第32話
よっぽど急いで来てくれたのか、外は寒いのに、蓮の額にはうっすらと汗が滲んでいた。とりあえず少し休んでもらおうと、ジャケットを脱いだ蓮に温かいお茶を入れる。
「さんきゅ、ひまわり」
笑顔でそう言って湯飲みを口に運びながら、私とラウルをかわるがわるじっと見つめる蓮。ラウルは蓮の向かいのソファに座り、少し不機嫌そうにクッションを抱きしめている。
「いったい何なのだ、ヒナタアオイ」
「お前が大人に見えるんだってさ」
イライラした声のラウルに、湯飲みを置いた蓮がそう言うと、キョトンとする美青年。一瞬固まった後、少し離れて隣に座っている私に顔を向ける。
「どうしたというのだ?」
「それはこっちが聞きたい」
深々とため息をついた私に、にっと笑うラウル。
「そうか、オレがあまりにいい男過ぎてさっきから態度が変だったのだな?」
「そんなわけっ……」
自信ありげな微笑みのラウルに突っ込もうと横を向いたものの、不敵な笑みが似合いまくっている青年ラウルと目が合うと、否定できない事を痛感する。しかし、その通りですというのも悔しくて、そのまま押し黙る私。
そんな私たちを見ながら、蓮は苦笑いを浮かべて小さく嘆息した。
「とりあえず、ラウル。ちょっとこっちこい」
「なんだ?」
蓮に呼ばれて素直にその隣に座ると、蓮はおもむろにラウルをぎゅっと抱きしめる。
「何をするっ」
「ちょっと大人しくしてろって」
「男に抱きしめられても嬉しくもなんともないぞっ!」
「それは俺もだ」
そんなやり取りをしながら抱き合う二人。
通常なら嫌がる小学生の甥っ子を抱きしめる高校生のお兄ちゃんなので、見ていても可愛らしい光景だと思うのだが、今は思わず視線をそらしてしまう。見た目可愛い系の蓮が、嫌がるカッコイイ系の青年ラウルを無理矢理抱きしめているように見えるのだ。
「うーん。やっぱり新たに魔法がかけられた気配はないな」
そう言ってラウルを捕まえていた腕を解くと、半眼で蓮を睨むラウル。
「あたりまえだ。オレが魔法をかけられて気づかないわけがあるまい」
「まあな」
不服そうなラウルを軽くあしらうように、くしゃっと頭を撫でる蓮。
「そっか、触れたらどんな魔法かわかるんだっけ?」
先日説明してもらった話を思い出し訊ねると、蓮はうなずいた。
「そ。まぁ、本来は魔法がかけられたかどうかだけなら近くにいれば気づくはずなんだけど、時々魔力の気配を完全に消して魔法をかけられる奴がいるんだよ。相当の使い手じゃないと無理なんだけどさ」
そこまで言うと、困ったように私を見つめる蓮。
「何?」
「えっと、で、まぁ、俺は一応魔力を探知する能力はあるほうなんだけど……」
「気配を消されると、今みたいに密着して魔力の流れを感知せねばわからぬのだ。のう、蓮」
さっさとやればいいではないかと言いたげな視線を甥っ子に向けられ、少々赤くなって睨み返す蓮。先ほどの抱擁は、どんな魔法かを読み解こうとしたかというより、魔法がかけられているかどうかを確認したらしい。そして、その困ったような視線の意味がようやく分かる。
「ラウルじゃなくて、私に魔法がかけられてるってこと?」
「その可能性が一番高いと思うんだけど……」
それを確認したいのだろうが、方法が方法なだけに蓮は困っているらしかった。確かに、いくら蓮でも抱きしめられるのはちょっと照れる。
どうしたものかと二人の間に微妙な空気が流れていると、ラウルが呆れたように小さく息をついた。
「女子を抱きしめるくらい、大してことではあるまい。まさか蓮、その年になってまだ抱きしめた事もないのか?」
「ラウル……」
ちびっ子にバカにされカチンときたのか、蓮はラウルを一睨みすると意を決したように立ち上がった。そして、私の方に歩み寄る。
「ひまわり、ちょっとだけ、ごめんな」
「いや、別にいいんだけど。私の為だし……」
蓮が照れていることに照れながら立ち上がった私を、ほんの少し頬を染めた蓮は正面から抱きしめようとし、一瞬固まる。
「えと、やっぱ後からでもいい?」
「え? どっちでもいいけど」
何がどう違うのかよく分からないが、言われるがままに後ろを向くと、少しして意外と逞しい蓮の体が背中に触れた。そして、繊細なガラス細工を扱うかのように、ウエストに恐る恐る回される腕。最初はドクドクと早く脈打っていた蓮の鼓動は、魔力を感知することに集中していったからか、だんだんと落ち着きを取り戻していった。
静かな呼吸音が耳元で聞こえ、優しい温もりが伝わってきて、私の方が少しドキドキしてくる。
蓮は仲の良い友達であまり男として意識した事はなかったが、触れた体から蓮も男の子なんだと実感してしまい、なんだか急に恥かしくなる。
鼓動が早くなったことを気付かれたら恥かしいなどと思い始めたとき、腕が解かれ、ふっと蓮の体が離れた。そして、蓮の呟く声。
「あの野郎……」
「え?」
急にイラついた声に変わった蓮に驚いて振り向くと、微妙に顔を引きつらせている蓮の顔。ラウルもそんな蓮を怪訝そうに見つめている。
「やはり魔法がかかっておったのか? その顔だと、見知ったものの仕業か?」
「そうだ。お前もよく知ってる奴」
先ほどまで照れていた蓮はどこにいったのかと思うほど不機嫌になった彼を見て、私が思い当たる人物は一人しかいなかった。
「また、ラウルのお父さんの仕業?」
「いや、今回は違う」
「あれ?」
当たりと思ったのに否定され、首をかしげる私に深々とため息をつく蓮。こっちの世界では嫌いな人なんかいそうもない人当たりのいい蓮なのに、あちらの世界には苦手な人が意外といるらしい。
「そうだよな、誰もいないはずはないよな……」
気づかなかったことに後悔するように独り言ちている。そして急に顔を上げると、周辺を半眼で睨みまわした。
「いるんだろう、出て来いよ。変態宮廷魔道師っ!」
蓮の発した声に、ぽかんとする私と、何やら納得したようなラウル。
「あぁ、あいつか」
「あいつかって……」
その呼び名で思い当たられる人物ってどんなんだろうと思っていると、どこからともなく、クスクスと言う笑い声が聞こえてきた。その声に、むっとする蓮にしらっとするラウル。
「さすが蓮坊ちゃん。抱擁だけで魔法をかけた人物まで特定できるとは、なかなかのものですね」
背後で少しハスキーな声がして驚いて振り向くと、宙に浮いた柔らかな光から何者かが出てくるところだった。
空中から音もなく床に降り立ったのは、烏羽色の着物に萌葱色の長い羽織を着、腰まである長い胡桃色の髪を高い位置で一つに結い、目を細めて笑っている、すらりと背の高い一人の青年だった。
2013.4.17 18:58 改稿




