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ペットな王子様  作者: 水無月
第八章:王子様のいない日々とハプニング
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第46話

 人目を憚らず元の姿に戻ろうと暴れる黒猫ラウルをギュッと抱きしめながら、私は急いで家へと戻った。そして、玄関の扉を閉めてラウルを廊下に放したとたん、靴を脱ごうと身をかがめた私の唇に向かって黒猫が勢いよく頭突きをする。

「うぶっ!?」

「遅いではないか、ヒナタアオイ! オレがいなくて寂しがっているだろうと、せっかく早く戻ってきてやったというのに!!」

 唇を押さえて痛がる私をよそに、不服そうに抗議するラウル。帰路暴れっぱなしだったからか、怒っているからか、赤く染まった頬をぷうっと膨らませている。

「人の姿で戻ったから学校が終わるまでここで大人しく待っていたというのに、遅いから猫の姿になってしまったではないか! その上、迎えにいったらレンとあんな美味そうな物を食べておるとは!! しかも、オレには食べさせずに強引に連れて帰るとは、久しぶりに会ったというのに酷いではないか、ヒナタアオイ!!」

 一気にまくし立てるラウル。ケーキ好きのラウルは、ちゃんとテーブルの上に置かれたガトーショコラも見逃さなかったらしい。帰りが遅かった事と、ケーキが食べられなかった事と、どっちの方が不満なのか微妙な所だ。

 だが、そんな事よりも、私の帰りを待ちわびて迎えに来てくれたのは嬉しかった。

「ごめんね、ラウル。それから、おかえりなさい」

 にっこりと笑みを浮かべてそう言うと、まだ文句を言おうとしていたラウルはぴたりと止まり、照れを誤魔化すように視線をそらし、小さく頷いた。

「うむ。帰ってきてやったぞ」

 そして、靴を脱いでラウルの前に立った私の袖を、小さな手がそっと掴む。私の表情を伺うように、ちらりと上目遣いで見上げるラウル。

「戻って来て、嬉しいか?」

 口調はぶっきらぼうだが、大きな瞳にほんの少し不安そうな色を浮かべて尋ねるラウルを見て、寂しくなかった振りをしようと思っていた私の計画はガラガラと崩れ落ちた。久しぶりに会ったせいもあるのか、物凄く可愛く見えたのだ。

「うん。いない間寂しかったもん。嬉しいに決まってるじゃない」

 思わずむぎゅっと抱きしめる。ラウルの髪から漂う上品な香りが心地いい。

 一拍置いて、ラウルも私の背中にそっと腕を回してくれる。

「……しかたないのぅ、ヒナタアオイは」

 腕の中で表情は見えないが、ふふんと勝ち誇った笑みを浮かべていそうなラウル。

 だが、声に嬉しさがにじみ出ている。きっと、迎えに来てくれるくらい、ラウルも会いたいと思ってくれていたのだろう。

 たかが一週間。されど一週間。

 ずっと傍にいた人と突然離れると言う事がどれだけ寂しい事か、改めて実感させられた。

 家族と離れた時とは、また違う心の隙間。ぽっかりと開いた穴が、腕の中にある温もりで満たされていくようだった。

「よし、今日はご馳走にしよう! 今から買い物に行かなきゃだけど……ジニアさんも食べるかな?」

 ラウルを抱きしめていた腕を放してそう言うと、ラウルはふっと口元に笑みを浮かべる。

「あやつはおらん」

「え? 何で?」

 疑問を投げ返した私に、ラウルは不敵な笑みを向けた。

「もともと、ジニアは父の側近で、あちらでの仕事もたまってきた所でな。こちらの生活に危険もなく、オレの生活態度にも問題がないと言うことで、監視はやめさせたのだ!」

「生活態度はどうだかね」

 晴れて自由を勝ち取ったラウルに笑顔で突っ込むが、テンションの高いラウルには聞こえなかったらしい。ふふふっと一人で楽しそうに笑んでいる。

「ま、私もジニアさんがいないほうが正直ホッとするけど」

 失礼だとは思いつつ、本音が零れ落ちる。

 自分は見えない、感じないのに、そんな自分を見ている人がいるのは落ち着かない。しかも、本気か冗談かわからないようなセクハラめいた事をする人物。本当にラウルの護衛がいなくなったのなら、少し気が楽だ。

「そうであろう? 父上を説得してきたオレに感謝するのだな」

「そうね」

 そこはラウルに感謝する場所じゃないのではと心の中で突っ込みつつ、楽しそうなラウルに相槌をうつ。

 だが、少々疑問ではあった。

 あのジニアさんと、噂のラウルの父親が、ラウルの言うことを素直に聞くものか。最初からいるかどうかわからない人が、本当にいないかどうか確かめる術もない。

 しかし、どう疑った所で真偽の程はわかりそうにもないので、ラウルの言うことを信じていた方が気分的にはよさそうだ。

「じゃ、買い物行こうか?」

「オレも行ってよいのか?」

 最近ずっと外出を控えていたラウルは、ちょっと嬉しそうに尋ねる。もう外は飽きたといっていたが、ジニアさんの手前、建前を言っただけだったのかもしれない。

「いいよ。家で待ってたかったらそれでもいいけど」

「いや、行くぞ!」

 即答で答えるラウル。一人で行かせないといったように、私の手をがっしりと握っている。

 もしかしたら、一日家で待っていたから、もう一人で待つのは寂しいだけかもしれない。

 どっちにしても、目を輝かせてまるで尻尾でも振っていそうなラウルがなんだか可愛かった。

「じゃ、弟の服に着替えてきて。それから出かけよ。今日はラウルの好きなもの買ってあげるよ」

「なぬ! 本当か!!」

 ラウルはぱぁっと顔を輝かせると、勢いよく階段を駆け上がっていった。ばたんと二階のドアが乱暴に閉められる音。一人で寂しかったこの家も、たった一人増えただけでずいぶんと賑やかで楽しくなる。

「優雅な暮らししてそうな王子様なのに、こんなんで喜ぶもんなぁ」

 クスクス笑いながらそう呟いて、私も二階の自分の部屋に向かった。隣の部屋でばたばたと音を立てながら服を探して着替えるラウルの姿を思い浮かべて笑みを浮かべながら着替えた後、私たちは、二人仲良く近所のスーパーに買い物へ行ったのだった。

2013/04/24 15:42

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