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ペットな王子様  作者: 水無月
第九章:王子様と魔法とカフェ
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第51話

「なんだ、残念。帰っちゃったんだ、王子」

 バイトを終えた桜子に、ラウルは身内に呼び出されて先に家に戻ったと告げると、残念そうにそう呟いた。

「さっきの話でもゆっくりしようと思ってたのに」

「余計なことじゃなかった?」

 小さく息をついた桜子に、おずおずと尋ねる。ラウルはよかれと思ってやった事だが、実は迷惑だったりしたら申し訳ない。

「ん? ま、何もしてくれなくても大丈夫だったけど、ちょっとはすっきりしたし、面白かったから王子には感謝してるよ」

 先ほどの事を思い出してか、くすっと笑う桜子。

「あの男の気まずそうな顔もさる事ながら、店の中の女性の壊れっぷりが笑えたね」

「あー、確かに」

 店中の女性がうっとりとラウルを見つめていた様子は、冷静な人から見たらおかしな光景だったことだろう。

「だいたいさ、そんな歩いてるだけで見惚れるだけのいい男が店内にいたら、普通店に入ってきた時点で気付くはずだって、なんで思わないかね。突然トイレから現れる美青年って、明らかに怪しいのに」

「だよね」

「トイレから現れてトイレに去っていく美青年って、トイレに住む幽霊かって感じよね」

 呆れ顔でつっこむ桜子に私は思わず笑ってしまう。神妙な顔で頭を下げながら、心の中ではそんな事を考えていたのだろう。さすが桜子だとしみじみ思ってしまう。

「って立ち話してないでどっか行こうか、葵。どこ行く?」

「んー、どうしよっか?」

 そう言って、二人で顔を見合わせた時だった。

 カフェから漂うコーヒーの香りとは違う、心地よく優しい香りがふわりと鼻孔をくすぐる。どこかで嗅いだ事のある香りだと思った時、桜子の視線が私の背後に移った。

「やぁ、久しぶりだね」

 柔らかなテノールの声に反射的に振り返ると、そこには穏やかな笑顔を浮かべた阿須田さんが立っていた。

「阿須田先生、お久しぶりです」

「ど、どうも」

 爽やかに挨拶する桜子に対し、何故かどぎまぎしてしどろもどろになる私。阿須田さんは優しく目を細めて微笑を浮かべると、ほんのり頬が染まった私を見つめた。

「二人でデート中の所、声かけたらお邪魔だったかな?」

「え、いや、そんな……」

「いえいえ、全然。むしろ喜んでますよ、葵は」

「ちょっ……!?」

 笑顔の桜子に赤くなって抗議の視線を送るが、桜子からはからかうような視線がかえってくるだけ。絶対に私の阿須田さんに対する反応を楽しんでいるに違いない。

「それなら嬉しいな、日向さん」

「えっと……」

 笑みを浮かべて爽やかにそう言われて、ただ顔を赤らめるしかなかった。こんな時、どう返事をすればいいのかわからない。

「阿須田先生は、何してらっしゃったんですか?」

「僕? 服を買いに出かけてきたんだけど、気にいったものが見つからなくてね」

 残念そうに苦笑を浮かべる阿須田さん。顔立ちがいい人間はどんな表情をしても素敵なのだと思いながら、知らず知らずのうちにじっと見つめてしまう。

 と、横にいる桜子がふっと微笑んだのが視界の端に映った。

「あら。じゃあ、この後お暇ですか? よかったら、お茶でもどうです、葵と」

「ふへ?」

「いいの? 僕は嬉しいけど、本当にお邪魔じゃないかい?」

「いえ、私はこれからちょうど出かける所なんです。葵はまだ暇みたいだから、付き合ってあげてくれませんか?」

「!?」

 突然の展開に驚いておろおろしている私をよそに、爽やかな笑顔を浮かべた二人の間で勝手に話しが進んでいく。

 だいたい、この後時間が空いてるから遊ぼうと言ってきたのは桜子だ。それなのに、出かけるところだなんて……、と、物言いたげな視線をそっと送ってみたものの、桜子は口元に笑みを浮かべるだけ。どうやら、遊びに行くよりもその方が面白いと判断したのだろう。

「そうなんだ。じゃあ日向さん、この後一緒にどう?」

「え、あ、はい。喜んで」

 素敵な男性にうっとりする微笑みで誘われて、断れるはずもない。反射的に答えてしまった私に、隣の桜子が笑い出しそうになるのを堪えているのがわかった。

 いつもならふくれて一睨みするものの、阿須田さんの前では何故か借りてきた猫のようになってしまうらしく、そんな事も出来ずに大人しく阿須田さんに笑顔を向ける私。

 本当に、素敵な男性に弱い自分がちょっぴり情けない。

「それじゃ、失礼しますね。葵をよろしく」

 阿須田さんに向かってそう言うと、私の横を通り抜ける瞬間に私の耳元にそっと囁く桜子。

「どうぞごゆっくり楽しんできてね」

 そのまま何も言い返す間もなく桜子が去っていくと、必然的に私と阿須田さんの二人きりになる。妙に緊張してしまってどうしたらいいのかわからなくなっている私に、優しく微笑みかける阿須田さん。

