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ペットな王子様  作者: 水無月
第三章:黒猫と親友
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第17話

「た、ただいま」

 もともと大して体力がないのに学校から走って帰ってきた私は、力尽きそうになりながらも玄関の扉を開け、なんとかそう言った。ラウルが出迎えてくれるかと思ったが、何の反応もない。

「ラウル?」

 よろよろと靴を脱ぎ、リビングに入る。

「おぉ、ヒナタアオイ。もう帰ってきたのか」

「あんた……ずっとやってたの?」

 リビングのテレビの前で、ラウルは画面に釘付けになりながらゲーム機のコントローラーを握っていた。弟の部屋から発掘したに違いない。『もう』とか言っている辺り、ゲームに夢中で時間が経つのが速かったのだろう。急いで帰ってきた私に目もくれない。

「仕方ないであろう? 家の中ですることが他にないのだ」

 悪びれなく言ってのけるラウルに説教をしようと思ったが、そんな時間はないと思い直す。桜子と蓮がのんびり歩きつつこちらに向かっているのだ。部屋が散らかっているからとの訪問拒否の言い訳も、そんなのいつもの事だから気にしないと一蹴された。急いで帰って部屋の片づけをし、ゆっくり向かう自分達を出迎えればいいと言う結論に勝手に達したのだ。

 私に与えられた時間はごく僅か。二人が来る前にラウルには猫に戻ってもらって、さらにはラウルの昼食の跡など生活の形跡を消さなければならない。

「ラーウールー」

 ゲームに夢中なラウルの隣に行って跪き、両手で頬を挟んで無理矢理こっちを向ける。

「ちょっとごめんね」

 そう言ってそっと顔を近づけると、キョトンとしていたラウルがニッっと笑った。

「なんだ、お帰りのキスがして欲しかったのか。しょうがないのう」

「そんなわけ……」

 『ないでしょう』といい終わる前にラウルは少し首を伸ばし、顔を近づけていた私の頬に柔らかな唇を押し当てた。その仕草が妙に様になっていて、思わず少し照れる。王子様って、普段からこんなことをしているのだろうか。

「じゃなくてー!」

 我に帰って叫んだ私を、ラウルは煩そうに横目で見る。

「まだしてほしい事でもあるのか? 帰ってきて早々忙しい女だな」

「そう、忙しいししてほしい事もあるのよっ」

 ラウルのペースにのせられる前に、問答無用でラウルにキスをする。

 ふわりと光に包まれて、黒猫の姿になるラウル。

「うにゃっ」

 何をすると言わんばかりに不機嫌そうに鳴くと、人の姿に戻りたいのかひざの上によじ登ってきた。

「これからお客様が来るから、ちょっとそのままの姿でいてね」

 抱き上げて笑顔でそう言うと、ラウルは半眼で私を睨み付ける。降ろせとじたばたと暴れはじめたので、そっと床に下ろした。ラウルが不機嫌そうな表情のままトコトコとコントローラーの方に歩いていくのでなんだろうと思っていると、小さな手でボタンをばしばし叩いている。テレビを見ると、ゲームのセーブ画面が現れていた。

「しっかりしてるんだから」

 面白ペットに応募できそうだと思わず笑う私を横目で睨みつつ、ラウルはその場に丸くなって座りこんだ。


「おや、可愛いじゃない」

「みぃ」

 桜子に抱かれ、ラウルは可愛らしく鳴いて返事をした。桜子は笑顔でラウルを撫でているが、今の返事を翻訳すると、おそらく『当然だろう』ぐらい言っているに違いない。

「どこで拾ったんだ?」

 桜子の後から入ってきた蓮が、首を傾げながらそう尋ねた。

「帰り道に、雨の中で震えてたのよ」

「ふーん」

 蓮は興味があるのかないのか、気もそぞろな返事をしながら桜子から黒猫を受け取ろうとする。二人の目が合うと、とたんに嫌な顔をするラウル。抱こうとした蓮の手から逃れると、威嚇するように鳴いてから脱兎の如く走り出す。どうやら、同性に抱かれるのは嫌らしい。キラリと目を光らせた蓮とラウルの追いかけっこがはじまる。リビングをぐるぐる回っているだけでは飽き足らず、家中を走り回る二人。

 そんな彼らは放っておき、私はお茶を入れる準備をはじめた。

「確かに癒されるね。あの可愛さは」

「でしょ。性格もなかなか面白いの」

 紅茶と桜子たちの買ってきてくれたケーキを楽しみながら、ドタバタ走り回っている彼らをよそに、他愛もない会話で盛り上がる。ラウルの事をだしに無理矢理押しかけてきたものの、本当は落ち込んでいるだろう私の気を紛らわせようとしてくれているのだとわかっていた。心地よい友との時間。ラウルのおかげで柳くんの事は思ったよりも傷は浅かったが、さらに癒されていくような気がした。

「あれ? 珍しく弟くんのも干してるんだね」

「へっ?」

 突然の桜子の呟きに、思わず声が裏返る。はっと後ろを振り返れば、レースのカーテンの向こうに、庭に干していた洗濯物がひらひら舞っているのが見えた。昨日ラウルが着ていた物もある。部屋の中を片付けることで頭がいっぱいで、庭はの方は失念していた。

