第3話
目の前の現実についていけなくて困惑している私の膝の上で、黒猫は器用に後ろ足で立ち上がり、みゃーみゃーと何かを訴えはじめた。小さいので、後ろ足で立っても前足は私の顔には届かず、可愛らしい前足は空を切っている。
「な、何?」
なんだか顔を近付けろと言われている気がして、その前足をつかんでそっと黒猫に顔を寄せる。と、黒猫は器用に後ろ足でジャンプすると、私の唇にごんっと頭突きをした。
とたんに、ふわっと目の前に光が広がる。ややしてそれが消えると、今度は裸の少年ラウルが現れた。
「!?」
びびる私をよそに、さっと腰に毛布を巻くと、ふんっとふんぞり返って立つラウル。
「これでわかったであろう!」
「いや、自信満々に言われましても……」
確かにこれは夢ではないし、昨日拾った子猫がラウルだったというのは認めざるを得ない。今の行動から察すると、おそらく黒猫ラウルの額に唇が触れると人間になるのだろう。そう言えば昨夜、眠りに落ちる瞬間に黒猫ラウルにキスをした気がしなくもない。暖かいなーとか思ったのも確かだ。
「何も知らずにバカにしおって」
「いや、普通のリアクションでしょ」
力ない私の言葉を気にした様子もなく、ラウルはぽんっとベッドに飛び乗る。そして、くしゅんとくしゃみをした。
「とりあえず、服をよこせ」
「それが人に物を頼む態度?」
「ずっと裸でいさせたいのか?」
むっとした私に偉そうに答えるこの少年はやっぱり可愛くない。しかし、さすがにずっと裸にさせておくわけにもいかないので、私は仕方なく立ち上がった。
「ちょっと待ってなさい。たぶん、弟の服でちょうどいいと思うから」
「早くしろ。風邪をひく」
いちいち癪にさわるっと思いつつ、ぐっと堪えて部屋を出る。
ラウルに合いそうな服を隣の弟の部屋で漁りながら、とりあえず今の事態を理解しようと頭を働かせるが、どう考えても猫が人間になる理屈がわからなかった。
私は現実主義者だ。そんなファンタジーな事、そうそう転がっているわけが無い。
「まだか? ヒナタアオイ」
気が短いのか、戻らない私の様子をラウルが覗きに来た。
「なんだ。色々あるではないか」
とことこと弟の部屋に入ってきて、いくつか出した服を興味深げに見ている。
「ほう、これがこの国の今の流行りなのか?」
「この国って、どこから来たのよ、あんた」
「あんたではない。ラウルだと言っておるだろう」
言いながらも、楽しそうにいくつかの服を手にして自分に当てているラウル。
「じゃ、ラウル。どこから来たの?」
「ラスティーダ王国だ。と言っても、知らんだろう?」
ジーンズと赤いパーカーが気に入ったのか、ラウルはそれを持って私を見上げた。
「お好きなのをどうぞ。下着はこれ、新しいのあったから」
言いたい事はたくさんあるが、とりあえず服を着てもらわないと落ち着かない。弟の裸は見慣れてるが、見知らぬ美少年のものとなると話は別だ。これ以上、怪しい女になりたくない。
「下の部屋にいるから着替えたら降りてきて。階段はあっち」
「うむ。わかった」
着替えを始めたラウルを部屋に残し、さてどうしたものかと思いつつ、自分の部屋でさっと着替えてから階段をおりる。地理は苦手だが、ラスティーダ王国などこの地球上には存在しないという事はなんとなくわかる。とすると、地球外生命体……もしくは異世界の住人? いずれにせよ、地球ではないどこかから来た美少年ということになる。
「意味わからん」
それにしても、家族がいない時で良かった。朝起きたら、娘が裸の美少年と寝ていたら大騒ぎだ。
父さんの海外赴任で一人日本に残る事になって少々寂しかったが、いい事もあるらしい。いや、いい事か……?
自分が置かれている状況を果てしなく疑問に思いながら、私はちゃんと目を覚まそうと顔を洗いに行ったのだった。
2013/04/10 11:36 改稿