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ペットな王子様  作者: 水無月
第十章:王子様と憧れの人
52/67

第52話

「ただいまー」

「あ、おかえり。ひまわり」

 買い物を済ませて家のリビングを覗くと、ペットボトルを手にした蓮がにこやかにこたえてくれた。しかし、その向かいに座っているラウルはふてくされた顔で何も言わないまま。

 私は苦笑しながら一度キッチンへ買い物した物を置きに行き、それからリビングへと戻る。そしてラウルの隣へ座って、その顔を覗き込んだ。

「ごめんね、ラウル。一人で遊びに行っちゃって」

「……別によい」

 言葉とは裏腹に、全然よろしくなさそうなラウル。唇を尖らせて、蓮が買ってくれたらしいペットボトルのジュースを手に取ると、ごくごくと飲み始める。遊びにいけなかった上に蓮に説教までされて、相当ご機嫌斜めのようだ。

 私は苦笑を浮かべてから、蓮に視線を移す。

「蓮、わざわざ飲み物買わなくても、うちの物飲んでよかったのに」

「いや、家主がいないのにさすがにそれは悪いだろ。勝手に家使わせてもらっただけでも申し訳ないのに」

「そんなに気を使わなくていいよ」

 不機嫌そうなラウルの頭を撫でながら蓮と会話をしていると、ラウルはちらりと私を見上げ、小さく息をつく。

「ヒナタアオイはずいぶんと楽しんできたようだな」

「え?」

「顔が緩んでおるぞ」

「えぇ!?」

 見破られた事に驚いて思わず両手で頬を挟むと、蓮がおかしそうにくくっと笑った。ラウルは不服そうに半眼で私を見つめている。そして、ふと何かに気付いたように私の服に顔を近づけた。

「な、何?」

「……いい香りがするな」

「ふへ?」

 何の匂いだろうと腕を鼻に近づけてみると、ほのかに香る阿須田さんと同じ心地よい香り。傍にいて香水か何かの香りが少し移ったのだろう。

「ひまわり?」

 思わず頬を朱に染めたからか、蓮もラウルも不思議そうな顔で私を見つめている。

「え、えっと、これは桜子の家庭教師さんと立ち話した時に……」

 移り香にドキドキしてしまい、動揺しながら口走った言い訳に蓮が眉をひそめた。

「姐さんの家庭教師?」

「え? うん」

 真面目な顔でその話題に喰い付いてきた蓮に、少々驚きながら頷く私。せいぜい、またいい男にふらふらしてるんじゃないとからかわれるくらいだと思ったのだが、そんな雰囲気ではない。

「今日、どこであったんだ?」

「え……、あのカフェの前でだけど……」

 柔らかかった蓮の表情が、私が言葉を発するたびにだんだんと硬くなる。それを、怪訝そうに見つめるラウルと私。

「その家庭教師の話、いつ聞いた? っていうか、家庭教師なんていつついてたんだ?」

「中学の時だって言ってたけど。私も最近はじめて知ったんだけどね」

 私の答えを聞き、口元に手を当てて真剣な表情で固まる蓮。

「どうしたのだ、レン?」

 不思議に思ったのか、しばらく黙ったままの蓮にラウルがそう尋ねると、蓮は我に返ったように俯き気味だった顔を上げ、困惑した面持ちで私達を見つめた。そして、ゆっくりと口を開く。

「桜子に家庭教師なんていない」

「え?」

「受験の時ですら、親の力は借りないって言って塾にすら行かなかったんだ。家庭教師なんてつけるはずない。それに、うちと桜子の親は仲いいけど、そんな話聞いた事ないしな」

 私よりもずっと付き合いの長い桜子と蓮。家の事情は二人の方がよく知っているし、その蓮が断言するなら間違いないのだろう。

「え、でも、桜子も阿須田さんもそう言って……」

 私も家庭教師がいたことを隠していた桜子も意外だと思ったりはしたが、わざわざ家庭教師だと嘘をつく意味もわからない。それに、桜子が嘘をついているようには見えなかった。

「……アスダ?」

 困惑する私の横で、首をかしげて名前を呟くラウル。何か考え込むように眉根を寄せる。

 そんなラウルをちらりと見た蓮は、再び私を真っ直ぐに見つめた。

「桜子がひまわりに嘘をつくとは思えない。でも、家庭教師はいないはずだ」

 自分の考えをまとめるかのように、ゆっくりと言葉を発する蓮。

 私は混乱しつつも頷きながら蓮の言葉を聞く。

「そうなると、桜子は嘘をついている自覚はないまま、事実と異なる話をしているわけだ。つまり、それが桜子にかけられた魔法の正体。そして、いるはずもない家庭教師が魔法をかけた張本人って事になる」

