第2話
状況が理解できず呆然としている私をよそに、少年は両手をあげて悠然と伸びをする。ここにいるのが当たり前のような態度だ。
「いつまで床の上にいる? 床が好きなのか? 変わった女だな」
可愛らしい声で、ふてぶてしい言葉を発する美少年。
「好きなわけあるかー!!」
がばっと起き上がった私を、少年はあくびをしながら横目で見る。
「それはどうでもいいんだが、服はないのか?」
「どうでもいいってあんたっ! っつか、その前に、誰!?」
「ラウル」
混乱気味の私に、冷静に即答する少年。
「ら、らうる?」
「名を聞いたのだろう?」
ラウルと名乗った少年は、こいつは何がしたいんだと言いたげな眼差しを向けている。
「いや、そうじゃなく!!」
突っ込みどころが多すぎて、もう何からどう言っていいかよくわからない。
どこから入ってきたとか、なんで一緒に寝てたとか、なんだその名前はとか、服着てない理由をこっちが聞きたいとか……。
「お前の名は?」
「は?」
「名ぐらいあるだろう」
小ばかにしたような口調に、カチンとくる。
「あるに決まってるでしょ! 日向葵よ!!」
「ヒナタアオイ……長い名だな」
「名字と名前に決まってるでしょっ!」
力いっぱい言い返す私を、ラウルは冷めた眼差しで見つめている。
まったく、なんなんだこのガキは!
「だいたい、あんたどこから来たのよ。いつの間にベッドに入ったの?」
「何を言う」
私の問いに、ラウルは呆れた表情になる。
「お前が連れ込んだのではないか」
「……は?」
「抱きついたまま離れぬから、眠り辛かったぞ」
当たり前のように言われると、なんだかこっちが悪い気がしてくる。
相手は弟と同じくらいの年に見えるので、おそらく十歳前後の少年。
嫌がる裸の少年を抱きしめて寝てたなんて、私が変質者で犯罪者みたいではないか。
「って、んなわけないでしょ! いくら昨日かなり落ち込んたとはいえ、猫と人間の男の子なんて間違えないわよ!!」
「ん? だから、それがオレだ」
「は?」
「だから、その猫がオレだと言っている」
「…………」
「……なんだ、その哀れむような眼差しは」
私の表情が気に食わなかったのか、ラウルはムッとしたように唇を尖らせた。
「わかったわかった。君は猫さんだったんだねー」
「バカにするなっ!!」
肯定してあげたというのに、顔を赤くしてがなるラウル。しかし、少年の空想にどう付き合えばいいというのか……。
「あのねー、バカにしてるのはそっちでしょ。どこの世界に、猫から人間に変わる人がいるってのよ」
「ここにいるっ!!」
「だーかーらー」
ふぅっとわざとらしくため息をつく私が相当癪に触ったのか、少年は眉根をきゅっと寄せる。腰に毛布を巻きつけすっくと立ち上がると、すとんとベッドを降りて私の横に立つ。
「わからせてやるっ!」
言うが早いか、華奢な両手が私の頬を包んだ。そして近づく、綺麗な少年の顔。睫毛が長くて羨ましいと思った瞬間には、柔らかいものが私の唇にそっと触れていた。
美少年にキスされたと気づくと同時に、ラウルの姿が突如現れた淡い光の中に消える。
「みゃー」
数秒で淡い光が消滅すると、代わりにこれでわかったかといわんばかりの眼差しを向ける黒猫が膝の上に現れた。
「……ラ、ラウル??」
おずおずと尋ねる私に、頷く黒猫。
呆然とする私に、勝ち誇ったようにぴんっと尻尾を立てたのだった。
2013/04/10 11:26 改稿