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ペットな王子様  作者: 水無月
第三章:黒猫と親友
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第20話

 昼休み。私はひとり……いや、ひとりと一匹で屋上にいた。本来は立ち入り禁止の屋上だが、桜子がどこかから手に入れた鍵で、天気のいい日はこっそりここで昼食をとっているのだ。

 蓮のもとから帰ってきたラウルは、何やらたそがれていた。屋上の隅っこで一人遠くを見つめている。

 どうやら、蓮のマジックによって拘束された事がよほどこたえたらしい。

 桜子は昼食を買いに購買へよっているので今はラウルと二人きりだが、いつ戻ってくるかわからないので、ラウルを人の姿に戻して話を聞いてあげる事もできなかった。

「ねー、ラウル。蓮にどこに隠されてたの?」

 哀愁漂う背中にそう声をかけるが、ラウルは返事もしなかった。

 猫語で答えられても何を言っているか理解してあげられない。でも、そんな事も気にせずに愚痴くらい言うと思ったのだが、その気力すらないらしい。気が済むまで一人の世界に浸っているのは別にかまわないのだが、ラウルの座っている位置が気になっていた。時折風が強く吹くので、フェンスの向こうの端っこに座っている事が少し怖い。

「ラウル、そんな端っこにいたら危ないよ。風で飛ばされても知らないからね」

「…………」

「ラウル、こっちに来て一緒にご飯食べよ? 私のお弁当分けてあげるから」

「…………」

 聞こえていないのか、聞く耳を持たないのか、背を向けたままその場を動こうとしないラウル。

 蓮も悪気はないのだろうが、これからはあまりラウルにかまわないようにお願いしておこう。王子様のご機嫌取りも、慣れたようでなかなか難しい。

「もう、しょうがないなぁ」

 私は膝の上のお弁当を置いて立ち上がり、頭の上まであるフェンスをなんとか乗り越えた。フェンスの向こう側は歩けるほどの幅があるが、さすがに怖いのでフェンスにつかまりつつラウルに近寄っていく。

「ラーウルー。ほら、こっちおいでひゃーーー!」

 声をかけた瞬間、強い風が屋上を吹き抜け、私の長い髪やスカートを激しく靡かせた。反射的に左手でぎゅっとフェンスをつかみ、右手で髪を抑えた私の目の前で、端っこに座っていた黒猫ラウルの小さな体は空中へ放り出される。

「!?」

 私は叫ぶ間もなく、反射的に前に出てラウルを捕まえようと右手を伸ばした。運動神経はよくない方だが、なんとか尻尾を掴む事ができてほっとする。

 が、それもつかの間だった。

 フェンスを掴んで支えていたはずの体が、ぐらりと傾く。

「へ?」

 事態が飲み込めず思わず間の抜けた声を出すが、体の傾きは止まらなかった。

 ラウルを助けようと、重心は外へ向いていた。それを支えるはずのフェンスが、何故か一緒に外へと傾いていく。

「えぇぇぇぇ!?」

「うにゃぁぁぁ!?」

 気がつくと、私は片手にラウルの尻尾を掴みながら、壊れて傾いたフェンスにかろうじて支えられて宙に浮いていた。

「た、立ち入り禁止って……こういう事?」

 確かに、フェンスを乗り越える時ぐらっとしたと思ったが、まさかこんなにもろくなっているとは。

「にゃー!!!」

「ちょっ、ラウル。暴れないでよ! 落ちるからっ!!」

 突然、じたばたと暴れ始めるラウル。

「大丈夫。ラウルを落としたりしないからじっとしてて!」

 そうは言いつつも、自分の筋力と体力だとそう長く持たないとわかっている。かといって、片手でよじ登る事もできない。残念な事に、私が落ちかかっている方向は人気がなく、誰かが気づいてくれていることもなさそうだ。猫姿のラウルは魔法も使えない。

