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ペットな王子様  作者: 水無月
第三章:黒猫と親友
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第18話

「もうあの男をこの家に上げるでないぞ!」

 蓮が帰った後、人の姿に戻ったラウルの第一声はそれだった。

 追いかけられたり、さんざんいじられたりしたのがよっぽどご不満だったらしい。

「あら、いいお友達じゃない? たくさん遊んでもらって」

「遊んでなどおらん!!」

 ぷうっと頬を膨らませて怒るラウルの表情が可愛くて、つい笑ってしまう。

 それが気にくわなかったのか、さらにむっとするラウル。

「一日こんな狭い場所に閉じ込め、さらには自分の都合で猫の姿にし、あのような男に弄ばせて笑っておるとは……。もう、お前など知らんっ!!」

 そう言って立ち上がると、リビングから出て行こうと歩き出した。乱暴な足取りから憤りが感じられるが、私はその背に明るく声をかける。

「ケーキ半分残してあげたんだけど、いらないなら食べちゃうよ?」

 そのとたん、ぴたっと足を止めるラウル。

「美味しいんだけどな。そっか、いらないのか」

 ラウルは肩越しにちらりとテーブルの上のケーキに目をやる。

 誕生日祝いのケーキを気に入っていたラウルは、食べたい欲望と怒りとの間で葛藤しているらしい。

「昨日のと違ってこれもまた美味しいから、本当は全部食べたかったのよね。わーい、食べちゃおっと」

「食べぬとは言っておらぬであろうっ!」

 私のわざとらしい棒読みなセリフに、慌てたように振り返るラウル。くすっと笑った私を見て、かぁっと赤くなる。

「違うぞ、ヒナタアオイ! オレが食べたいからではない。ヒナタアオイがせっかく残しておいたというから、しかたなくその意をくんでやろうと思っただけだ!」

「はいはい」 

 必死の言い訳を笑顔でうけ、私はラウルのお気に入りのミルクティーをカップに注いだ。

「信じておらぬな、ヒナタアオイ」

「そんな事ないよ。ラウルは優しいから、私のためを思って食べてくれるのよね」

「無論だ。わかればよい」

 満足げに頷くと、機嫌を直したラウルは軽い足取りでダイニングテーブルに戻ってくる。嬉々とした表情でフォークを手にすると、ケーキを口にし満面の笑みを浮かべた。

 くるくると変わる表情は本当に見ていて飽きない。

「ラウル、今日はごめんね。今度から誰か連れてくるときは先に言うわ」

 そう言うと、ラウルはティーカップを持ったまま、一瞬動きを止める。ぱちぱちと瞬きをした後、ゆっくりとカップを置き満足げな笑顔を浮かべた。

「さっさとそう言えばよいものを。素直でないのう、ヒナタアオイは」

「ラウルの反応が面白いんだもん」

「何を申すかっ!!」

「いずれは一国を治める方が、そんなに怒りっぽくっちゃダメじゃない?」

「うぅむ……」

 怒ったり唸ったり、美味しそうな顔をしたり、本当に忙しい。

 ケーキを平らげるとテレビの前に移動したラウルは、蓮との追いかけっこがいい運動になったのか、ゲームをしながらだんだんうとうとし始めていた。

「明日はどうするの? 狭い我が家で、また一日ゲームをやってるの?」

 説教口調でそう言うと、瞼が半分ほど下りてきているラウルは、ふるふると首を振った。ゆっくりとした動作で、コントローラーを置く。

「一人でおってもつまらぬ。目的の為には、屈辱的な姿も我慢しようではないか」

 とろんとした眼差しで、横に座る私を見つめるラウル。

「目的?」

「決まっておるであろう。お前を惚れさせ、早くこの魔法を解くのだ」

 いつもは自信に満ち溢れた笑顔も、今は眠気が勝っているのかどことなく力ない。

「その為には、ただここにいてもしょうがないではないか」

「そうかもしれないわね。でもラウル。大事な事忘れてない?」

「む?」

 舟を漕ぎつつ、問い返すラウル。

「魔法を解くには、ラウルも私に惚れなきゃいけないのよ?」

 私の言葉ははたして聞こえていたのか、ラウルはゆっくりと私の膝の上に倒れこむと、すやすやと寝息をたて始めた。

 私はラウルの柔らかな髪をそっとなでる。

 寂しい一人暮らしに突如現れた王子様。

 周囲に気づかれて面倒な事になるは嫌だと思いつつも、だんだんと手放すのがおしくなってくる。

 一人では得ることの出来ない、心地よい時間。

 いつまで続くかわからないこの不思議な生活が、なんだかとても愛しく思えた。


2013.4.15 22:22 改稿

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