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ペットな王子様  作者: 水無月
第四章:黒猫と男友達
25/67

第25話

 カーテンの隙間から差し込む朝日が、優しく私を目覚めさせた。ぼうっとした意識の中、傍にある小さな温もりを抱きよせ、柔らかくて温かなその感触が夢でない事を確認する。

 抱きしめられて目が覚めたのか、黒猫ラウルが小さく鳴いた。

 本当に傍にいる。ちゃんと無事だった。ほっとして、微笑みが自然と浮かぶ。

「おはよ、ラウル」

「みぃ」

 返事をすると、黒猫は私の腕からもそもそと抜け出し枕元に立つと、早く戻せと言うように顔を寄せてきた。そっと額に口付けしてあげると、光と共に少年ラウルが現れる。

「どうしたのだ? ヒナタアオイ」

 起き上がらない私を、ベッドの上にちょこんと座りながら不思議そうに見つめるラウル。

 そう言えば目覚めが悪いのか頭がぼぅっとしているし、起き上がるのもだるい。いつもと様子が違うのは確かだ。

 ラウルは軽く眉をひそめ、ゆっくりと顔を近づけてくる。触れたのはいつものように唇ではなく、互いの額。次の瞬間、目の前にあるラウルの瞳が驚いたように見開かれる。

「熱いぞっ!?」

「え?」

 言われてようやく気付く。先程から頭がぼうっとしているのは、寝起きだからではなく、熱があるからなのだ。

 ラウルはよっぽど驚いたのか、オロオロと無意味に手をばたつかせている。

「お、落ち着け、ヒナタアオイ。オレがいるから心配するな。た、確かこんな時は……」

「そっちが落ち着け」

「そうだ! 確か、頭を冷やすのだ! 少し待っておれ!」

 私の弱々しい突っ込みは気にも留めず、慌ただしく階段を降りていくラウル。階下からはただタオルを冷やして持ってくるには騒がしすぎる音の数々。後片付けが大変そうだなとぼんやりと思っている間に、ばたばたと階段を上る足音。再び現れたラウルの手には、ぽたぽたと水を滴らせたタオル。水にぬらした後、明らかにしぼっていない。

「これを額に乗せるのだ!」

「いや、濡れ過ぎだから」

「なぬ!? どうしたらよいのだ?」

「とりあえず、タオルは、しぼろうね」

「そうか!」

 よしわかったという表情で、不器用な手つきでその場でタオルを絞るラウル。ラウルの着物の袖はもちろん、床までびしょびしょになる。

「これでよいか? 少しは楽になるであろう?」

「……うん、ありがとう」

 聞きたい事も突っ込みたい事も山ほどあるが、不安げに見つめるラウルに、気がついたら笑みを浮かべていた。

 きっと、昨日の私もこんな顔で走り回っていたのだろう。

 不安に思うのは、相手が大切だから。

 今はただ、ラウルが無事だった事を感謝し、不安そうなその瞳を安堵の色に変えてあげたかった。

 ラウルが額に乗せてくれたタオルの冷たさが心地よく、もう一度ラウルに微笑みかけると、ラウルはほっと胸をなでおろしたようだった。

「ラウル、それ、とってくれる?」

「む? ケイタイか?」

「うん」

 電話をかける私を、すぐ傍で見守るラウル。学校には行けそうにも無いので、連絡しなければいけない。

「あ、おはよ。桜子。あのね……」

「サクラコか!」

「へ?」

 電話に出た相手の名を呼んだとたん、反応するラウル。驚く私の手から、携帯電話を奪い取る。

「おい、サクラコ! こんな時はどうしたら良いのか、教えろ!!」

 電話の向こうで意味不明の訴えに顔をしかめる桜子の姿が目に浮かぶ。

 ラウルは真剣な表情で桜子に看病の方法を問い続ける。私とラウルの事情を知っている唯一の相手だとわかっているから、助けを求めるのに必死なのだろう。ようやく事態を飲み込んだらしい桜子からの指示に、真面目に頷いているラウル。

 電話を切ると、ラウルは桜子の指示だろう、薬のある場所を訊ねた。真剣な眼差しは、気ままな猫の王子様ではなく、まるで忠犬のようだ。リビングにある薬箱の位置を教え、一緒に水を持ってくるようお願いすると、派手な音をたてていたもののちゃんと持ってきてくれた。薬を飲んだ私を心配げに見つめるラウル。横になった私の手を優しく握ってくれる小さな手が心地よく、安堵した私はいつのまにか再び眠りに落ちていた。


 西日が差し込みはじめた夕暮れ時。だいぶ体調が良くなったので一階におり、ラウルの素敵な看病によって散乱した部屋を二人で片付け始めた。私を気遣ってか、ラウルはいつもよりも機敏に動いてくれている。いつもこうなら助かるのにと思いながら、その一生懸命な横顔は微笑ましかった。

