第6話
「ラウルはさ、一人でこっちの世界に来て住むところはどうするつもりなの?」
ふと思い浮かんだ素朴な疑問を口にすると、新しくいれ直してあげた紅茶を飲んでいたラウルはカップを置いた。
「何を言う。ここに住むに決まっておるだろう」
さも当然といった顔のラウル。
「一人で寂しいのだろう? だからオレをつれてきたのではないのか?」
「いや、猫を飼うのと人間と同居するのは訳が違うから」
「どっちの姿でも、オレはオレだが」
「えーっと……」
世界の違いか、育ちの違いか、話しがあまりかみ合わないらしい。ラウルは一緒に住むのが当然と思っているらしいが、一日二日ならともかく、魔法が解けるまでいるならどれだけ長くなるかわかったもんじゃない。親戚の子と誤魔化せるのも時間の問題。ラウルの年頃で学校に行かなかったら怪しまれる。
だからといって、行く当てのないまま家から放り出すのはさすがに気がひける。交通事故にでもあったら大変だし、お菓子につられて怪しげな人についていきそうな気がしないでもない。
「そんな顔をしていると、シワができるぞ。ヒナタアオイ」
「余計なお世話よっ!」
眉間にしわを寄せて考えていた私に真顔で注意したラウルを、半眼で睨み返す。
「何を言うか。女性は笑顔が一番美しいのだ。そんな顔をするものではない」
どんな育ちをすれば、その年でそんなセリフが言えるのか呆れつつ、深々とため息をつく。
「何を悩む。一人より、二人のほうがいいであろう?」
「そりゃそうだけどね。ラウルの話を信じられる人は、この世界にほとんどいないと思うの。そうすると、色々と……」
「そんな事はない」
自信満々の笑みと共に、私の言葉を遮るラウル。
「なんでよ」
「なぜならば、こちらの世界に移住している我が世界の住民もたくさんおるからだ」
「――は?」
「こちらの世界を研究しているのでな。情報を得るには、住むのが一番であろう? まぁ、研究者以外にも色んな者が移住しておるがな」
何故かふふんと自慢げな笑みを浮かべているラウルを、私はぽかんとただ見つめてしまった。ラウルが猫に変身するのを見ていなければ、絶対に空想癖のある子供の戯言だと決め付けているだろう。宇宙人すら信じられないのに、異世界の魔法使いがこの世界に住んでるって……なんだ、それ。
「ヒナタアオイ。お前、オレの言うことを疑っておるのか?」
思っていることが顔に出ていたのか、ラウルが不服そうな顔でそう言った。
「素直に信じられる人の方がおかしいって」
「頭が固いのだな、こちらの世界の住人は」
ぶつぶつと文句を言い始めたラウルは、何か思いついたのか、ぱっと表情が明るくなる。そして、再び自信ありげな笑みを私に向けると、立ち上がり、テーブルの向かいにいた私の横までトコトコと歩いてきた。
「百聞は一見にしかず、という言葉があるらしいな? ヒナタアオイ」
「そ、そうね……」
何をしようとしてるのか、ちょっと心配になりつつラウルを見つめる。
「では、見せてやろう。魔法というものを」
ふんっと勝ち誇った笑みを浮かべて私を見ると、ラウルは私に背を向けすっと片手を上げた。そして、ついっと指先で宙に何かを描く。何かを描き終えたあと、そこに手のひらを向けたとたん、まるで手品のようにボウッと火が燃え上がった。
「のわっ!?」
驚く私を、ラウルは楽しげに見つめる。
「ふふ。どうだ? すごいであろう」
「って、家の中で火を出さないっ! 火事になったらどうするの!!」
怒られるのは予想外だったのか、ちょっとしゅんとした顔になるラウル。
「むぅ……すまぬ」
「わかればよし」
ちゃんと謝れることに感心しつつ、改めて目の当たりにした魔法を思い浮かべる。
何もない空間から、生み出された炎。一瞬だったが、手品のようにタネがあるようには見えなかった。
「魔法……ねぇ」
「信用したか?」
魔法自体はラウルが変身する事でほぼ受けいれていたが、新たに目にした魔法はやはり驚きがあった。ぼそっと感心したように呟いた言葉に、再び笑みを取り戻すラウル。キラキラと輝く瞳で私を見つめている。
「本来ならばもっとすごい魔法もつかえるのだぞ? しかしだな、変身魔法をかけられて魔力が落ちて使いづらくなっている上に、こちらの世界は魔法の素となる力が少なくてな、見せてやれぬのだ」
「むしろ使えなくて良かったけど」
ほいほいと強力な炎など出されたら、たまったものではない。その他にどんな魔法が使えるのかは知らないが、普通の人間にそんなのを目撃されたら大騒ぎだ。平穏を好む私としては、そんな騒ぎには巻き込まれたくない。
ラウルは不服そうに唇を尖らせながら、ぼそりと呟く。
「本来ならば、こんなファイアクラスの呪文でなく、ファイガくらいの呪文も簡単に使いこなせるのだが……」
「ちょっと待って?」
聞き覚えのある単語に、ちょっと口を挟む。
「なんだ?」
「今使った呪文の名前がファイアやらファイガっていうの?」
「いや。こちらの世界の住人にわかりやすいとおもったのだが? なんなら、メラとかメラゾーマでもいいのだか」
「なんであんたがこっちのゲームの呪文をしってるのよ!」
話がそれまくっている気がしたが、とりあえず思っていることを叫ぶ。だが、ラウルはきょとんと私を見つめるだけ。
「父上がこちらの世界、特に日本が好きでな。色んな文化を研究しておるのだ」
ゲームも文化なのかと疑問に思いつつ、一番理解できないのはラウルの父親だと思いながら、私はなんだか疲れ果てて机に突っ伏したのだった。
2013/04/10 12:29 改稿