第30話
バイトが休みだった桜子と放課後遊びに行ってしまい、帰りがだいぶ遅くなってしまった私は慌てて家に向かっていた。できあいのおかずを買って、お腹をすかせているだろうラウルのために小走りで家に戻る。
鍵を開け玄関のドアを開けると、リビングから出てきたのは一匹の子猫。だいぶ時間が経ったので、猫の姿に強制的に戻ってしまったらしい。靴を脱ぐ私の前にちょこんと座り、少し不服そうに短く鳴くラウル。
「ごめんね、遅くなっちゃって」
ラウルを抱き上げでリビングに入ると、そう謝ってから黒猫の額にそっとキスをする。
ふわりと光に包まれ、人間の姿に戻るラウル。
……の、はずだった。
「全く、遅くなるなら遅くなると言っていけ。心配するであろう?」
「はい?」
目の前の光景に、思わず声が裏返る。
そんな私を不可思議そうに見つめるエメラルドの双眸。
「どうした、ヒナタアオイ? 何か変だぞ」
その呼び方で、目の前の人物をラウルかもしれないとなんとなく思う。だが、さっぱり理解はできなかった。
綺麗なエメラルド色の瞳に長すぎる睫毛、艶やかな闇色の髪は確かにラウルのものだった。だが、整った顔立ちは今や子供のものではなく、青年へと変わっている。私よりも小さかったはずのラウルの四肢はすらりと伸び、頭一つ分は私の背を越している。
目の前にいるのはどう見ても同年代からそれより上の青年。
「お、お父様?」
「……? 何を言っておる、ヒナタアオイ? 頭でも打ったのか??」
ラウルとそっくりらしいお父様がラウルになりすまして現れたのかと思ったのだが、そうではないらしい。挙動不審な私を心配そうに見つめた目の前のラウル風青年は私に近寄ると、手を伸ばし私の頭にそっと触れた。大きな男らしい手が、私の髪を優しくなでる。
「いや別に頭打ってないしっ!!」
瞬間的に顔を赤らめて、その手から逃れるように一歩後退る。
鼓動が早くなっているのが自分でもわかる。それはよくわからない事態に動揺しているのか、目の前の美青年にドキドキしているのかよくわからなかった。
「では、なんでそんなに変なのだ? ヒナタアオイ」
「ラ、ラウル……よね?」
「当たり前であろう? こんないい男、他にはいないと思うが?」
さらりと自画自賛しているあたり、確かにラウルだ。だが、いい男度が増しすぎだと思う。
「か、鏡見て」
自分の変わりように全く気づいていないらしいラウルっぽい青年にそう言ってみる。
不審そうに眉をひそめながらも、言うとおりに鏡の前に移動する彼。鏡に映った自分の姿を確認してから、ゆっくりと振り向く。
「別に何も変わらんが、どうしたというのだ?」
「変わりすぎでしょーがっ!!」
思わず突っ込んだ私を、困ったように見つめる緑色の瞳。優雅な姿で私の前に歩み寄ると、突然顔を近づける。綺麗な顔が近づいて、思わずびくっとして目を閉じる。と、コツンと額に当たる温かなもの。
「ふむ。ちょっと熱いな。熱でもあるのか?」
ゆるりと目を開けると、自分の額を当て私の熱を確かめている心配そうな瞳が目の前にあった。
「§aχ○×&%$#~~!!??」
声にならない叫び声をあげて後退る私を、困惑を増した顔で見つめる彼。というか、きっとラウル。
だが、あまりに綺麗な顔が間近にありすぎた事に、私のパニックはさらに増した。冷静になろうと深呼吸を繰り返すが、目の前にいる彼の姿は一向にいつものラウルの姿には戻らない。
「どうしたのだ、ヒナタアオイ? 変わりすぎといわれても、何も変わっておらんが?」
「成長しすぎっ!!」
「何がだ? いつもと同じ姿であろう?」
だんだんと本気で心配顔になってきたラウルらしき美青年の表情に、自分の方がおかしいのかと思いはじめる。
まさか、昼間の「ラウルが大人だったら」とかいう妄想が原因!? いや、でも想像以上にカッコイイのですが?つか、その前にそんな事あるわけない。
「ヒナタアオイ??」
「ちょっと待って!!」
あまり近づかれると、思考回路が再びストップしそうなので、歩み寄ろうとした彼をそう言って止める。困惑した表情で小さくため息をつく、たぶんラウル。
突然のわけのわからない事態をなんとか理解しようと、私は赤くなった頬に冷たい手のひらを当て、大きく深呼吸したのだった。
2013.4.17 18:41 改稿