第15話
「まったく、ヒナタアオイは男を見る目が無いのだな」
私が泣き止みはじめた頃、優しく髪を撫でながらからかうような声でラウルがそう言った。
「うるさい」
ラウルの腕の中で鼻声のまま言い返すと、くすっと笑うラウル。
「そのほうが、ヒナタアオイらしいぞ」
「どんな女よっ」
「こんな女であろう?」
ずずっと鼻をすすって上目遣いで見ると、柔らかく微笑んだラウルの瞳が私を見つめていた。可愛くない言い方だが、上辺だけの優しい言葉よりずっと温かい感じがした。
言いたい事ははっきり言う私を、そのまま私として受け止めてくれる安心感。無理して自分をつくる事より、ずっと落ち着ける。
「しかし、お前はついておる」
ふふんっと、自信に満ちた笑顔のラウル。
「何がよ」
「昔の恋を忘れるには、新しい恋が一番というではないか。目の前にこんなにいい男がいるのだぞ。運がいいではないか、ヒナタアオイ」
自信満々に言い放つラウルに、思わず笑ってしまう。柳くんに向かっていったあのかっこよかったラウルはどこへ行ったのだろう。
「むぅ! 何を笑っておるか!」
「いやいや、ラウルだなーと思って」
「どんなだっ!」
「こんなでしょう?」
同じ事を言い返されて、悔しそうにぷうっと頬を膨らませるラウル。
だけど、こんな自然なやりとりが、下手な慰めの言葉よりもずっと心を癒してくれた。
「でも、さっきのラウルはすごくかっこよかったよ」
言葉も態度も雰囲気も、今の可愛いラウルからは想像もつかないほど男らしかった。
感謝の意もこめて言った私の言葉に、ラウルの顔がぱあっと輝く。
「惚れたかっ!?」
「は?」
「そうか、惚れたのかっ!!」
「いやいやいや」
否定する私の言葉は聞こえていないのか、満足そうに頷いているラウル。どうしてこうマイペースなのかと、苦笑いする私を気にもとめていない。
小さな手で私の頬をそっと包むと、にっこりと微笑んで唇を近づける。柔らかな唇がそっと私の口に触れると、当然のように光に包まれラウルは猫に変身した。
「……みぃ」
何故だと言わんばかりの眼差しで短く鳴いたラウルを、私はくすくすと笑いながら抱き上げた。
「あたりまえでしょ。真実の愛なんて、そう簡単に芽生えるもんじゃないわよ」
だらんと尻尾をたらして、がっくりしているらしいラウル。
頭突きで人間に戻る事が多いが、今回は優しく黒猫ラウルの額にキスをする。光と共に人の姿を取り戻したラウルは、少しすねたような表情だ。
何かを言おうとして、かわりにくしゅんっとくしゃみをする。
「しょっちゅう裸になるからよ」
「好きでなっているわけではないぞ」
頭からかぶせてあげたパーカーに腕を通しながら、ラウルは不服そうに言った。
「何? その手」
袖から現れたラウルの手のひらに何かが書いてあるのに気づいて問う。
「ん? あぁ、これか」
そう言いながら、残りの服を着ていくラウル。着替え終わると、両方の手のひらを私に向けた。そこには、急いで書いたような何かの紋様。
「魔方陣だ。これは、風の魔法でな、使う魔法によって形は全て違う」
「魔法って……」
そう言えば、火を出した時空中に何かを描いていた。それを、手に描いておいたわけだ。
「ってことは、さっき柳くんを投げ飛ばしたのって……」
「そう。風の魔法で奴の体を浮かせだのだ。見事に投げているように見えたであろう」
ふふんっと笑うラウルに、ちょっと感心する。ばれないように魔法を使ったのは褒めてあげたい所だ。
「まぁ、そんなことはどうでもよい。終わりよければ全てよしという言葉があったな。良い誕生日にしようではないか。ちょっと待っておれ!」
そう言うと、軽い足取りで二階へあがっていくラウル。
そう言えば、何かを一生懸命作っていてくれた。
何をくれるのだろうと微笑んだ時、インターフォンのチャイムが鳴った。柳くんが戻ってきたのではとびくっと肩を震わす。恐る恐るインターフォンに出ると、返ってきたのは宅配業者の声。母からの贈り物が届いたらしい。玄関を開けると、二つの荷物を持った宅配業者がいた。判を押し、玄関を閉めてから荷物を確認すると、一つはやはり母から。しかし、一つは差出人の名前に覚えがない。
ひとり首をかしげていると、二階からラウルが軽やかに降りてきた。
「何をしている、早くご馳走を食べようではないか」
「そうね、温め直して食べようか」
パーカーのポケットの中で何かを握りしめながらリビングに入っていったラウルの後について、部屋に戻る。荷物はとりあえず部屋の片隅においておいた。