「いや、えーと、それは……」

 直ぐに言い訳が思い浮かばない。防犯の為に父親の洗濯物は干す習慣があるが、弟の物はそうでないのを桜子は知っている。

 しどろもどろの私をしばし見つめ、桜子はふっと笑うと立ち上がり、私の隣にストンと腰を下ろした。片手で私の頭をぐいっと抱きよせ、くしゃくしゃと私の長い髪を撫でる。

「まったく。寂しいなら傍にいる人にちゃんと甘えなさい。遠くにいる弟くん思い出して洗濯なんかしてないでさ」

「……桜子、忙しいから、余計な時間とらせちゃ悪いかなーって」

 本当の事が話せないことを心苦しく思いつつも、桜子の温もりが心地よくて、桜子の肩に頭をもたせかけながら甘えた声を出す。髪を撫でていた手が、私の頭を軽く叩いた。

「何言ってんの。友達の傍にいるのが余計な時間なわけないでしょ。気を使ってないで、今度からちゃんと呼ぶ。友達だと思ってるならね」

「ありがと、桜子。大好き!」

 がばっと抱きつくと、桜子はくすくすと笑った。その耳元に、小さく囁く。

「今日も来てくれて、ありがと」

「今日は猫を見に押しかけただけで、礼を言われるようなことはしてないけど?」

 押し付け過ぎない桜子の優しさが、心地いい。その分、隠しごとがあることが胸に痛い。

「何してんの?」

 桜子に抱きついたままでいると、背後から蓮の声がした。桜子から離れてそちらを見ると、疲れ切ってくたっと尻尾を垂らしたラウルが蓮の腕に抱かれている。

「んー、葵はブラコンだって話」

「いや、それ話まとめすぎ」

 女の友情をすっとばして説明した桜子に突っ込むが、桜子はそれをスルーし、きょとんとした蓮を見て唇の片端をあげた。

「そう言えば、蓮はシスコンよね」

「え? 蓮ってお姉さんか妹いるの?」

「ひまわりはともかく、俺はそんなんじゃない!」

 かぁっと赤くなった蓮に隙ができたのか、ラウルがぴょんっと飛び降りて私のもとに駆け寄ってきた。私はラウルを抱き上げ、くすっと笑う。

「うろたえるって事は、事実?」

「おいコラひまわり! お前まで!」

 眉根をよせる蓮。この歳でシスコン呼ばわりは不服らしい。

「だって昔、お姉さんが結婚する時大泣きしてたでしょ」

「そうなんだ?」

「だーっ! そんなガキの頃の話、忘れてくれっ!」

 慌てつつも否定しないという事は、どうやら本当のことらしい。私は二人と中学からの付き合いだが、桜子と蓮はもっと幼い頃からの知り合いだ。

「僕のお姉ちゃんとるなーって叫んでた頃が懐かしいなー」

「桜子姐さんっ!」

 どんだけ桜子に弱みを握られているんだろうと思いつつ、二人のやり取りを楽しく眺める。ラウルは呆れた眼差しを向けつつ、ゆらゆらと尻尾を揺らしている。

「お美しいお姉さまは元気? 海外赴任中のかっこいいお兄様についていってるんだっけ?」

「あのバカ男のどこがかっこいいんだっ!」

「その反応がシスコン」

 意地悪く笑う桜子に、がっくりと項垂れる蓮。桜子にはどうあがいても勝てそうにない。

「勘弁してください……」

 しばしのやり取りの後、観念したように桜子に頭を下げる蓮。そんな蓮を見て、ラウルはざまあ見ろと言わんばかりに瞳を細め、嬉しそうにみぃっと鳴いた。

「おっと、もうこんな時間か」

「あれ、姐さんもう帰んの?」

「これからバイト」

 桜子が時計を見て慌てて玄関に向かおうとすると、ちょっと困ったような表情を見せる蓮。

「じゃ、俺も帰るな」

「なんで? 急ぎ? まだケーキ食べてないじゃない」

 一緒に玄関に行ってからそう尋ねると、蓮はぽりぽりと頭をかく。なんだか困っているようだが、よくわからない。

「えーっと、家で男と二人きりはどうなのかなーと……」

「は?」

 私がきょとんとしたのを見て、なんとも複雑そうな顔をしてため息をつく蓮。桜子は靴を履きながら噴き出している。

「気を使ってくれるのは嬉しいけど、大丈夫だよ? だって、蓮だし」

「……うん。そうだよな。お前はそういう奴だ」

 何故か哀愁漂う表情で呟いた後、蓮はがくりとうな垂れる。意味がわからず、桜子に尋ねる様に視線をおくったが、桜子は笑って私の肩を叩くと颯爽と去っていった。

 よくわからないまま、気を取り直した様子の蓮とリビングに戻り、お皿に用意しておいたケーキを食べ始める。冷めてしまった紅茶を入れなおす私の横で、ラウルがざまあみろと言わんばかりの表情で短く鳴くと、再び二人のバトルが始まったのだった。


2013.4.15 改稿

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