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ペットな王子様  作者: 水無月
第八章:王子様のいない日々とハプニング
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第42話

 蓮から貰ったヌイグルミは、気持ちいい肌触りや良い香りのおかげだけでなく、まるで魔法がかけられていたかのように私を心地の良い眠りの世界に誘ってくれた。そのおかげで、安心して朝までぐっすり眠れ、月曜の朝は爽やかな目覚めとなった。


 気持ちと同じように爽快に晴れ渡った空に自然と笑みを浮かべながら歩いていると、背後から少し早い足音が近づいてきた。聞きなれたその音に振り向くと、そこには髪を一つに結った桜子の姿。

「おはよ。朝から元気そうね」

 横に並ぶと私に合わせて歩調を緩めた桜子は、欠伸をかみ殺しながらそう言った。

 この間またバイトを増やしたと言っていたが、そのせいか桜子の方はちょっとお疲れ気味らしい。いつも凛とした雰囲気の桜子だが、今日は顔色が少し優れないようだ。

「おはよ、桜子。大丈夫? バイト大変なんじゃない?」

「そんな事ないよ。葵の子育てよりはましだと思うけど」

 心配そうに見上げた私に、口元に笑みを浮かべて答える桜子。

 私のことはすごく気遣ってくれるくせに、自分の弱みは見せようとしないから、時々不安になる。桜子が私にしてくれるように、些細な事からでも何かあったことに気づけるようにと気をつけているものの、桜子のガードはいつも上手をいく完璧さ。いつも自分一人で何とかしてしまうので、たまには私も頼って欲しいと少し寂しくなる時もある。

「おや? 王子と何かあった?」

 僅かに表情が曇った私を見て、自分を心配しているとは思わずにラウルの事だと思ったのだろう。心を見透かされそうな真っ直ぐな瞳で私をじっと見つめる桜子。

 自分の事よりも私の事というのが桜子らしい。

 あまり心配しすぎると余計ガードを固めてしまうのを知っているので、私はそのままその話にのった。

「何かあったというか、一週間ほど実家に里帰り?」

「へぇ。じゃ、寂しいわね」

 柔らかに細められた瞳にはからかうような色が浮かんでいる。

 疑問形ではなく断定された言い方にもかかわらず、桜子の言葉にすぐに反論できない自分に、私は無意識のうちに苦笑を浮かべていた。

 ラウルが現れてから、今までもいなくなったり離れて暮らす事になると思ったりした事があったが、その度にラウルがいない生活に感じる寂しさが増していっているのは事実だった。

 そんな事はないと言い聞かせてはいるものの、自分の心に嘘をつき続けるのは難しい。

 いつかは絶対に離れてしまうとわかっているのに、傍にいる事の方がどんどん当たり前になっていた。

「うん。ラウルがいつか国に帰ったら、ペットロスみたいになりそうかも……」

 反撃せずに力なく呟いた私の頭を、桜子はくしゃっと撫でる。見上げれば、包み込むように優しく温かな笑顔。

「自分の知らない世界だから遠く感じるだろうけど、今だって簡単に行き来してるんだし、たいした事じゃないわよ。海外に住んでるご両親とも、心は繋がってるでしょ。大切なのは心の距離。だから心配しなさんな」

 桜子に笑顔でさらりと言われると、本当にそんな気がしてくるから不思議だ。

 上辺だけじゃない、心からそう思っているからその気持ちが伝わるのだろう。

「どんなに仲がいい人間とも、時が変われば距離も変わる。でも、離れても変わらない物はある。葵は心を繋ぎとめられる何かを持ってるから大丈夫。私が保証する」

 力強い言葉に、私は自然と笑みが浮かんだ。

 それはラウルとの事だけじゃない、桜子と私の事も言ってくれているようだった。

 桜子とも数年後には今のように会えなくなるのはわかっている。バイトはその為にやっているから。

 それでも、ずっと友達だと言ってくれているようで嬉しかった。

「ありがと、桜子」

 微笑んだ私の頭をぽんっと優しく叩くと、桜子は再び悪戯な笑みを浮かべる。

「ま、葵が王女として向こうに行くのもありだけどね。そしたら招待してね。あっちの国、興味あるし」

「異世界に嫁げと!?」

「そう、いいじゃない。国際結婚の上を行く異世界結婚。最先端だよ?」

 思わず突っ込んだ私に、クスクス笑いながら答える桜子。

 どこまで本気かわからないから怖い。

 異世界結婚……。

 そんなおかしな造語を心の中で反芻し、ふと気づく。

 ラウルはともかく、蓮はこっちの国で暮しているわけだし、こっちの世界でずっと暮らす予定らしいので、いずれはこっちで結婚するだろう。ラウルと出会わなければ、私も蓮が異世界の人間だとは知らないままだっただろうし、もし万が一結婚などしたら、知らずのうちに異世界結婚ということになるのだろうか。

 そう考えれば、確かに異世界結婚もたいした事ではない気がする。

 蓮と結婚……。

 ただの連想で考えたその言葉に、ふと昨日の出来事を思い出す。

「何急に赤くなってるの?」

「ふぇ?」

「王子の未来の姿でも想像した?」

 間の抜けた返事をした私を、桜子はおかしそうに見つめていた。

「え。あ、ばれた?」

 赤くなった理由をいい具合に勘違いしてくれたようなので、私はえへっと頭をかいて話にのる。私としては昨日の出来事を桜子に話しても構わないのだが、なんとなく蓮は困るだろうと思ったのだ。やたら弱みを握られまくっているようなのに、これ以上苛められるネタを増やすのはちょっと可哀想な気がする。

 昨日の出来事は些細な事故なわけだし、私の心にそっと閉まっといてあげよう。

 そう思ったときだった。

 後ろから走ってきた自転車が桜子の脇を通り過ぎ、少し先で電柱に激突する。

 あまりの勢いのよさに周りにいた人々があっけにとられて注目する中、よろめきながらも平静を装うとしているのは、男の子にしては小柄な茶髪の青年。

 若干潰れた自転車の前カゴを気にする余裕もなく、張り付いたような硬い笑みを浮かべて振り向いたのは、今ちょうど考えていた蓮だった。

 その顔は電柱にぶつかって恥かしがっているというより、未だ昨日の事を引きずっているかのように耳まで赤く染まっている。昨夜は眠れなかったのか、目の下にはくっきりとしたクマ……。

 かなりの重症具合だ。

「やあ、おはよう! ひまわり! いい朝だね!!」

 不自然さたっぷりの爽やかな蓮の挨拶に、桜子の眉がぴくりと動く。そして浮かべたのは不敵な笑み。

 何かがあったとバレバレのようである。

「おはよ、蓮」

 これから受けるであろう桜子の攻撃に蓮の無事を祈りつつ、私は苦笑を浮かべて挨拶を返したのだった。


2013/04/21 15:35 改稿

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