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ペットな王子様  作者: 水無月
第一章:黒猫と王子様
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第5話

 ラウルの話を聞き終え、私はその内容を理解しようと頭の中でラウルの言葉を反芻しながらミルクティーを口に含んだ。

 そろそろ、現実的じゃない話も信用するしかないらしい。

「じゃ、ラウルは違う世界から来たって言うのね」

「そう何度も言っているであろう。わが国があるのはこちらと似て非なる世界。ここは科学という力が発達し、我が世界は魔法が力となっている。それ以外はたいしてかわらん」

 先ほど聞いた事を、ラウルは確認させるかのように繰り返す。

「まぁ、科学の力では世界を行き来できないのだから、魔法の方が優れておるがな」

 ふふんっと自慢げな笑みを浮かべるラウル。

 生意気な笑みにもかかわらず、それがラウルに似合っていて可愛いと思ってしまう自分がちょっと悔しい。

「どっちが優れているかは置いといて。それで、ラウルはお父さんに卒業試験の為に魔法をかけられてこっちの世界に来たわけね?」

 話しを元に戻すと、ラウルは不貞腐れたように唇を尖らせた。

「オレをかよわき動物に変身する魔法をかけるとは、父上は何を考えておられるのか……」

「ほんと、傍迷惑な魔法をかけるなんて何を考えてるんだか……」

 ラウルの通う、身分の高い子供の為の学校。そこの卒業試験は、保護者が自由に課題を決めるそうだ。簡単すぎれば身内に甘いと恥をかくし、難し過ぎればなかなか卒業できない。

 そこで、ラウルの父親が課題として彼にかけた魔法は、次のようなものだった。


・黒猫ラウルの額に最初にキスをした異性が、魔法を解ける唯一の相手

・黒猫ラウルの額にキスをすると人間に戻るが、数時間から半日ほどで猫に戻る

・二人の間に真実の愛が芽生えるまでは、人の姿でキスをすると猫に戻る

・二人が真実の愛に目覚めると、魔法は解けて猫にならなくなる


 つまり、ラウルにかけられた魔法を解ける相手は私。私と真実の愛に目覚めて魔法を解く事が課題となる。

 ――意味がわからない。

「この課題で、恥をかかないわけ?」

「動物に変化する魔法は、過去に例のない高度な魔法だぞ」

「いや、魔法のすごさは置いといて、魔法を解く方法が課題としてどうなのって話」

 頭を抱えたい気分の私を、ラウルはきょとんと見つめる。

「かよわき動物になるのは納得いかぬが、真実の愛を見つけることのどこに恥じる必要がある。本当の愛を知らぬ者は、国民を愛しむ政治はできぬ。真実の愛を知ることは、王に必要なことだぞ。課題として問題なかろう?」

