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ペットな王子様  作者: 水無月
第二章:王子様と好きだった人
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第8話

 黒猫ラウルの頭突きで起こされ、目覚めの悪い私とは反対に、少年ラウルは元気に朝食を平らげた。歯を磨きながら、うろうろと好奇心いっぱいの瞳でいろんな物を観察している。昨日はむきになって家事を覚えようとしていてそれどころではなかったが、一晩寝たら余裕ができたらしい。

「ラウル。行儀悪いから、歯磨き終わってからにしなさいよ」

 食後のお茶を飲みつつ注意すると、ラウルはもごもごと口を動かして何かを言う。だが、歯磨き粉まみれの口では解読不能だ。

「話すのも終わってから! 何言ってるのかわからんっ」

「ふぉーふぁむゎ」

 ラウルは意味不明な返事をして小走りに洗面所に行くと、少しして歯ブラシ片手に戻ってくる。

「お前は教育係のような事を言うと言ったのだ」

 それだけ言うと、ラウルは再び歯ブラシをくわえて戻っていく。

 そんなラウルの後姿を見ながら、私は小さくため息をついた。年の離れた弟がいるせいか、ついつい母親のように小言を言ってしまうのは事実だ。やっぱり、おばさんくさいのだろうか……。

「ヒナタアオイ。これはなんだ?」

 いつの間に戻ったのか、リビングの壁にかかったカレンダーを指差しながら、ラウルが小首をかしげている。

「カレンダー。日付が書いてあるのよ」

「そんな事は知っておる。こちらの世界のことは一応学んでおるからな」

「その割には、何を見るのも初めて見るみたいに興味津々よね」

「この印は何かと聞いておる」

 私の笑顔での軽い嫌味はむかつくほどあっさりと聞き流し、自分の質問をぶつけてくるラウル。

「印ってどれ」

 子供らしい好奇心に満ちた瞳に負け、立ち上がってラウルの隣に行く。ラウルが指していたのは今日の日付だった。

「他の数字についた印と違ってこれだけ特別な感じがしたのでな。ちなみに、今日はどれだ? ――ヒナタアオイ?」

 キラキラした瞳で話していたラウルは押し黙った私の様子に気づき、僅かに眉をひそめた。

 答える前に、私は込み上げてきた思いを押し殺す。

「今日は、その印がついた日よ」

 トーンの落ちた私の声に、ラウルは困惑した眼差しを向けた。それからカレンダーに書き込まれた印に目をやり、小首をかしげる。

「楽しげな感じがしたのだが……」

 訊きたい好奇心と、触れてはいけない雰囲気の間で微妙に葛藤があるのか、呟くようにそう言って、ちらりと横目で視線をこちらに向ける。

「誕生日よ、私の」

「誕生日!?」

 吐き出すように言った言葉に、驚き顔のラウル。

 しばしそのまま固まっているラウルに、思わず小さく笑ってしまう。

「何よ、そのリアクション」

「お前こそ、何故暗い顔をする! 誕生日であろう? 良き日ではないか!」

「祝いたい気分じゃないのよ」

 困惑した様子のラウルに、苦笑いを浮かべるしかなかった。

 カレンダーに書かれていたのは、たくさんのハートマーク。本当は、彼と過ごして幸せだったはずの日……。

「何を言うか!」

「え?」

 ラウルの叱るような声と眼差しに、思わずきょとんとする。

「この世に産まれるということは、簡単なものではないのだぞ! 幾つもの奇跡が重なり生命が誕生し、そして、お前も、お前の母上も大変な思いをしてこの世に産まれてくるのだ。祝いたくないなど、母上に失礼であろう!!」

「え、えーっと……」

「誕生日とは周りに祝ってもらうだけでなく、己は産んでくれた両親と、これまで自分を育ててくれた全てのものに感謝する日なのだぞ。そんな事も知らんのか!」

 思わぬラウルの正論に返す言葉がなく、ただただラウルを見つめてしまった。

 昔から祝われるのが当然で、祝ってもらった事への感謝しかしなかった。でも、言われてみれば確かにそうだ。もう子供が産まれるときの母親の大変さを知識として知っている。

「そう……だね」

 少し感心しつつ呟くと、ラウルは満足げに頷いた。

 子供だと思っていたが、大切な事をわかるのに年齢は関係ないのかもしれない。

「わかったなら、母上に連絡したらどうだ? 離れて暮らしておるのだろう」

「そうね。そうしようかな」

 おかしな魔法をかけた父親はともかく、ラウルの母親はけっこういい人なのかもしれないと勝手に想像する。わが道を進むわがままな少年のようで、どことなく憎めないのは、大切な事をちゃんとわかっているからかもしれない。

「よし。ではその間に何か祝いの準備を! ……とは言っても、こちらの世界では俺は何も持っていなかったか。むぅ、どうしたものか」

 真剣に悩むラウルに、込み上げていた切なさは霧散していった。

 心の傷が消えたわけじゃないが、あの悲しみの中で拾った子猫はその悲しみを一時忘れさせてくれるには十分の存在だった。

 くるくると変わる表情。わがままで気分屋のようで、そっとよりそうような温かさ。

 ラウルの父親が一つ正しい事をしたと思えるのは、ラウルを変化させる動物を猫にした事かもしれない。ラウルによく似合っている。

「おぉ、そうだ! あれで……うむ!」

 なにやら閃いたのか、ぱっと表情を明るくするラウル。

「ちょっと出かけてくるぞ!」

 言うなり、ぱたぱたと走って行く。

「ちょっ、車には気をつけなさいよ!」

「わかっておる!」

 そう言い捨てて慌しくラウルが出て行くと、とたんに家が静かになった。慣れているはずなのに、どことなく寂しい感じがする。

 そんな風に思う自分に苦笑いを浮かべつつ、受話器をとった。この時間なら時差を考えてもお母さんは起きているはず。だが国際電話のダイヤルを押し始めた時勢いよく玄関の扉が開いたので、一度受話器を元に戻す。

 何故か数分で汚れて帰ってきたラウルに思わず顔をしかめると、ラウルは私の前を走って通り過ぎ、庭に通じる窓を少し開けた。

「何してるの?」

「この体では道がわからなかったのだ。戻るまで開けておくのだぞ」

「え?」

 何を言っているのか理解した時には、既にラウルの可愛らしい唇が私の口に触れていた。

 光と共に、黒猫ラウルが現れる。

 行ってきますとでも言うように、にゃーと短く鳴くと開けた窓から出ていくラウル。

 猫になるのは屈辱じゃなかったのかと心の中でつっこみつつ、自由奔放な王子様が何をしようとしているのか少し楽しみだった。


2013.4.10 20:18 改稿

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