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ペットな王子様  作者: 水無月
第八章:王子様のいない日々とハプニング
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第43話

 もう肌寒い季節だが、天気がいいので屋上で昼食をとることにした昼休み。私と桜子は、二人でお弁当を広げていた。

 ほとんど毎日話しているにもかかわらず尽きる事のないおしゃべりに花を咲かせていると、重い足取りで階段を上がってくる音が耳に入った。桜子の口元に、楽しげな笑みが浮かぶ。

 本来は立ち入り禁止の上に、この寒い季節が重なり、屋上に人が来るのは珍しい。だからあの足跡は、今朝、脅迫的な笑みと共に桜子に屋上に呼び出された蓮に間違いないだろう。

 ゆっくりとドアノブが動くと、ぎぃっと軋んだ音と共に扉が開かれた。

 顔を覗かせたのは、やっぱり蓮。照れたような困ったような笑みを浮かべて現れた蓮は、今朝よりは落ち着いたようだ。

「おっす」

 購買で買ったらしいパンの入った袋を片手に軽く挨拶すると、すたすたと近寄ってくる。

「いらっしゃい。蓮」

「ごめんね、先に食べてて」

「え、あ、いやいや……」

 桜子に続き声をかけた私に、気にするなというように手を振った蓮だが、落ち着いたように見えたのは表面上だけだったようだ。

 何もない場所で、自分の右足に自分の左足を引っ掛け、ぐらっとバランスを崩す。倒れ込む先には、私よりも入り口よりに座っている桜子。だが、はっと息を飲んだ私や、驚いた表情の蓮とは対照的に、桜子は表情を変えることなく片腕で倒れてきた蓮を抱きとめる。その姿は、さながらお姫様を助けた王子様のように鮮やかだった。

 よほど驚いたのか座ったままの桜子に抱きつくような格好で固まっている蓮を、呆れたように見つめる桜子。

「ずいぶんと器用な転び方するねぇ、蓮」

「……桜子姐さん、近ごろ変わった事ない?」

「は?」

 自分の軽い嫌味に、身動きせずにぽつりと呟くように返した蓮の言葉に、桜子は眉をひそめた。

 私も脈絡のない問いに小首を傾げる。変わった事も何も、蓮が一番おかしい。

 桜子は一拍間をおいて再び呆れたような表情に変わると、笑いを含んだ声で答える。

「変わった事といえば、今抱きついてる男の様子だけど?」

「!?」

 桜子の口撃に我に返った蓮は、慌ててその身を離すと飛ぶように後に後退った。そして、そのまま土下座スタイルをとる。

「申し訳ございません、姐さん」

 手を突いて深々と頭を下げる蓮を面白そうに見つめる桜子。蓮は冷や汗をだらだらとかいている。

「へぇ……。ひょっとして昨日、葵にも同じような事したわけ?」

「ふへ!?」

 慌てた所に、突然確信をつかれてさらに動揺する蓮。隠し事は出来ないタイプだ。

「葵には照れて、私は冷や汗かいて土下座ねぇ……」

「いや、そのですね……」

 意味ありげな桜子の視線に、同じく蓮も意味ありげな視線を返す。目と目で、私にはわからない会話をしているようだった。

「でも、こけて抱きついただけにしてはおかしすぎるか」

「えーと……」

 蓮の微妙な表情の変化でその心境を読み取り、じわじわと攻めようとしている桜子。さすが幼馴染といったところか、それとも蓮が嘘がつけなさ過ぎなのか、見事に術中にはまっていっている。

 昨日の事を思い出してかカァッと赤くなる蓮と、苦笑を浮かべている私を見比べた桜子は、答えを見つけたように満足げな笑みを浮かべた。

「どうだった、蓮?」

「へ? 何が?」

「ファーストキス」

 にこやかな笑みでの爆弾投下に、蓮は見事に床に突っ伏した。

 今まで私と一緒にいても蓮のことに触れなかったのに、あっさりと言い当てる桜子に感心しつつ、私は別の事に驚きを覚える。

「蓮、初めてだったの!?」

「間違いなく」

 まだ倒れたままの蓮に変わり、断言する桜子。驚いた私を、楽しげに見つめている。

 しかし、私は申し訳なさでいっぱいになっていた。

 お弁当を膝から下ろし、蓮のそばまでいってしゃがみこむ。

「だったら、昨日の事はきれいさっぱり忘れた方がいいよ! あんなのが初めてじゃ嫌でしょ? ただ単に事故みたいなもので唇がぶつかっただけだし、なかった事にしよ?」

 励ますように声をかけたものの、むしろさらにぐったりしたような蓮。

 私は元気付けるべく、他の案を探す。

「じゃあ、犬とか猫とかとしたようなもんって思うとか! ね? 私もそう思うことにするからさ。とにかく、あれはファーストキスなんかじゃないって事で、元気だそ?」

「あら、いい案じゃない? 葵じゃなくて、いつも学校にくる子猫ちゃんとしたと思っとけば」

 笑いを堪えすぎて涙目になっている桜子の言葉に、ぴくっと反応する蓮。ゆっくりと顔を上げると、恨めしげに桜子を睨んでいる。

 桜子はまだ知らないとはいえ、自分の甥っ子を持ち出されたのが不服だったのだろう。しかし、ラウルとの関係は秘密にしているので文句も言えず、不貞腐れたような表情で起き上がっただけだった。

 そんな蓮の横顔を、私はしゅんとしながら見つめた。

 そもそも、無理矢理蓮を引きとめた上に、転んだ私が悪いのだ。

「ごめんね、蓮」

「え? あ、いや、ひまわりは気にするなよ! 別に……いいから……全然」

 言いながらも、哀愁漂う表情になり、だんだんとどこか遠くを見つめるような瞳になる蓮。

 いきなりあんな形ではじめてのキスをしてしまって最初は動揺したものの、やっぱりちょっとショックなのだろう。

「お互い忘れよ。ね? 事故なわけだし」

「……そうだな」

 力なく頷いた蓮は、そのまま再びぱたりと倒れこむ。

 私はぐったりとした蓮をしばし見つめ、そして助けを求めるように桜子に視線を向けた。

「どうしよう……重症みたい」

「無自覚な爆撃は破壊力すごいからねー」

「へ?」

「ま、気にしない気にしない。蓮は打たれ強いから」

 桜子の意味不明な言葉に首を傾げた私の頭を、ぽんぽんっと優しく撫でる桜子。それから、厳しい視線を蓮に向ける。

「これ以上葵に気をもませる気?」

「……とんでもございません」

 ふぅっと深く息を吐くと勢いよく起き上がり、蓮は気合を入れるように自分の頬をぱぁんと叩いた。そして、いつもの元気な笑みを浮かべる。

「じゃ、ひまわり。何もなかったって事でお互い気にしないということで!」

「うん」

 元気を取り戻したらしい蓮に笑顔で答える。

 すると、隣で桜子が優しげな笑みを浮かべた。

「……健気だねぇ」

「え?」

「いや、なんでもない。さ、ご飯食べよ」

 よく聞こえなくてきき返した私に誤魔化すような笑みを向けると、再び箸を手に取る桜子。

 こんな時は答えが返ってこないのを知っているので、しかたなく私も座りなおし、蓮も一緒に加わって三人で昼食をとり始めたのだった。

2013.4.22 22:36 改稿

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