3 友だちにはなっても、ふつう恋人にはしない
あいつの方からは手出ししてこなかったんだよね、私に気があるみたいに言って近づいてきたわりには、いつまでたっても。夏休みは泊りがけの実習がいくつかあったのもあって、実家には忙しいと言い訳して帰らなかった。なんだか私の方が、なるべく河僂耶から離れたくなくなってたんだ。
それで、休みが明けないうちに学科中に噂が広まった。一緒にいるところを目撃されたとかではなくて、仲良かった友だちに話したら言いふらされたわけ。こっちは信頼してるから打ち明けたのに、ひどくない? しかも笑い話、私はいい物笑いの種。
「麻衣さん、今度の相手は河童だって? 物好きだねえ」
って、千回は言われたわ。
友だちにはなっても、ふつう恋人にはしない。
河童が河童なのは仕方がないとして、それと付き合うやつの気が知れない。
それじゃなんだ、おかしいのは私ってこと。それってどうなのよ。腹が立ったから「どう思う」ってかるやんに訊いたら、あいつ、
「ハハハ、まあ、麻衣さんは相当変わってるよね」だって。
こんにゃろう。ハハハ、じゃねぇよ。
ところで、河僂耶の方では河童界のお仲間に私のことを話してなかった。それを知った時は意外で、ちょっとショックだったかもしれない。話す気がある風でもないから、「今度、かるやんの里に行ってみたいな」ってそれとなく水を向けたら、「水の底だから連れていったら死んじゃうよ」って、取り合わないの。
「本当にそうかな、案外行けちゃうかもよ」
私は囁きかけて、彼の顔をのぞき込んだ。
「時々思うんだけど、私、本当に生きてるのかな。これだけ外にいても今年は全然蚊に喰われないし。本当はあの時死んで、体は川の底に沈んでたりして」
河僂耶は首をかしげて一言、「どうかな」とすっとぼけた。
どうかな、って。あんた妖怪のくせにわかんないわけ、って言ったら、
「人間のことはおらだづにはわがんね」だって。
なんでそこだけ方言? しかもここの言葉じゃないだろそれ、って、私は律儀に突っ込むけど、まんまと話を逸らされた。
今思えば、その頃から不安が芽生えてたんだよね。
――いや、私が生きているかどうかってことじゃなくて、河僂耶の気もちの方。
手出ししてこないことも家族や仲間に紹介する気がないこともひっくるめて、本当は私のことをどう思っているのかなって。私には日に日に河僂耶が欠くことのできない存在になってゆくのに、もしも私ばかりが想いを募らせて、河僂耶の方では全然そんなではなくってただ一緒にいるだけで満足な、「人間の飲み友」程度にしか思ってなかったりしたら。
それは悲しすぎるから。なるべく考えないようにしたかった。