最終話 月の綺麗な夜
冬休みは東京で、高校の仲間の飲み会に顔を出したり、あなたとも会ったり、なんやかんやと慌ただしく過ごした――。そうそう、その時には話さなかったでしょ、河僂耶のこと。実は飲み会でも、元カレと会ったりなんかして、「今どんなやつと付き合ってるの」とか、訊かれたりしたんだけど。
その時、正直に答えられなかったんだよね。
「河童」とは言えなかった。
河僂耶に対する怒りとか苛立ちが消えてしまったら、今度はそのことで悩んでしまった。学科のあの子が言った通り、私も言うほど「達観」なんかしてなかったんだなって。
仲良かった頃は、河童だって人間と「同じ」だし、河僂耶との関係は「ふつう」だと自信をもって思っていた。それが「ふつう」でも「同じ」でもないところが見えてしまったら、揺れている。しかも違っていたのは、私にとって一番「許容」しにくいところだった。
「許容」なんてことが頭に浮かぶようじゃ、無理かな、とか。
クリスマスもバレンタインも一緒にいられない彼氏じゃなあ、とか。
けっこう打算的なことも考えた。それまでわりと、パッと付き合ってパッと別れるというか、好きになるのも速いけど幻滅も速くてなんかあるとすぐに気もちもなくなっちゃう方だったから、会えない冬の間、河僂耶のことで悶々と悩み続けたこと自体が私には特別なことだったんだけど。
結局、考えるのはやめちゃった。あちらに人間の理屈は通用しないし、こちらも河童の理屈にひた合わせてゆくわけにはいかない。でも細かいことを言いだすまで、私たちは一緒にいられたんだから。
いくら難しいとは思っても、終わりにしたくない気もちの方が勝ったんだよね。懸案はさておき、早く会いたかった。いつまで「籠る」のか、いつから「春」なのか正確に聞いてなくて、しかもなかなか出てこなかったから、二月と三月は河原で見たときに声をかけなかったことを猛烈に後悔したりした。
それでも、絶対にこの日には、って確信があったから、待てたんだと思う。つまり、私が事故を起こした日。
桜の花がはらはらと散る、月の綺麗な夜だった。私は学科の友だちの部屋で少し飲んで、ちょうど同じくらいの時間に現場に向かった。ガードレールは修復されていたけれど、一年のうちに他にも事故があったらしく、少し離れたところには花が供えられていた。私は下を見下ろして、余裕たっぷりに息を吸い込んだ。
「河童さん、一人でお花見?」
早瀬に突き出す岩場から、懐かしい顔が私を見上げた。
「それとも誰かの供養に来たの?」
慌てたように、河僂耶が立ちあがる。
次の瞬間、私はガードレールの上から飛んだ。
受け止めてくれるって信じていたから。
――もちろん、無事だったからここにいるんでしょ。
はいはい、この話はもう終わり。今度はあんたの彼氏の話を聞かせなさいよ。
何、ふつう過ぎて聞くに値しない?
とぼけちゃって。あんたの男こそ相当なもんだって聞いたよ、風の噂に。
さあ、話して!
風をいたみ岩打つ波の己のみ 砕けて物を思ふころかな (源重之)
かくとだにえやは伊吹のさしも草 さしも知らじな燃ゆる思ひを (藤原実方朝臣)
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。