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ペットな王子様  作者: 水無月
第十章:王子様と憧れの人
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第54話

「さてと、夕飯の支度しなきゃいけないからそろそろ降りて……って、ご飯はどうしようか?」

 ふと気づいて腕の中の黒猫に訊ねると、黒猫は不機嫌そうにみぃと鳴いた。おそらく、猫の姿で食べるわけがなかろうとでも言っているのだろう。いくら気づかれてはまずいと言っても、さすがにそれはかわいそうな気もする。食事の間だけなら、きっと問題ないはずだ。

「じゃあ、夕飯作ってる間はその姿で待ってて。食べる時だけ、戻してあげるから」

 黒猫は仕方ないのぅとでも言うようにみぃと鳴いて、私の腕から床へと軽やかに飛び降りた。いつもならこんな時はテレビの前で香箱座りでもして待っているはずの黒猫は、私の足元にまとわりつくようにキッチンまでついてきた。料理をしている間も、ちょこちょこと動く私についてうろうろとする。

 やっぱり不安なのかとも思ったが、黒猫ラウルのキリッとした表情を見る限りどうやら『いつ何が来てもオレが守る!』と思っているらしい。騎士きどりの子猫にほっこりと癒される。

「もうちょっとでできるからね」

 何を作っているのか見えないからか、ひくひくと鼻を動かして匂いを確認している黒猫にそう言ったところで、玄関のチャイムが鳴った。

 蓮が帰ってからまだ20分くらいしかたっていない。いくら急いでいたとはいえ、ジニアさんに連絡し、桜子の状況を確認してから戻って来るにはさすがに早すぎる。特に宅配が届く予定もないし、日が暮れてから来訪してくる人の心当たりもない。

 回覧板かな? と考えつつ、手を拭いてからエプロンをはずし、インターフォンに出る。

「はい」

『弟くんの調子はどう?』

 笑みを含んだその声に、私は一瞬息が止まる。

 いつもなら一番うれしい訪問客。どんな時間に来てくれてもかまわない、大好きな人。

 だが、桜子のこのタイミングの訪問と、『王子』ではなく『弟くん』と言ったことに不安が膨らむ。

「ちょっと待ってて」

 桜子が来たのに招き入れないのは不自然だ。動揺を精一杯隠しつつそう答えてインターフォンを切ると、足元にいた黒猫がじっと私を見上げていた。ラウルも嫌な予感がするのか、低く唸るようなに一声鳴いた。

「ラウルはリビングで待ってて」

 猫の姿なら気づかれないと言った蓮を信じてはいるが、あわせないに越したことはないだろう。黒猫は不機嫌そうに尻尾を左右にバタバタと振るが、一応納得したのか、私の方をちらちら振り返りつつリビングの隅の方へ向かっていった。

 ラウルが目立たぬところで丸くなったのを確認してから、私は玄関に行ってそのドアを開けた。

 どうか桜子ひとりでありますようにと願ったものの、おずおずと覗いた扉の向こうには意味ありげに微笑む桜子と、困ったような微笑を湛えた阿須田さんの姿があった。

「差し入れ持ってきたの」

「こんな時間に突然ごめんね、日向さん」

 何も知らずにいたら、私を喜ばせようとした桜子が阿須田さんを半ば強引に連れてきたように見えただろう。もしかしたら、蓮が知らないだけで桜子の家庭教師は本当にいて、ラウルの知るアスターと阿須田さんは別人かもしれないと思いたくなるほどに、二人の表情は自然なものだった。

「あ、いえ……」

 動揺を隠しきれなかったが、桜子は別の意味にとってくれたらしい。ニヤリと笑むと、私にそっと顔を寄せる。

「一人で弟さんの看病するんじゃ大変だねって葵の事心配してくれたから連れてきたの。たまには面倒見る側じゃなくて、大人の優しさに癒されるのもいいでしょ?」

「え、えと……」

 阿須田さんが魔法界と全く関係のない人だったならば、その気遣いは嬉しかったと思う。だが今は、裏に隠された真意がどこにあるのか、不安の方が募ってしまう。

 それを顔に出してはいけないと思っているのに、つい表情に現れたのだろう。玄関の中に入ってきた桜子とは違い扉の外に立ったままの阿須田さんが微苦笑を浮かべる。

「僕も年の離れた妹のような子が身近にいるから、日向さんが弟さんを心配する気持ちがわかるなって話を佐倉さんとしてたんだけど……友達でもない男がこんな時間に突然訪問なんてやっぱり困るよね。僕はここで失礼するから、これは佐倉さんと二人で食べて。あと、こっちは弟さんと、飼ってるっていう猫ちゃんに」