「ねぇ、ラウル。昨日はどうしてたの?」

 薬箱を探した時にあちこちひっくり返したのか、散乱した紙類を整理しながら尋ねると、ラウルは床にこぼして乾ききっていなかった水を拭いていた手を止め、きょとんと私を見あげた。

「何を言う。ちゃんと知らせたではないか」

「いや、聞いてませんけど」

「言ってはおらぬが――!」

 はっとしたようにエメラルド色の瞳を見開くラウル。それから、すぐに眉をひそめた。

「む? そう言えば、オレはどうやって帰ってきたのだ?」

「それは……」

 答える前に玄関のチャイムがなった。インターフォンに出ると、来てくれたのは桜子だった。

「ラウル。桜子だから、玄関開けてきてくれる?」

「うむ、わかった」

 不可解そうな顔をしていたラウルは、そう返事をすると、とてとてと歩きながらリビングを出て行った。少しして鍵を開ける音がし、ドアが開く。続いて聞こえたのはラウルの短い叫び声……。

 何事かと首を傾げていると、暴れる音と共にリビングへ足音が近づいてくる。

「葵、大丈夫?」

「むがー!」

 現れたのは穏やかな微笑を浮かべた桜子と、その腕にヘッドロックを決められ、苦しそうに暴れているラウル。

「もう起きてて平気なわけ?」

 パジャマの上にカーディガンを羽織って部屋を片付けている私を見て、心配そうに眉をひそめる桜子。

 私は安心させるように微笑を浮かべる。

「うん。もう熱も下がったし、大丈夫だよ」

 まるで腕に捕らえられているラウルが存在しないかのように爽やかに会話する中、ラウルは桜子の腕から逃れようと必死になって暴れている。しかし、桜子の力に敵わないらしい。一向にそこから抜け出すことができないようだ。

「どこぞのバカ猫が行方不明になったせいだって?」

「蓮からきいたの?」

「そ。昨日の夜、葵が雨の中探し回ってたって」

 皮肉げな視線を向けられ、ラウルは驚いたように桜子を見つめた。私の具合が悪い理由を、今気づいたらしい。私の方に行こうと、声にならないうめき声をあげながらじたばたと暴れるが、まだ桜子に解放してもらえない。

「葵に迷惑かけるなら、ペットショップに売り飛ばすよ?」

 脅すような低い声でそない言ってから、桜子は腕を放す。ラウルはもつれそうな足取りで私の隣までくると、パジャマの裾をぎゅっと握って私を見上げた。怯えと申し訳なさが混じったような瞳。私の説教よりも、桜子の笑顔一つの方が効き目がありそうだと、思わず笑ってしまう。

「まーまー、桜子。とりあえず座って。お茶入れるからさ」

「あんたが座りなさい、病人なんだから。お茶なら私がいれさせてもらいます」

「はーい、ありがと」

 何か言いたげなラウルの背をぽんぽんと叩きつつ、ソファに座る。桜子は荷物を置くと、慣れた手つきで我が家のキッチンでお茶の準備をはじめる。こほこほと咳込むと、桜子は作業をしながら眉をひそめた。

「葵、病院行った? ちゃんと薬もらった方がいいんじゃない?」

「市販薬でなんとかなるかなーと」

 三人分のティーカップをテーブルに置きながら、桜子は私を軽く睨む。

「ダメ、病気を甘くみたら。一人暮しなんだし、しっかり治さないと」

「一人ではない! オレがいるぞ」

 ラウルが不服申し立てをすると、桜子の瞳が冷たく光る。

「あんたがいると、一人暮らし以上に手間がかかるから、よけいちゃんと治さないとダメなのよ! 迷惑かけてるって自覚しな!」

「うぐっ……」

 熱をだした理由が自分のせいだとわかったからか、言い返せないラウル。しゅんとした顔で私を見上げる。私は微苦笑を返しながら、膝の上に置かれているラウルの手をそっと握る。ラウルの顔に、ほんの少し喜色が浮かんだ。

「葵も、さっさと治さないと子育て大変でしょ?」

「それはそうなんだけどー……」

 わかってはいるが少し面倒くさくて悩んでいると、桜子は目の前で電話をかけはじめた。

「あ、蓮? 今すぐ来て。葵を病院に連れてってくれる? 私、もうすぐバイトだから」

「え、ちょっと桜子?」

「じゃ、待ってるから。よろしく」

 止める間もなく、桜子は電話を切る。そして、にっこり笑んだ。

「というわけで、病院行ってきなさい。紅茶飲んだら、支度するのよ」

 有無を言わさぬ笑顔に、逆らうすべはなかった。

2013.4.17 16:38 改稿

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