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ペットな王子様  作者: 水無月
第四章:黒猫と男友達
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第24話

 既に日が落ちた街の中を、私はラウルを探して走り回る。暗い中、黒猫を目で探すのは至難の業だ。恥ずかしさを捨て、大声で名前を呼んでみる。でも、ラウルは見つからない。

 桜子や蓮に協力してもらおうと電話をしたが、繋がらなかった。一人で心当たりを一通り探したが、ラウルは影も形も見つからない。だんだんと、不安が募る。

「どこいっちゃったのよ……」

 なんであんな意地悪をしてしまったんだろうと、後悔が押し寄せる。不安で胸がつぶれそうだった。

 もしかしたら探しに出ている間に、家に帰ってきたかもしれない。でも、迷子になったのなら、いつもよりも遠くに行ったのかもしれない。少し離れた場所には、大型車が沢山通る危険な道もあったはずだ。

 一度家に戻るか、それとも探す範囲を広げるか……。

 迷っている間にも、不安はどんどん大きくなっていく。

やはりもう少し範囲を広げようと歩を速めた時、突然誰かに腕をつかまれ、思わず身構えて振り返る。と、そこには心配そうな顔の蓮が立っていた。電話が繋がらなかったのは、塾に行っていたのだろう。グレーのパーカーにダークオリーブ色のカーゴパンツというラフな格好で、重そうな荷物が入ったトートバッグを肩にかけている。そして、その手には傘。

「どうしたんだよ、ひまわり」

 そう言って、自分の持っている傘を私に差し掛ける蓮。その時初めて、自分が濡れている事に気がついた。

「あ……れ?」

「あれじゃないし。折り返し電話したのにでないし、何があったんだよ?」

 自分の傘を無理矢理私に持たせると、蓮はごそごそと鞄の中を漁り始める。

「あー、こんなのしかないか」

 呟きながらハンドタオルを取り出し、私の頭にぽんっとのせた。

「とりあえず、頭拭けよ。風邪ひくぞ」

 再び傘を自分で持ってくれた蓮は、心配そうな眼差しで私を見つめる。ラウルの事で動揺している私が呆然とただ立っていると、困ったように小さく息をついてから、片手に傘を持ったまま、もう片方の手で私の頭をそっと拭き始める。

「今度から、雨の日はタオルも仕込んどくかな」

 すぐに湿ってしまったタオルを手に取りながら、マジックのネタのことか一人呟くと、ほんの少し身をかがめて私の瞳を覗き込んだ。

「ひまわり、何があった?」

 真摯で優しく、穏やかな眼差し。不安で強張っていた心が、徐々にときほぐれていく。

「ラウルが……」

 名前を口にしたとたん、不安を押し流すかのように涙が零れ落ちた。蓮は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに優しい表情に戻る。

「猫が、どうした?」

「ラウルが、帰ってこなくて……。こんな時間まで、帰ってこなかった事なくって……」

「それで探してたのか?」

「私が朝、意地悪しちゃったから……。怒ってるだけならいいけど、もし、迷子になって、寒い中震えてるとか……万が一事故にあってたらとか…………」

「不安になって、雨が降り始めたことにも気づかないで探し回ってたのか」

 返事の代わりにただぽろぽろと涙を流す私を温かい眼差しで見つめながら、蓮は取り出したハンカチで私の涙を拭う。そして、再び私に傘を持たせるとパーカーを脱ぎ、私の肩にそれをかけた。

「とりあえず、ひまわりはもう帰ったほうがいい。猫も帰ってきてるかもしれないし、猫が家に帰ってきて誰もいなかったら、ひまわり探してまた出て行っちゃうかもしれない。それよりも何よりも、そのままじゃ風邪ひく。ひまわりが寝込んだら、猫も困るし心配するぞ」

「でも……」

「でもじゃない。後は俺が探しとくから、ひまわりは家で待機。ほら、行くぞ」

 ためらう私に安心させるかのように笑顔を向け、私の隣に並ぶとそっと私の背中を押して家のほうに歩き始める。冷えた体と心に、その手の暖かさが優しく伝わってくる。

「大丈夫。あの猫なら、何事もなかったように帰ってくるって」

 穏やかで柔らかな声。悪い方向にしか考えられなくなっていた私の心は、まるで魔法をかけられたかのように落ち着いてくる。

「ありがとう、蓮」

 そう言った私に、蓮はただ優しい笑みを返してくれた。


「やっぱりいない」

 帰るなり駆けあがる様にして家の中に入り一通り探しても、やはりラウルはいなかった。

「とりあえず、ひまわりは風呂に入って身体温めるんだぞ。猫は俺が探すから。もし帰ってきたらメールして。俺も見つけたらメールする。いくら心配でも、もう暗いし、ひまわりは外に探しに行くなよ」

