2 何でも訊いていいと思って
相手が河童だと困ることっていうのも別にないんだけどね。二人でいる分には。
町に出ることはしないねえ。でも、もともと私もあちこち出かけるよりは部屋でまったりするのが好きな方だからさ。
駅前の何でもある都会ぶりとは打って変わって、私の部屋の窓から見えるのは山と川。アパートは車道から川へ降りる斜面に建っていて、河原に降りてゆく緩やかな斜面には二階建てのこぢんまりとしたアパートが群れるように建っている。川の向こうがキャンパスのある山。川幅は広くて、蛇のように何度もうねりながら私のところからは見えない海に流れ込む。私たちはその河原で年中立ち枯れている背の高い繁みの中で会う。
気を遣うのか河童の風習か、河僂耶はいつも何かしらお土産を持ってくる。それも結構なお土産で、川魚や冬瓜、青柚子なんかは常識的だとして、小玉スイカとか、水ようかんが出てきた日には驚いたよね。細い竹筒に入った水ようかん、よく冷えていてふつうにおいしかった。食べながら、名前は忘れたけど透き通っていてあんこが入っているやつも好きだと話したら、次の時はちゃんとその水まんじゅうを持ってきたし。どこから持ってくるのか気になって訊いたら、水の下にはたいてい何でもあるんだって。
河僂耶は何でも食べるよ。細いわりによく食べる。小玉スイカも、いくら小玉とはいえ二人でどうするのかと思ったら、私が食べない分は全部食べてくれた。私が持って行ったものの中では、タコのカルパッチョが気に入ったみたいだったかな。チータラみたいなものも好き。夕方くらいから食べて飲んで、たわいもないことを話して過ごす。グループ研究が思うように進まない話とか。いくら言っても何にもして来ないやつ、いるのよ。話し合いにも参加しないし、割り振られた仕事もしないし。私が言うんだから、相当なもんでしょ。そういう愚痴を聞いてもらったりする。河僂耶の話はひたすら面白くて、聞く間ずっと笑い転げるんだけど、何にも記憶に残らないんだよね。河童界の日常の話をしてるんだと思う。私も飲みすぎるのかもしれない。
最初の頃は、やっぱり河童についての質問もした。頭の皿が乾いたらいけないというのは本当か、とかね。――そんなことはないらしいよ。窪んでるから水が溜まるだけで、別に水を溜める必要はないって言ってた。そう言われてみると、なんだかバカなこと訊いたなって思ったわ。尻子玉? うん、それも訊いた。「尻子玉ってやっぱり取るんですか」なんてまじめくさって。そしたら、尻子玉なんて知ってるのって、逆に驚かれたんで、ついでだから「何なんですか、それ」って訊いたら、魂ではなくて胆力みたいなものだと言って、
「でも今時は、取れるような尻子玉持ってる人もそうそういないですから」だって。
なんだかバカにされたような気がした。
抜かれるとフヌケになるという尻子玉が元からないって、元からフヌケだってこと?
河童についてあれこれ訊くのは、わりとすぐにやめた。なんでかな、訊いてみようって気もちがなくなっていったんだ。最初は私も、せっかく本物の河童に出会ったんだから何でも訊いてみようという感覚だったのかもしれない。何でも訊いていいと思っていたし、河僂耶が嫌な顔をするわけでもなかったから。でも実際は、彼が寛大だから辛抱強く私の好奇心に付き合ってくれたんだろうな。私がこうやって「物好き」にも河童と付き合っていることについて根掘り葉掘り訊かれると、正直イライラすることあるもん。
飲んで食べて喋って、そのうちに月なんかが綺麗に出ると、並んでずーっと眺めたりする。わりと風流人なんだ、あの人。私が事故った日も、あの渓谷の岩場に座って満月を背景に夜桜を眺めながら、一人物思いにふけっていたんだと。そこへ大きな衝突音がして、橋の上から私が降ってきたんだって、話してくれた。――いい気はしないよ、もちろん、自分が醜態晒した時の話なんか聞いて。私は何にも覚えてないし、酔っぱらって「死にたくないよぉ~」って泣いてたなんて言われてもさ。
月が綺麗な時は、「踊ろう」って私から誘う。踊ってくれるよ。こうやって手を取り合って。お互い酔ってるから、でたらめでもなんか体を揺らしていれば楽しい。
河僂耶の手は、水かき、ついてるよ。ひんやりしていて、しっとりというか、やっぱりちょっとペトペトしてカエルっぽい。――え、何? その指でどうやってするのかって?
野暮なことを訊くもんじゃないよ。