 悩んでいるほど時間に余裕がないが、いい案も浮かばない。

「みゃっ!! うにゃーーー! にゃっ!!!」

「あーもー、その姿だと何言ってもわからないしっ」

 何やらご立腹らしく何かを叫んでいるラウルだが、表情も見えないのでは何を思って叫んでいるかさっぱりわからない。大人しくしてくれているのが一番なのに、じたばたと暴れている。

「ほんと、落ちちゃうからじっとしてて! なんとかラウルは助けてあげるから!!」

「みゃーーー!!!」

 筋力の限界か、フェンスをつかんでいる手がぶるぶると震え始める。かろうじて足が壁について体を支えることができたが、このままだと、本当に落ちるのを覚悟しなければいかないかもしれない。

 ちらりと下を見ると、広い花壇が見える。

「たぶん、落ちても死にはしないから、落っこちる時は私の上に乗っかってよね。その方が痛くなさそうだし」

「にゃーー!!」

「大丈夫。怖くないよ、ラウル」

「いや、怖いでしょ」

 ラウルに向かって微笑んだ時、手の温もりとともに上からそう声が降ってきた。顔を上げると、そこには顔をしかめた桜子の姿。私の手をしっかりと握ってくれている。

「桜子!!」

「何やってるかな、葵は……」

「落ちた」

「それは見ればわかるから」

 呆れ顔で小さくため息をつくと、ぐっと手に力を入れて私を持ち上げようとしてくれる。が、うまくいかなかった。

「葵、そっちの手も貸しな」

「え、でも、ラウルが……」

「猫なら落ちても大丈夫だって」

「でも……」

 本物の猫ならば高い所から落ちても助かったとよく聞くが、なにせ中身はラウルだ。まだ子猫の体だし、中身は人間だし、うまく着地できるかどうか疑わしい。

「怪我しちゃうか心配で……」

「あんたのほうが私は大事」

 冷静な顔できっぱりと言い切る桜子。

「ありがとう。でも……」

「でもじゃない。人を呼びに言ってる時間もなさそうだから、さっさとする」

「でも……」

 ためらう私を桜子は苛立たしそうに睨んだが、次の瞬間には小さくため息をついた。

「じゃ、その猫こっちに投げて。とってあげるから」

「ラウル、ごめんね」

 きっと怖いだろうなと思いつつ、一緒に落ちるよりはマシと判断して、私は思いっきり腕を振り上げた。

「んにゃ!?」

 妙な叫び声を上げて、宙に浮くラウル。運動神経も反射神経もいい桜子は、鮮やかに片手でラウルをつかむ。と、すぐさま振り向きもせず乱暴にラウルを背後に放り投げた。

 思い切り地面に叩きつけられたらしい鈍い音と、潰れたような鳴き声が聞こえたが、この際大怪我じゃなかったということでよしとしよう。

「さ、両手で捕まる」

 ラウルの事は何事もなかったような顔で、私を引き上げる桜子。なんとか、私も屋上へと戻る事ができた。

「桜子、ありがとーー!!」

 力尽きたように座り込んだ桜子に、思わず抱きつく。桜子は深く息をつきながら、私の頭をくしゃくしゃとなでた。

「ほんっとに、あんたはもう……。驚かせないでよね」

「私もびっくりした」

「私はもっとびっくりしたから」

 真面目な顔で見つめあってから、微笑みあう。

 いつも、桜子には助けてもらってばかりだ。

「あ、ラウル!」

 立ち上がってスカートの汚れを払っている桜子の横をぬけて、放り投げられたラウルを探す。と、弾丸のような勢いで駆け寄ってくる黒い塊。抱っこしようと少しかがんだ私に向かって、ラウルはとんっと地面を蹴る。

「むぐっ!」

 思い切り唇を強打して、思わず両手で口を押さえる。

 黒猫ラウルは目の前で光に包まれると、顔を上気させた王子様へと姿を変えたのだった。


2013.4.16 23:16 改稿

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