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ペットな王子様  作者: 水無月
第一章:黒猫と王子様
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第7話

「よしわかった」

 そう言ってがばっと起き上がった私を、ラウルはきょとんと見つめる。

「なにがだ?」

「ラウル、王子様なんでしょ? だったら、自分の国の人間の家に住まわせてもらう事は可能よね?」

「それは無理だな」

 即答し、席に戻って優雅に紅茶を口に含むラウルを、私は半眼で見つめた。

「なんでよ」

「ヒナタアオイは、突然自分の国の王子が泊まりに来たら泊められるのか?」

「それは……」

 確かに自分に置き換えたら正直無理だ。恐れ多くて、どうしていいのかわからない。

 言葉に詰まった私を勝ち誇ったように見つめながら、ラウルは続ける。

「それに、我が国の者がどこに住んでいるかなど、オレは知らぬ。よほど傍にいるか、近くで魔法でも使わぬ限りわからぬ」

「自信たっぷりに言う事じゃないでしょ」

 小さなため息をつきつつ、どうやらこちらが妥協しなければならない事を悟る。ラウルに探す気が無ければ、私に見つけられるはずもない。かといって、雨の中震えていたラウルを思い出すと、放り出すわけにもいかない。

 この際、好きになれとかどうとかは置いておくとしよう。

「しょうがないわね。しばらくうちに居候させてあげるから、一応自分の国の人探して、住まわせてもらえるか聞くのよ!」

「うむ。よかろう」

「返事の仕方が間違っとるわーー!!」

 満足げに頷いたラウルに思わずつっこむが、ラウルは何のことやらといった表情だ。

 偉そうな態度がしみついていらっしゃるらしい。

 私はふうっと息を吐くと、気を取り直してラウルを見つめた。

「言っときますけどね、今までどんな扱いを受けてたか知らないけど、うちに住むからには家の事もちゃんと手伝ってもらうからね! 働かざるもの食うべからず!」

「家の事?」

 私の言葉に首を傾げるラウル。

「食事に洗濯、お掃除などなど、生活するにはやる事がたくさんあるのよ。それをラウルも手伝うの」

「それは、女子(おなご)の仕事であろう?」

 何をバカなと言いたげな瞳に、カチンとくる。しかし、なんとなくラウルの性格もよめてきた。頭ごなしにいってもきっと通じないだろう。

「こちらの世界では男女共にやるようになってきたんだけど……。そうね。ラウルには難しすぎて出来ないかもね。できないんじゃ、しょうがないわよね」

 にこやかにそう言うと、今度はラウルがむっとした顔になる。そんなラウルをよそに、私は優雅に紅茶を口に運ぶ。

「オレに出来ぬことがあるわけ無いであろう!!」

「そう? 出来ない言い訳で、女の仕事だって言ってるんじゃないの?」

「そんなことはない! やったことはないが、教われば出来るに決まっておる!!」

「口だけじゃなー」

 わざとらしくため息をつくと、ラウルはダンっとテーブルをついて立ち上がる。綺麗な白い頬は、怒りで赤く染まっていた。

「それでは、教えるがよい! 出来ぬ事はないと証明して見せようではないか!!」

「ほんとに?」

「男に二言はないっ!!!」

 見事に作戦にひっかかったラウルがなんだか可愛くて思わず笑いそうになるのを必死にこらえながら、私はまずは食事の後片付けから教え始めたのだった。



「家事とは疲れるものだのう……」

 掃除に洗濯、夕飯の支度と後片付けを終えると、ラウルはぽてっとソファーに横になりながらそう言った。

 しかし実際の所、ほとんど手伝いにすらなっていなかったりする。途中、一人でやったほうがましかなーなどと思いながら、真剣な眼差しで頑張ろうとしているラウルを見ると、そうも言えなかった。

「今まで誰かがやってくれていたのよ。感謝しなくちゃ」

「うぅむ……。そうだな」

 髪を片手でかきあげながら呟くラウル。綺麗な黒髪が指から流れ落ちるのを、私は笑顔で見つめていた。この数時間、なんだか弟が帰ってきたようで楽しかった。一緒に住んでいたときは、母さんと一緒に弟にも家事を教えたものだ。