 そう言って、阿須田さんは二つの袋を差し出した。おずおずと受け取ると、一つの袋には美味しそうなお惣菜が数種類。もう一つには見たこともないフルーツ缶詰と高級キャットフード。どれもそこら辺のスーパーでお目にかかれないような高そうな品物だ。

「あ、ありがとうございます。で、でも、こんないい物……すみません」

「気にしないで。ご両親は離れて暮らしてて、一時帰宅してる弟さんと二人なんだって聞いたよ。僕にできること、差し入れくらいしか思いつかなかったけど、頑張りすぎて日向さんまで調子悪くならないように、無理しないでね」

 ふわりと笑む阿須田さんの優しい瞳を、私は吸い込まれそうなほどにじっと見つめた。

 これは、演技なのだろうか?

 これが、ラウルを危険にさらすかもしれない人に協力している人間の表情だろうか?

 偵察に来たのではなく、本当に私と弟を心配してきてくれた様にしか見えなくて、疑う自分と信じたい自分がせめぎ合い、返す言葉を失ってしまう。

 と、阿須田さんを見つめる私を、桜子が肘で小突く。

「何も言えなくなるくらい嬉しいんだったら、お茶くらい入れたら? 弟くんも、もう二階で寝てるんでしょ?」

 王子は隠れてるか猫の姿なんだろうからあがっても大丈夫でしょ? と目で語る桜子。普段の私なら自分からお茶でも飲んでいってくださいと勧めるので、桜子はただ私が阿須田さんにときめきすぎて動揺しているのだと思っているようだ。私の為を思っての行動。しかし、今は困る……。

「いいよ、佐倉さん。日向さんに気を使わせちゃったら、お見舞いにならないし」

 リアクションが取れずにいた私に、阿須田さんが優しくフォローを入れてくれる。そして、もう一度微笑むと「それじゃ」と言って扉を閉めようとしたが、ホッとしかけた私の前で、桜子がガシっと扉を掴んでそれを止める。

「まーまー、阿須田先生。葵の淹れた紅茶は絶品なので、ちょっとだけでも。ね、葵?」

「え……あ、はい。どうぞ」

 桜子の有無を言わさぬ笑みに、つい返事をしてしまう。しまったと思ったが時すでに遅し。桜子はさっさと靴を脱いで上がり、阿須田さんの分のスリッパまで用意して上がるように勧めている。

「本当にいいの?」

 おずおずと尋ねる阿須田さんに今更ダメですと言えるはずもなく、私は笑顔がひきつらないように気を付けながら二人をリビングに通すことになった。

「どうぞそちらにかけててください」

 二人にソファに座るようすすめ、私はお茶を淹れる準備の為にキッチンに向かいながら部屋の隅にいる黒猫に目をむけた。

 ラウルが阿須田さんを見て警戒していなければただの勘違いだったとホッとするのに。

 そう思ったが、黒猫の尻尾はぶわっと2倍以上に膨れ上がって警戒心MAX。やはり、阿須田さんがアスターで間違いないのだろう。

「こっちにおいで。向こうで美味しいごはんあげるから」

 何だか悲しくなりながら、あまりラウルを見せたくないのと、二人の目につくところにいるとうっかり名前を呼んでしまいそうなので黒猫を呼び寄せる。ラウルは阿須田さんを一睨みしてから、トトッと私のところまで駆け寄ると、抱っこしろと言う様に後足二本で立って私の足を前足でぺちぺちと叩いた。抱き上げると大人しく腕におさまったが、みゃーみゃーと何か訴えている。おそらく、やはりアスターだから気をつけろ、とでも言っているのだろう。落ち着かせるように背中を撫でてから、リビングから見えないところでラウルを床におろす。

「二人が帰るまでここにいてね。きっとそんなに長くならないと思うから」

「……みぃ」

 不機嫌そうに鳴いたラウルの頭を一撫でし、私はお湯を沸かしながらお茶の準備をはじめた。黒猫が私の足元をうろうろ歩き回る中、お客様用の綺麗な花柄の入ったカップとソーサー、ティーコジー、スティック砂糖とミルクの入った小さなかごを用意する。沸いたお湯をカップとポットに注いで温めてからそのお湯を捨て、ポットに茶葉を人数分入れてから、ティーポットに勢いよくお湯を注ぐ。ポットにティーコジーをかぶせ、カップなどと一緒にトレーに乗せると、ラウルをその場に残して二人のもとに戻った。

