終わってしまうが、20時まで残り1時間35分持て余してしまう。

帰ってすぐに食事が用意されていると思っている芦屋乃彩に、「ごめーん、まだできてないねーん」と言えばどんな仕打ちが待っているか分からないので、1時間はゲームをして、残り35分で鍋を仕上げることにする。

1時間15分後、時計を見て慌ててキッチンに立つ。

リビングにガスコンロを用意して、キッチンのIHコンロで鍋にキノコ類ともやしと白菜を入れて加熱する。

水菜は塩とごま油で味付けして、賞味期限ギリギリの韓国海苔があったので散らしておいた。

現在の時刻19時50分。


「ただいま」

「おあー早かったね、おかえりなさいー」

「お腹空いた」

「うん、あのーもうほぼ出来てるから、着替えておいでよ」

「おぉ、鍋か」

「後味スッキリやろ?」

「後にも先にもスッキリやな、着替えてくるわ」


姉が着替える時間は大体15分。

着替えるついでに洗濯機を回して、乾いた洗濯物を取り込んで片付けるまでを必ず行うから15分かかる。

つまり、15分後にテーブルにはお鍋と取り皿とお米とお箸とクマさんのビールが用意されてないと、姉の機嫌を損なう。

13分後、姉が食卓につく。それから30秒後、諸々の支度が整いクマさんのビールを姉に差し出す。

ギリ間に合った。


「ミッションインポッシブルやわ」

「意味分からん」

「手際の良い仕事したってことです。クマさんのビールってそれやんな」

「何をドヤってんねん」

「ドヤってへんわ、食べよ」

「いただきます」

「たんとおあがり」


鍋の評価は割と良かった。

なんで椎茸じゃなくてエリンギなのかという少しの不満はあったようだが、味は気に入ったらしい。


「最近急に寒くなったから、お鍋が美味しいなあ」

「そこは、弟が作ってくれたお鍋は美味しいなーやろ。お釣りとレシート棚の上に置いてあるよ」

「いくら残った?」

「千円とちょっと」

「お小遣いにしてええよ」

「うえーい、さっすが姉ちゃん」

「正直者は得するねん」

「しかと胸に刻みます。あと、正直者らしく白状すると、ティッシュを買い忘れてしまいました」

「は?」

「あ、いや……ティッシュをですね」

「ポテチとコーラはしっかり買ってんのに?」

「っすぅ……可笑しな話やね」

「これ食べたら買ってきてな」

「スーパー開いてるかな」

「12時まで開いてます」


これ以上抵抗すると何か良くないことが起こりそうな予感がした。


「Bダッシュで買ってきます」

「ハーゲンダッツのアソートボックスもよろしく」


ほら、言わんこっちゃない。


「たしか今、40周年のアニバーサリーバージョン売ってるねん」

「あれ、高いよ」

「一個のサイズが丁度良いねん」

「お小遣い、残らんのですけど」

「しらん」

「正直者は得をするんと違うんですかぁっ!嘘です、これ食べたらすぐ買いに行きます」

「それでよろしい」


1,250円のお小遣いは、ティッシュ272円、ハーゲンダッツ40周年アニバーサリーアソートボックス798円が引かれて、180円となりました。

その夜、芦屋乃彩はお風呂上がりにハーゲンダッツ40周年アニバーサリーアソートボックスからカスタードプディングを選び至福のひとときを過ごす。これほど忠実な弟に、姉はひとつもハーゲンダッツを分けてくれませんでした。それどころか、食べたらベランダに吊るし首やからなと脅されました。


「ポテチあげやんからな!」

「私、堅揚げ派やねん」


**

芦屋乃彩の日常

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