「じゃ、ゆっくりお風呂にでも入って疲れをとってきたら?」

 用意してきた弟のパジャマと下着をおくと、ラウルはゆっくりと起き上がった。

「そうだな、そうするか」

 そう言って着替えを掴み数歩進むと、ラウルは立ち止まり、振り返った。

「何?」

「お前は入らぬのか?」

「入るわよ、後で」

 首をかしげるラウルに普通に答えたが、ラウルは不満そうに唇を尖らせた。私は何が不満なのかわからず、首をかしげる。微妙な沈黙。

「昨日は一緒に入ったではないか」

 そういえば、昨日は黒猫とお風呂に入った。つまり、ラウルとお風呂に入ったということだ。

「あれは、猫だと思ってたからに決まってるでしょ! 小さな子じゃあるまいし、一緒になんか入らないわよっ!」

「そうか? そんなに恥かしがるような体でもあるまい」

「んなっ!?」

 絶句する私に、真顔のラウル。

「出ているところは出ているし、手足や腰は細い。なかなかのスタイルだったと思うが?」

「いいからさっさと一人で入ってこーーい!!」

 手元にあったクッションを思わず投げつけると、ラウルはぶつぶつ文句を言いながら去っていく。

 一人真っ赤になりながらぜいぜいと息を整える私。

 変身魔法が高度なものでよかったとしみじみ思う。もしこちらにいる魔法使いが簡単につかえる魔法ならば、動物不信に陥る所だ。ラウルが子供だったからいいものの…。

 はぁっとため息をつく私の耳にラウルの若干音痴な鼻歌が聞こえてきて、思わずちょっと笑ってしまったのだった。



 私がお風呂に入った後に、ラウルの髪をドライヤーで乾かしてあげる。

 気持ちよさそうに目を閉じているラウルを見ると、本当に弟を思い出し、この意味不明の塊のようなラウルをおいてあげる気になったのは、自分が寂しかったからかもしれないと少し思った。

 一人暮らしの寂しさ。そして、昨日の……。

 思い出しかけて、小さく頭を振る。

 ラウルは、一人で落ち込んでいたかもしれない私に、いつもの自分を取り戻させてくれた。やっかいだけど、嫌な事を忘れさせてくれてよかったかもしれない。

「どうした?」

 振り返って温風が直接顔にあたり、僅かに顔をしかめるラウルの瞳は少し心配そうだ。

「何が?」

「急に黙りこむからだ」

「いつもしゃべりっぱなしなわけないでしょ」

 苦笑を浮かべる私を、ラウルは上目遣いでじぃっと見つめる。澄んだ深いエメラルドグリーンの瞳に自分の心が見透かされそうな気がして、思わず目をそらす。

「なんでもないって。さ、髪も乾いたから寝るよ」

「そうか?」

 疑わしそうな眼差しのラウルから視線をそらし、立ち上がって二階へ向かう。ラウルは大人しく後をついてきていた。弟の部屋の前で立ち止まり、振り返る。

「じゃ、ラウルはこっちで寝て。弟のベッドがあるから」

「一緒に寝るのではないのか?」

 不服そうなラウルに、苦笑を浮かべる私。猫と人間の扱いの違いに、いい加減に気づいてほしい。

「一人のほうが寝やすいでしょ? じゃ、おやすみ」

 そう言って踵を返して歩き出すが、とことこと背後に足音が聞こえる。肩越しに振り向けば、ついてくるラウルの姿。

「何?」

「寂しそうだから、一緒に寝てやる」

「遠慮します」

 にっこりと微笑んだラウルに即答し自分の部屋に入ろうとするが、ぐいっとパジャマの裾をつかまれてこけそうになる。

 ラウルはぷうっと頬を膨らませていた。

「一人では寂しいであろう? 素直ではない奴だな」

「生憎と、毎日一人で寝てたんだけど?」

「せっかくオレが一緒に寝てやると申しておるのだ! 素直に聞けばいいではないかっ!」

 ムキになるラウルをみて、ふと思う。ラウル自身が一人寝は寂しいのか?

 考えてみれば、きっと大事に大事に育てられてた王子様が、見知らぬ世界に一人で投げ出され、しかも数日猫の姿で彷徨ったのだ。そうとう寂しい思いをしたに違いない。長い夜、一人でいることに寂しさや怖さを覚えたとしてもしょうがないかもしれない。

 まぁ、一緒に寝るくらいなら……。

「そうねぇ。寂しくは無いけど……寒いかな?」

「なぬ?」

「猫となら、一緒に寝てもいいかなー」

 私の言葉に、ぐっと言葉を飲み込むラウル。

 一人寝の寂しさと、猫になる事の屈辱を天秤にかけているらしい。

 眉間にしわを寄せて考え込む事数秒。ラウルはふと思いついたように、にやりと笑った。

「そうか。ヒナタアオイはおやすみのキスがしてほしいのだな」

「は?」

「しょうがないやつだ」

 言うが早いか小さな手のひらが私の頬を挟み、少し背伸びをしたラウルがすばやく私の唇を奪う。

「んな!?」

 ちょっと赤くなる私をよそに、光と共に黒猫になるラウル。軽い足取りで私の部屋に入っていく。

「別にキスしなくたってもうすぐ猫に戻る時間じゃないっ」

 叫ぶ私の声は聞こえないふりで、毛布の中にもぐりこんで丸くなるラウル。

 素直じゃない寂しがり屋の王子様に、思わず笑みがこぼれてしまった。

2013/04/10 12:48 改稿

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