「お待たせしました」

 二人の前で茶葉をこしながらカップに紅茶を注ぎ、それぞれの前にカップを置いた。

「ありがとう。いい香りだね」

 阿須田さんは優雅な仕草でカップを持ち上げると、琥珀色の液体の香りをかぎ、形のよい唇にカップをつけ、こくりと一口飲んだ。そして、目を細める。

「うん、美味しい。佐倉さんの言うとおり、日向さんは紅茶を淹れるの上手だね」

「ありがとうございます」

 阿須田さんから零れ落ちた笑みに嘘がないような気がして、私は素直に嬉しくなる。

 つい緩んだ頬を見逃さず、そんな私を見て桜子はニヤリとしている。目が、ほら上がってもらってよかったでしょ? と言っている。

 たぶん、阿須田さんがラウルを狙っている人の部下だと知らなければ、きっともっと嬉しかったと思う。見た目だけじゃなく、阿須田さんから伝わってくる優しさが私をドキドキさせただろう。

 でも今は、いい人に思えるからこそ悲しくなる。胸が痛くなる……。

「猫ちゃん、機嫌悪そうだったけど大丈夫? 知らない人が来たから嫌だったのかな?」

 カップを置いた阿須田さんは、ラウルが姿を隠している方向に目をやりながら申し訳なさそうにそう言った。ラウルの事を口に出され、心臓が跳ねる。

「あの子猫、やきもちやきなんですよ。葵が連れてきた男には不機嫌そうに威嚇するんです」

 代わりに桜子が笑いを含んだ声で答えてくれ、私は少しほっとしながらそれに同意する。

「そうなんです、ごめんなさい。言ってもなおらなくて」

「そうなんだ」

 阿須田さんは短くそう答えてから、じっと私を見つめた。嘘がバレたのかと内心ドキドキしていると、阿須田さんがゆっくりと口を開く。

「日向さん、家に男の子連れてくるんだ」

「へ?」

「意外だな。そういうところ真面目そうなのに」

「えぇ!?」

 思ってもみなかったところを真顔でツッコまれ、盛大に動揺して顔が赤くなる。桜子が堪えきれないように、プッと吹き出した。

「先生がそこにひっかかるのも意外です」

「そうかな?」

「そうですよ。それに、先生が心配するようなことはしてませんよ、葵は。連れ込んでるのは人畜無害と評判の私の幼馴染の男くらいですから」

「いや、連れ込んでるって表現はどうかと思う!」

 言い返した私と桜子を順に見つめた阿須田さんは、少し考えてから苦笑いを浮かべた。

「ごめんごめん。つい別の子に重ねてちょっと考え過ぎたみたいだ」

「別の子って、妹みたいって言ってた子ですか?」

 桜子の問いに、阿須田さんは微笑で答えた。その優しい表情から、阿須田さんがその子のことを大切に思ってるのが伝わってくる。

「真面目そうな日向さんでもそうなら、あの子もいつかはそうなるのかなって、つい……」

 言いながら苦笑いを浮かべる阿須田さんを、桜子は楽しげに見つめる。

「先生って、実はシスコンですか?」

「え……うーん……」

「否定しないんですね」

 意地悪な笑みを浮かべる桜子に、阿須田さんは誤魔化すように紅茶を飲んでから、綺麗な眉を僅かに寄せた。

「大事なのは確かだけど、シスコン……」

「そんな真面目に悩まないで下さいよ」

 桜子はククッと笑い、それから私を見た。

「葵もブラコンですけど悩んでないですし」

「その話の振り方はどうなの!?」

 思わずツッコんだ私を見て、阿須田さんはふっと力が抜けたかのように微笑んだ。

「日向さんの弟さんは幾つなの?」

「十歳です。柾って言います。生意気ですけど、可愛いです」

 ラウルじゃないとアピールしたいと思っているからか、聞かれたこと以外まで話してしまう。阿須田さんは特に怪しんだり探ったりする様子も感じさせないまま、話を続ける。

「そっか。歳が離れてるとよけい可愛いよね」

 そこからは、弟妹が可愛い存在だと言うほのぼのトークが続いた。一人っ子の桜子はその話を黙って聞きながらスティックシュガーを手に取り、封を切ろうとして手が滑って床に落とした。隣に座る阿須田さんの足元に落ちたそれに、桜子より早く阿須田さんが屈んで手を伸ばす。

「すみません、先生」

「いや……」

 スティックシュガーを手に取ったはずの阿須田さんは、屈んだ姿勢で一瞬動きを止めた。

 目線が、テーブルの下で止まっている。

「……僕の方こそ、ごめんね、佐倉さん」

「え?」

 呟くような阿須田さんの声に桜子の戸惑った声が重なった瞬間、桜子の身体が突然蘇芳色の光に包まれ、その中で意識を失ったようにぐったりとしてしまった。その禍々しい色に悪寒が走り、私は声をあげることすらできなかった。


2013.12.23 14:00 改稿

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