冷めてしまった料理を温め直し、二人で食卓に着く。そんなに期待していないと言った割には、美味しそうな顔で料理を頬張るラウル。一人の食卓に慣れてきていたが、やっぱり一緒に食べてくれる誰かがいるのは嬉しいものだ。
「うむ。なかなかのものだった」
「それはどうも」
満足そうに言ったラウルの口の周りについた、ケーキのクリームを拭う。
柳くんに向かっていった時は少し大人びていたけど、こうしてみるとやっぱり子供だ。
「なんだ? ヒナタアオイ」
じっと見つめていた私をきょとんと見返すラウル。
「なんでもないよ」
「そうか? それならよい」
そう言って立ち上がると、テーブルの向かい側にいた私のところへとことこと歩いてくるラウル。そして、ポケットに手を入れにっと笑った。
「誕生日の祝いの品だ」
ラウルの手のひらには、銀の小花のついた可愛いヘアピン。私が前髪をピンで留めているのを見て、プレゼントを思いついたのかもしれない。なかなか目ざとい。
「すごーい! これ、ラウルが作ったんだよね」
「当然だ」
自信満々の笑みを浮かべ、嬉しそうに目を細めるラウル。
ピンの部分も銀色で、どこかから廃材を拾ってきたのか、小花は細い針金を編み込むようにして作った物だった。ラウルは器用らしい。
「しかも、なんかキラキラしてる?」
角度を変えると、まるで宝石がちりばめられているかのように小花がキラキラと輝く。でも、素材はどう見てもただの針金だ。
「弱い光の魔法をかけてあるのだ。しばらくすると効力が切れるだろうが、そうしたらまたかけなおしてやろう」
「ありがと」
もらったピンを前髪に留めてから、ぎゅっとラウルを抱きしめる。
「国にいれば、もっと良い物もあげられるのだがな」
「ううん。私のために手作りしてくれたんだもん。すごく嬉しいよ」
「うむ」
少し照れたように頷くラウルが可愛くて、頭をくしゃくしゃっと思いっきり撫でる。
「むぅ! 何をするっ」
そう言いながらもされるがままのラウル。柔らかな髪が心地よかった。
「ところで、あれはなんだ?」
食後のお茶をソファに座って飲み始めると、ラウルが届けられた荷物を指差した。
「あぁ、お母さんからのプレゼント。と、もう一つはなんだろう?」
荷物を二つともソファまで持ってきて、まず母からの贈り物を開封する。中から出てきたのは、欲しかったブランドの財布。ラウルのプレゼント以上の反応をしちゃいけないと思って平静を装いつつ、心の中ではガッツポーズを決める。あまり高価なものを買ってくれることは今までなかったから、一人暮らしで頑張っているご褒美も兼ねてかもしれない。
密かに喜んでいる私の横で、まだ開けていない方の荷物をじっと見つめているラウル。
「こっちをあけても良いか?」
「いいけど、何か気になるの?」
「うむ。なにやら、知った感覚が……」
「?」
首を傾げた私の横で、もう一つの届け物をゆっくりと開封するラウル。包み紙をとった後、出てきた小箱の蓋をそっと開ける。
「和服?」
中に入っていたのは、紺碧の着物に紺色の袴、紫紺の袖のない羽織らしきもの。そして、一枚の手紙とネックレス。
「やはり……」
何やら納得しているラウルの横から、その手紙を手にとって目を通す。
『ラウルの住処が決まったようなので、ラウルがいつも着ている着物を送ります。あと、毎度裸になるのもどうかと思ったので、ネックレスも入れておきました。葵ちゃん、ラウルをどうぞ宜しくね。 父より』
突っ込みたいところが山盛りすぎて、一瞬固まった。
「これか、父上の魔力を僅かに感じたのは」
私の隣で、ネックレスを手にとるラウル。うまくつけられないようなので、変わりにつけてあげる。
「魔力って?」
「何か魔法がかけられているようなのだが……」
ラウルがヘアピンに魔法をかけたように、このネックレスにも何か魔法がかけられているのだろう。しかし、見たところはごく普通のネックレス。ラウルも魔法の正体がわからないらしい。
「裸がどうのって書いてあるから、変身に関係あるんじゃない?」
「そうかもしれぬな」
そう言うと、さっそく試すつもりかちゅっと軽く私の唇に触れるラウル。ふわりと光に包まれて猫に戻る。
「あ、なるほど」
いつもは服がその場に残るのに、今はない。代わりに、黒猫の首には赤い首輪。ラウルがせがむのですぐに額にキスをすると、人に戻ったラウルは変身前のまま服を着ていた。どうやら、服ごと変身できる魔法がかけられていたらしい。
便利なグッズだが、ラウルは素直に喜んでいない様子。
「こんな便利な魔法があるなら、最初からよこさぬかー!」
遠くの地にいる父親への叫びに、私はもっともだと頷いたのだった。
2013.4.11 21:57 改稿