「いや、えーと……」

 ラウルの意見はもっともだ。その歳で、よくそんな事が言えるとちょっぴり感心すらしている。

 だが、私が言いたいのは、そういうことではない。

 『真実の愛』は、子供の学校の卒業試験の課題で見つけるものか? ということだ。

 いや、大人であっても課題で見つけるものではない。ましてや、子猫の姿で異世界に放り出し、そこで拾ってくれた相手に限定して芽生えさせなきゃいけないものじゃない。

 そもそも、子供の卒業試験に異世界の関係のない人間を巻き込まないでほしい。しかも、キスしなければいけない課題に他人を巻き込むなど、言語道断では無かろうか。

 しかし、これは課題をだした人間のせいであって、ラウルのせいではない。

「――でも、よく考えると、ラウルの魔法が解けなくても私には何の問題もないのよね」

「な、何を言うか!?」

 私の呟きに、慌てるラウル。痛いところをつかれたらしい。

「だって、ラウルが卒業できなくても、一生猫のままでも、私は困らないし?」

「な、なんと冷たい事を言うのだ、ヒナタアオイ!」

 先ほどまで余裕綽々でミルクティーを飲んでいたラウルは、ティーカップを叩きつけるように置くと、必死の眼差しで私を見つめた。

「おぬし、わかっておるのか!? 猫の身である事がいかに辛い事か!!」

「そう? のんびりしてていいじゃない。自由気ままでさ」

「まったくわかっておらーん!」

 きゅっと唇を噛みしめ、うっすら涙目になるラウル。何かを思い出したのか、フルフル震えている。

「おぬしにわかるか? 最初にキスされた相手を愛さねばならぬというのに、こっちは無力な子猫の姿で過ごした時を! 猫になっても隠しきれぬこの愛らしさで、猫のオレを連れていこうとする女性の多い事! 捕まったら、そこで終わりなのだぞ!? たとえ相手がしわくちゃの老女だろうと、お腹がタプタプしたご婦人であろうと、鼻水たらしたお子様であろうと、キスされたら愛さねばならぬのだぞ! たいした抵抗の出来ぬ哀れな姿での、恐怖の時間! わかるか、ヒナタアオイ!」

 一瞬、黒猫ラウルが色んな女性から必死に逃げまどう姿が頭をよぎる。私が見つけた時に震えているように見えたのは、雨の寒さだけではなく、それまでの間の恐怖もあったということか。

「そして、猫の姿というだけで、人よりも下に見られるあの屈辱……。それをずっと続けろと言うのか!」

 うっすら涙目になっているあまりに必死なラウルの姿に、つい苦笑を浮かべる。

「さすがに一国の王子様がずっと猫の姿なわけないでしょ。ダメだったら、そのうちお父さんが魔法を解いてくれて、別の課題にしてくれるんじゃない?」

 私の発言に、ラウルはじとっと半目になる。

「それはオレのプライドが許さん」

「は?」

「どんな試練だろうと、与えられたものは全て乗り越える。それが男であろう!」

 力強い眼差しでそう言われると、そんなアホな課題をやめてもらうよう、父親にお願いしてもらうのは無理そうだった。猫の姿になるのは大いに不満でも、課題をクリアする意欲は満々らしい。

 すなわち、私と真実の愛を芽生えさせるつもりだという事……。

 私はふと浮かんだ疑問を口にした。

「どうして私にしたの?」

 あの時、黒猫ラウルは逃げようとしなかった。弱っていたとはいえ、抵抗しなかった。

 私の疑問に、ラウルは視線をそらす。

「見た目が合格点だったからな」

 ぼそっと答えるが、それだけではないらしい。「嘘をついています」と泳いだ目が語っている辺り、素直なお子様だ。だいたい、私くらいの見た目なんていくらだっている。

「それだけ?」

 疑わしい眼差しを向ける私に、ラウルは少し悩み、そしてゆっくりと口を開く。

「……お前が、一人だというからだ。寂しそうな声のくせに、オレの心配などするからだ。放っておけぬだろうが! 男として!」

 ラウルの意外な答えにきょとんとしてしまう。起きた後の態度では、とてもそんな事とは想像できない。

「だから、お前で妥協してやったのだ。なのにお前という奴は、起きてみたら豹変しおって!」

「いや、そこはお互い様だから」

 そう言いながらも、ラウルの男としての信念に顔がほころぶ。まさか、あんな弱った子猫に放っておけないと思われていたなんて、想像もしなかった。

「私だって、可愛い子猫を拾ったと思ったのよ?」

「可愛いではないか、十分!」

 見た目はね、と言いそうになりつつ、ムキになる姿がなんだか可愛く見えて、思わず笑ってしまう。

「何を笑うかっ!」

 ささくれ立っていた心が、ラウルの意外な優しさに落ち着きを取り戻す。

 ファンタジーさえ受け入れてみれば、弟と変わらないただの生意気な少年だ。優しさを素直に出すには、恥ずかしい年頃なのかもしれない。

 ぷぅっとふくれたままのラウルをながめつつ、少し冷静になって再びこの事態を考える。

 わがままだが、優しい王子様の命運を握ってしまった私。

 さて、どうしたものか……。



2013/04/10 12:18 改稿 

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