第44話
晴れて気持ちの良い日が続き、特に問題もなくそれなりに楽しい日々。
それなのに、何故か一日一日が長く感じるのは、やっぱり大切な何かが欠けているからだろうか。
我知らずため息をついたとき、頭の上にふわりと手が置かれた。
「なーにたそがれてんの」
座ったまま視線を上げれば、既に帰り支度を終えた桜子の姿。柔らかに目を細めて私を見つめている。
「そろそろ王子も帰ってくるだろうから、元気出したら?」
「いや別にそういうわけではなくっ!!」
むきになって否定する私を、楽しそうに眺める桜子。くすっと笑うと、からかう様な眼差しで口を開く。
「そんな寂しそうな顔してると、帰ってきた王子が調子に乗るよ? 『そうか、オレがいなくてそんなに寂しかったのか』ってね」
「うわっ、物凄く言いそう」
妙に似ていた桜子の物まねに、ラウルの勝ち誇ったような笑みがありありと脳裏に浮かぶ。強気で優美なラウルの笑顔は嫌いではないものの、この状況で自分に向けられるのはちょっと悔しい気もする。
「よし! 帰ったら掃除して、ちょっと高級な紅茶を優雅に飲みながら、読書でもして待ち構える。一人暮らし満喫してましたと言わんばかりに!」
「ま、頑張りな。もし帰ってこなくて寂しかったら、明日明後日はちょっとは空いてる時間もあるし、付き合ってあげるよ」
強がる私をなだめるようにもう一度私の髪を撫でると、その手を軽く上げる桜子。
「じゃ、今日はバイトがあるから先に失礼するね」
「あ、頑張って!」
上げた手を振って教室を出ていく桜子の後姿を見つめていると、ちょうど入れ替わるように蓮が入ってくるのが見えた。
連れ立って来た他の男子にニヤニヤしながら小突かれ、少し顔を赤らめた蓮は半眼で睨み返している。それを見ていた私に気付くと、他の男子はそのまま立ち去り、蓮は私に笑顔を向けて歩み寄ってきた。
「おっす、ひまわり。今日、放課後は暇?」
「うん、桜子もバイト行っちゃったし、暇だよ」
「よし」
蓮は満足げに笑うと、私の前の席の椅子に後ろ向きに座り、私の机に手を置いた。そして、少し真面目な表情を浮かべる。
「ちょっとさ、付き合ってもらいたい所があるんだけど」
「別にいいけど……どこ?」
「桜子姐さんの新しいバイト先」
意外な答えに目を瞬いていると、蓮は唇の端を少しあげた。
「知ってる? どこで働いてるか?」
私の反応を楽しむかのような蓮。
私は正直に首を振った。桜子に尋ねたものの、今回はどこで何のバイトをしているか教えてくれなかったのだ。
「じゃ、ぜひとも見学に行ってみよー!」
「え? いいけど、だからどこ?」
「行ってからのお楽しみって事で」
ニッと悪戯な笑みを浮かべた蓮は、がたんと椅子から立ち上がるとバッグを肩に担ぐ。
「ちょっとどっか寄ってから行った方がいいと思うけど、ひまわり行きたいところある?」
「んー、本屋かな」
「じゃ、そっち先に行こうぜ」
教えたくないバイト先に行くのは申し訳ないかなと心の中で桜子に謝りながら、私は蓮と一緒に学校を出たのだった。
「……いらっしゃいませ」
貼り付けたような笑顔で私達の前に水の入ったグラスを置く桜子からは、着ている制服には似合わず、威圧するようなオーラが漂っていた。しかし、客と店員というちょっとばかり強気に出れる立場にいるからか、蓮は恐れることなく楽しげな笑みを桜子に向けている。
「いらっしゃいました」
「……呼んでない」
営業スマイルを浮かべたまま、周りに聞こえないように小さな、でも怒気を含んだ声を蓮に投げつける桜子。蓮は面白くてしょうがないといった表情だ。
「可愛いじゃん、桜子」
「ありがとうございます、お客様」
率直な感想を述べる私には、にこやかな笑み。しかし、少々照れているようだ。
桜子の新しいバイト先は、可愛らしいカフェだった。ウェイトレスの制服は、裾にレースのついた短めの黒のプリーツスカートに、同じくレースの施された黒のシャツ。そして、フリルがついた白いエプロン。頭には赤い花をモチーフにしたコサージュが飾られている。
すらりとした桜子にはミニスカートも似合うし、黒の服も似合う。ただ、確かにフリルのついた可愛らしいエプロンは苦手そうだ。
「ごゆっくりどうぞ」
私には柔らかな笑みを浮かべ、その後一瞬蓮を鋭く睨み、メニューを置いた桜子は仕事へと戻っていった。蓮はメニューを私の方に向けて開きながら、反応を楽しむように見つめる。
「制服が可愛すぎて教えるの嫌だったのかな?」
「だろうな。でも、どうやら時給はだいぶいいみたいだから妥協したんだろ」
てきぱきと仕事をしている桜子に視線を移しながら答える蓮。
「見た目には似合ってるけどな」
「中身にもあってると思うけど?」
「そこはノーコメントで」
私の言葉にくすっと笑って答えながら、蓮はメニューに視線を落とした。私はそんな蓮をじっと見つめた。
なんとなく、腑に落ちないところがある。
女の子連れじゃなければ入らなさそうなこのカフェで働く桜子をどうして見つけられたのか、何故わざわざ今日私を連れてきたのか……。
いつもの逆襲に桜子をからかいに来ただけではないだろう。蓮は相手が本気で嫌がる事を面白半分でやるような人間ではないと知っている。
だから、悪いと思いつつついてきたのだ。
「ねぇ、蓮?」
「注文終わって品物がきたらゆっくり話すよ」
メニューに視線を落としたまま、私の心を読んだかのように答える蓮。私はちょっと驚きつつ、慌てて注文の品を決めたのだった。
2013.4.22 22:43 改稿