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1 その言い方やめてくれない?


 あんたの河童の彼氏のこと聞かせてよって、その言い方やめてくれない? そりゃあ今付き合っているのは河童だけどさ、「河童の彼氏」っていったら、「人間の彼氏」も他にいるみたいじゃん。彼氏はかるやん一人だよ。

 え、屁理屈?

 そんなの、屁理屈もこねたくなるよ。噂は勝手に広まるし、聞きにくる人たちが言うことって皆同じだもん。ひねくれもするっての。


 河僂耶(かるや)と出会ったのは去年の七月。正確には四月なんだけど、その辺りから話そうか。

 七月のあの日、私は実験が早く片付いたので明るいうちに徒歩で山を下りた――理学部のキャンパスは山の上だから。急なカーブを降りてきたところで差しかかる渓谷の橋はかなりの高さにあるのにガードレールがやたら低くて、しかも大きくへこんだところは修復される気配もなくそのまま放置されていた。まあ、いい気分はしないよね、自分が事故を起こした跡を見るっていうのは。いつものように足早にそこを通り過ぎて橋を渡り切ったら、脇の藪をガサガサ登って何かがぬっと道路に出てきた。

 クマか不審者だと思うでしょ、ふつうは。私も実際そう思って身構えた。

 身構えて、さらに目が点になった。

 目の前に立ちはだかって正面から私を見据えたのが、河童だったから。


   ***


 「――カッ、(河童?)」

 変な声を出して目をしばたく私を見て、河童は小さな目を細めると、思いのほか明朗な声でこう言った。

 「やあ、元気そうですな」

 嘴のようにも見える薄い唇を開いて、そう言った。河童は背が低くて、藻の色の肌は爬虫類というよりカエルの皮膚を思わせた。

 「その後どうしたかと思って様子を見に来たんです。桜の頃にあなた酔っぱらって、バイクとやらに乗ったままそこの橋から落ちたでしょ」

 あ、と声を漏らして、私は耳まで赤くなった。

 「もしかして、あなたに助けられたとか?」

 もしかしなくてもそうだろう、と思った。ビルの五、六階の高さからそれなりに流れの速い川にそれも酔って落ちたのにかすり傷一つなく溺れもせず、川べりの安全な繁みに寝ていた。警察が「異常だ」と不思議がらなくたって、十分に異常だ。あり得ない。

 河童は謙虚に、「まあ、そうです」と応えた。

 「まあ、元気そうでなによりでした。実をいえばあの夜から、あなたのことが忘れられなくなりまして。もう一度お会いしたかったのです。まあ、それだけです。ごきげんよう」

 混線した頭のまま、私は河童を呼び止めた。

 命の恩人には礼をしなくてはならない、と律儀に思ったの。河童でも。男でも。

 「お礼にご馳走します。キュウリとビールでも」

 それが河僂耶とのなれそめ。感謝することと好意に応えることとは話が別だとは思っていたけどね、その時は。

 気色悪いって?

 私も最初からそういうふうに思わなかったわけではないんだけど、でもこれ、言ってみれば『人魚姫』の男女逆転パターンなんだよね。「あなたを助けました」って会いにくるのが、人魚なら綺麗でも河童だと怪しげ? 女なら純情で男なら下心?

 ――そういうことをいちいち考えるようになったのが、河僂耶と付き合って一番変わったところかな。


 河僂耶はいいやつだよ。スケベだけど、ふつうに好き。


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