 玄関に立つ蓮は、言い聞かせるようにそう言った。

「うん」

 返事をして、うつむいていた私は顔をあげる。そこで初めて、蓮の体の左側がびしょぬれになっていることに気づいた。車道側を歩いていた蓮。私が濡れないように、傘を私のほうにばかりさしていたからだろう。パーカーを私に貸し、チェックのシャツとTシャツだけでこんなに濡れて歩いていたのでは、蓮の方が風邪をひきそうだ。

「ちょっと待ってて!」

「ひまわり?」

 慌てて洗面所まで駆け込んで、タオルを取って戻ってくる。

「もう。人の事ばっか気にして。蓮の方が風邪ひいちゃうよ」

「サンキュ」

 タオルを受け取り、体を拭きながら笑顔を見せる蓮。

「俺の心配できる余裕が出てきたなら、もう平気かな?」

「蓮のおかげだよ。ありがとう」

 体を拭き終えた蓮にパーカーを返すと、蓮は微笑んで、パーカーに袖を通した。

「あんまり心配し過ぎるなよ、ひまわり。あのふてぶてしい猫が、そう簡単にどうにかなるわけないって」

「うん」

 不安は消えていなかったが、蓮にこれ以上心配をかけたくなくて、精一杯微笑んで頷く。そんな私を蓮はじっと見つめ、鞄をごそごそと探るといつものハンカチを取り出した。

「ひまわりが安心して待てるように」

 そう言って微笑むと、手に乗せたハンカチの上にもう片方の手を乗せ、そっと目を閉じる。そして、ゆっくりとハンカチと共にその手をとると、現れたのは黒猫のヌイグルミ。

「本物が帰ってくるまで、この猫で我慢してください」

 私の手に載せられたふわふわの猫のヌイグルミからはラベンダーのほのかな香り。大きさは、ちょうどラウルと同じくらいだった。

 驚く私を優しい瞳で見つめ、蓮は立てかけてあった傘を手に取る。

「じゃ、風邪ひかないように気をつけろよ」

 片手を挙げて軽く敬礼すると、玄関を出る蓮。

「蓮、ありがと!」

 慌ててお礼を言うと蓮はもう一度笑顔を浮かべ、そっと玄関の扉を閉めて去っていった。

 両手を合わせたよりも少し大きい猫のヌイグルミを、そっと抱きしめる。ふわふわな感触と心地よい香り、そして蓮の心遣いに心が安らいだ。

 私はヌイグルミを手に持ったまま、もう一度ラウルが居ないか家の中をくまなく探す。だが、発見するのは落書きをしたかのような紙だけで、ラウルはやはりどこにも居なかった。

 とりあえず、蓮に言われた通りにお風呂に入る。身体は徐々に温まったが、雨の中、ラウルがどこかで震えてるかと思うと、心までは温まらなかった。

 お風呂から出ても、蓮からのメールはなかった。もしかしたら帰ってきていないかと、もう一度ラウル探したが、どこにもいない事を確認するだけだった。

 髪を乾かし、ソファの上で膝を抱えて座る。膝の上にのせた黒猫のぬいぐるみに顔をうずめ、握りしめた携帯電話に連絡がある事を祈る。

 ただ待つ時間は、長い。悪い方にしか考えられなくて、恐い。

 蓮のくれたぬいぐるみが、不安で張り裂けそうな心をつなぎとめてくれていた。

 雨の降りしきる音を聴くだけで、他には何もできないまま、一時間が過ぎた。

 きっと、蓮はまだ探していてくれるだろう。でも、これ以上迷惑をかけるわけにもいかない。やっぱり自分が探しに行くべきだと電話しようとした時、蓮から着信があった。

『迷子になってた猫、見つけた。今から連れてくから、安心して待ってて』

 ふっと全身の力が抜け、私はぱたりとソファの上に横になった。ほっとして、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。

『ありがとう、蓮』

 滲んで見える画面を見ながら、そう返信する。

 少しして蓮が連れてきた黒猫ラウルは、人の気も知らないですやすやと眠っていた。言いたい事はたくさんあったが、気持ち良さそうにぐっすり眠っているので、そのままベッドに連れていく。ほっとした私は、黒猫を腕に抱いたままいつのまにか眠りに落ちていた。


2013.4.17 16:04 改稿

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