「どこかいきたい場所はあるかな、日向さん」

「え、えと……私はどこでも……」

「じゃあ、どこかカフェにでも入る? あ、でも、今カフェにいたばかりかな?」

 ここがカフェの目の前である事に気付き尋ねた阿須田さんに、私は思わずふるふると首を振る。気を使わせてはいけないと、適当に誤魔化した私は、そこのカフェ以外の店に向かう事になった。



 テーブルの向かい側に座り、優雅な仕草でコーヒーを口に運ぶ阿須田さんをぼぅっと見つめながら、私は自分が年上の男性好きなのかもしれないと、ふと思った。

 今までも、大人っぽくてリードしてくれそうな人を好きになっていた気がする。柳くんだって、あの時までは優しくて頼れる、自分よりも大人な雰囲気の人だと思っていた。

 阿須田さんは顔もスタイルも確かに素敵だが、それ以上にその落ち着きのある柔らかな物腰が良いのだ。大人の姿をしたラウルも確かにかっこよかったが、やっぱり本物の大人の男性に比べると、その身にまとう雰囲気が違う。

「日向さんのその髪飾り、ひょっとして手作り?」

「え?」

 突然の質問にきょとんとすると、コーヒーカップを置いた阿須田さんの長く綺麗な指が自身の前髪をさした。視線は、私の前髪を止めている、ラウルがくれたヘアピンに注がれている。

「誰かのプレゼント?」

「えっと……弟が誕生日に作ってくれたんです」

 ドキドキしながらほんの少し嘘をつくと、阿須田さんは優しく笑みを浮かべた。

「器用で優しい弟さんなんだね。どうやって作ったんだろう。ちょっと見せてもらってもいい?」

「はい」

 笑顔で返事をしながら、ピンを外して阿須田さんに手渡す。阿須田さんは興味深げにそれを見つめる。

 阿須田さんの手の中にあるピンを見つめ、今頃蓮に怒られてしょげているかもしれないラウルを思い出した。桜子の為に青年の前に立ちはだかったラウル。それを、私に迷惑をかけるかもしれないと蓮に怒られて連れて帰られて……。

「どうしたの?」

「え?」

「急に暗い表情になったから……。ひょっとして、大事なもの触られて不快だった?」

「あ、いえ、そんなんじゃないです!」

 心配そうに見つめる阿須田さんに慌てて笑顔を浮かべつつ、憧れの人に会えてふわふわしていた心が落ち着きを取り戻したことに気付いた。

 私だけ美青年と二人でうっとりしている場合じゃない。桜子と一緒ならともかく、こんなデートまがいの事をしていたら、一緒に遊びに行くはずだったラウルに申し訳ない。

「あの……弟が一人で留守番してるので、そろそろ帰ってあげたほうがいいかなって」

 もじもじしながらそう言うと、阿須田さんは私にピンを返し、ふわりと優しい笑みを浮かべる。

「そっか。それじゃ、帰ってあげたほうがいいね」

「すみません」

「いや、謝らないで。日向さんと話せて楽しかったし、それに、弟さんを大切にする優しい日向さんの事、素敵だと思うしね」

 下手したら気障に聞こえるセリフも、すごく自然に見えるほどの爽やかな笑みでそう言ってくれる阿須田さんに、私は顔を赤らめた。

 絶対に女性に持てるはずの阿須田さんが、なんでこんなごく普通の高校生の私を構ってくれるのか、すごく不思議になる。柳くんのように女の子を手玉に取るような人には思えないが、元教え子のただの友達に対しては優しすぎだ。

 優しい人だから、社交辞令の延長? それとも……。

 そんな事を考えている間に、いつの間にか店の外に出ていたらしい。

 冷たい風に吹かれて我に返った私を、阿須田さんがセピア色の瞳で見つめている。

「もう少し時間が空いてるから、送っていこうか、日向さん」

「えっ……」

 もう少し一緒にいられると思って素直に嬉しいと思ってしまったが、家では蓮も待っているとふと思い出す。万が一出てきたところでばったり会ってしまったら、同じ年頃の男の子が家にいたら誤解されるかもしれないし、蓮にもまた外見で男を選ぶなとちくりと言われそうな気がしなくもない。

「でも、申し訳ないので、一人で大丈夫です」

「気を使わなくていいよ?」

「いえ! ほんとに大丈夫ですから!!」

 思わず力いっぱい断った私に、困ったような笑みを浮かべる阿須田さん。しかし、それ以上しつこく言わない所がさすがだと思う。

「それじゃ、またね。また会えるの楽しみにしてるよ。今日はありがとう」

 爽やかな笑みにつられるように、私も笑顔を浮かべる。

「私の方こそ、ありがとうございました! それでは、また」

 そう言ってぺこっと頭を下げ、見送ってくれる阿須田さんに手を振りながら小走りで家路へ向かう。そして、ラウルに何かお土産を買っていってあげようと思いながら、ある事にふと気付いて、がくっと転びそうになった。

 二人きりで結構話していたのに、また連絡先を聞いていない。

 やっぱりたまたま会ってしまったから社交辞令の延長で付き合ってくれたのかもしれないと少々落ち込みつつ、私はラウルの好きな食事の材料を買ってから家へと戻ったのだった。

2013.5.6 20:32 改稿

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