「!?」

 驚いて目を見開いた私を、蓮は真剣な面持ちで見つめている。

 阿須田さんが、ラウルたちと同じ世界の人……。

「魔法で桜子の記憶に自分を刷り込ませたんだろ。それで、ひまわりに近づいた。というより、ラウルが目当てだろうな」

 眉をひそめてため息をつく蓮を見つめながら、私はただただ困惑していた。

 阿須田さんが異世界の人なのは、まだいい。蓮だって違う世界の人なわけだし、私の知らない所で他にも出会ってる可能性はある。

 だけど、桜子にそんな魔法をかけてまで私に近づいてラウルを探す理由がわからなかった。優しい穏やかな雰囲気は嘘じゃないはずだ。

 でも、蓮の表情から察すると、きっといい意味ではない。

「……アスダ。この香り……アスター!?」

 ぶつぶつと呟いていたラウルが突然叫んだので、私と蓮は視線をラウルに移した。ラウルは謎が解けてすっきりしたような顔をしながら、隣にいる私を見上げている。

「ヒナタアオイ、その者、背が高くて穏やかな雰囲気の、常に良い香りがする、オレほどではないがやたらいい男ではなかったか?」

「え? あ、うん」

 オレほどではないと入れる辺りがラウルらしいと思いつつ、大方当たっているので頷く私に、ラウルは満足げな笑みを浮かべた。そんなラウルを、少し驚いたように見つめる蓮。

「なんだよラウル、心当たりでもいるのか?」

 ラウルは緑色の瞳を蓮に向け、不敵な笑みで口を開く。

「うむ。ヒナタアオイから僅かに香るこの匂い、それにその阿須田と言う名前。おそらく、宮廷魔道師の一人、アスターに違いない!」

「何、その無理矢理な日本名変換っ!」

 初めて聞く名字だとは思ったが、まさか横文字を無理矢理変えたのかと、思わず突っ込む。

 そんな私に緊張感が解けたのか、苦笑いを浮かべる蓮。しかし、ラウルはそんな事も気にせずに、話を続ける。

「アスターの後見人は、イベリスだ。オレを追ってもおかしくない」

「イベリスって……お前、それ笑い事じゃないぞ!?」

 その名前を聞いたとたん蓮がさっと青ざめたのを見て、もやのように不安が広がる。

「イベリスって、どんな人なの?」

「あっちの政治に詳しくない俺でも知ってる、ガチガチの保守派のトップ。つまり、王族の血筋を守るためなら手段を選ばない危険な連中だよ」

 吐き出すような蓮の言葉に、以前蓮に聞いた話を思い出す。ラウルの父親と母親の結婚を快く思っていない人間が多いと。イベリスとは、その急先鋒ということだろう。

 胸が締め付けられるような思いでラウルを見つめると、ラウルは寂しげに微笑んだ。

「危険とは言い切れんな。イベリスはイベリスなりに国の事を考えて、国のために動いておるだけだ。ただ、時に手段を選ばん強引さがあるがな」

「でも……ラウルにとっては危険な相手なんじゃないの?」

「かもしれんな」

 目を閉じて静かに答えるラウル。だが、再び目を開き私を見つめた緑色の瞳には、不敵で自信たっぷりな光が宿っていた。

「だがな、ヒナタアオイ。どんな相手だろうと、このオレが負けるわけがなかろう? だから、そんな顔をするでない」

 一見、いつものふてぶてしい程の強気な態度にも見えるラウル。だが、本当にそうなのだろうか……。

 ラウルの笑みに微笑み返そうとしたが、無理やり口角を上げただけの不自然な笑みにしかならなかった。蓮は呆れたように半眼でラウルを見ていたが、気を取り直し、口を開く。

「ラウル、アスターってどんな奴だ?」

「穏やかで優しいぞ。特に女子にはな。だから、サクラコやヒナタアオイを危険な目にあわせる事はないはずだ」

「それが本当ならいいけどな……」

 蓮がそう呟いた時、突然携帯の着信音がなり、私は思わずびくっと肩を揺らした。この音は、桜子から。誰からの着信から気付いたのか、蓮もラウルも携帯に手を伸ばす私を真剣な眼差しで見つめている。

「もしもし、桜子?」

 なるべく平静を装いながら、いつも通りに電話に出た。

 阿須田さんの正体がわかったものの、桜子はまだ家庭教師だと思い込んでいるわけで、きっとあの後私達がどうしたのか気になってかけてきただけだ。

 そう思って、桜子の反応を待つ。が……。

『あ、葵? 今また阿須田さんと偶然会ったんだけど、よかったら一緒に夕飯食べないかって。弟さんもご一緒にってさ』

 いつものように明るく、そして私をちょっとからかうような桜子の声。それなのに、鏡を見なくても自分が青ざめたのがよくわかった。

 桜子は今、ラウルを狙っているらしい阿須田さんと一緒にいる。そして、ラウルと共に来るように私を呼んでいる。

 膝の上で震えている手を、ラウルが安心させるように握ってくれる。その温もりで早鐘のように打たれていた心臓は、徐々にテンポを落としていった。

2013.5.6 21:26 改稿

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