第4話
「なかなかいけるではないか」
フレンチトーストを口いっぱいにほお張り、ミルクティーで流し込みながら、ラウルは満足そうな笑みを浮かべた。
着替えてくるなり何か食べさせろと横柄に命じられて少々むっとしたものの、この年頃の少年がお腹をすかせてまともに話をしてくれるとも思えず、仕方がないので適当に作ってあげたのだが、多少はお口に合ったようだ。
「はいはい。よかったねー」
「なんだ、その表情は。褒めてやってるというのに」
仏頂面で相槌をうった私に、いささか不満げな表情を浮かべつつも、ラウルは食べるのを止めようとはしなかった。よほどお腹が空いていたのだろう。あっという間に皿が空になっていく。
これだけ見事に食べてくれれば、ちょっとは気分がいい。
「ふぅ。やっと落ち着いたぞ」
満足そうに笑顔を浮かべるラウルは、見た目だけならかなり可愛いかった。
真ん中で分けたすこしクセのある美しい黒髪。大きなエメラルドの様な瞳に羨ましいほど長い睫毛。透き通る様に白く滑らかな肌に、ほんのりバラ色に染まった頬。すっと通った鼻梁に花びらのように愛らしい唇。小さな顔にそれらがバランスよく配置されている。華奢だが子供のくせに手足が長くスタイルがいいし、外を歩けば思わず振り返る人があとを絶たなさそうだ。
「見た目はたいしたことなかったが、味はまーまーだったぞ。ヒナタアオイ。褒めてやる」
「……何様?」
口を開くとものすごく可愛くないこの少年に、思わず文句がこぼれる。
「ん? 何様? ラスティーダ王国では王子様と呼ばれているぞ」
「は?」
「だから、王子様だ」
何様っていうのは皮肉だから! という突っ込みすらできず、あまりに非現実な目の前の現実に、私はがくんとうな垂れた。
なんだ、王子様って……。
でも、この生意気な態度からするとものすごく納得できる気もする。
「えぇっと、ラウル?」
「なんだ? ヒナタアオイ」
可愛らしく小首をかしげるラウル。お腹が満たされ、少し落ち着いたらしい。
「で、王子様ともあろう方が、なんでこんな所に猫の姿でいるわけ? ラウルの国はみんなそんな体質なの?」
「そんなわけなかろう」
ラウルは小バカにしたように即答した。
「キスしたら動物に変化する体質の人間など、どこにいる」
「いや、ここに?」
「これは体質ではない! 父上のかけた魔法だ!」
「…………」
なんだか突っ込む気力すらなくなって、思わず黙ってしまう。
どうやら彼にはこちらの国の基本情報はあるらしいが、私は先ほどから飛び交うファンタジーな単語にいまいちついていけない。
『知らない国』『変身』『王子様』。挙句の果てに、『魔法』まで出てきてしまった。
「まったく、父上も難解な魔法をかけてくれたものだ」
ぷぅっと頬を膨らませたラウルは、思い出したように私を見つめた。
「ヒナタアオイ」
「何?」
「オレを好きになれ。そうすれば、魔法が解けるのだ」
ラウルの不敵な笑みと共に、ファンタジー最終爆弾が投下され、私はゴンっと机に突っ伏した。そんな私を、ラウルは不思議そうに見つめる。
「おかしな喜び方をする奴だな」
「何で喜ぶのよ!」
がばっと起き上がって怒鳴る私に、ラウルは満面の笑みを向ける。
「何故? こんないい男、他にはいないであろう?」
「…………」
「我が国の女性は、皆、オレの事を好きだと言うぞ。お前がオレの事を好きになるのも、難しい事ではなかろう? この魔法を早く解きたいのだ。お前でなければ魔法は解けん。早く好きになれ」
爽やかな笑みで横暴な事を述べるラウルに、私は頭を抱えた。
我が道を行き過ぎて、さっぱりついていけない。
だいたい、好きになれと言われてなれるものではない。
それに私は昨日――。
ふと、昨日の出来事をすっかり忘れていた自分に気づく。
朝から予想外の事態に驚き過ぎて、その痛みを思い出しもしなかった。
このまま、思い出さなければよかった……。
「どうした? ヒナタアオイ」
名を呼ばれ、我に返って頭をあげた私を見て、ラウルははっと動揺の色を見せた。
「な、何故泣く!? 女性を泣かせたとあっては、男が廃るではないか!」
「え?」
昨日の事を思い出し、私は涙目になっていたらしい。
さっきまでの堂々とした態度はどこへやら、ラウルは落ち着きをなくしている。
「なんだ? オレは泣かせるようなひどい事を言ったのか?」
心配そうな瞳。
横暴な事を言いまくっているわりには、優しい所もあるらしい。
つい微笑みそうになるのを隠し、私は目を伏せた。泣きそうになったのは別の理由だが、ちゃんと話しをしてもらういい機会かもしれない。
「……私にもわかるように、一からちゃーんと説明して」
「なんだ、そんな事か」
ラウルはほっとしたように笑みを浮かべると、きちんと説明をはじめたのだった。
2013/04/10 11:45 改稿