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ペットな王子様  作者: 水無月
第二章:王子様と好きだった人
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第14章

「その手を放さぬかっ!」

 憤りを隠せぬラウルの声に、柳くんは私を押さえつける手を少し緩めた。

 素直に言うことを聞いた訳ではない。ラウルに脅すような眼差しを向けている。

「弟か? ガキは引っ込んでろ。大人の時間だ」

「大人だと? 笑わせるな」

 柳くんの言葉を、ふんっと鼻で笑うラウル。

 バカにした様な仕草に、柳くんがムッとするのがわかった。

 ラウルはそんな彼の様子を気にせず、ゆっくりと近づいてくる。

「か弱き女性を力で支配しようとし、さらには言葉で傷付ける男の風上にも置けない者が、大人だと?」

 柳くんは私から手を離すとラウルに向き直った。私は反射的に乱れた衣服を整え、ラウルを見つめる。

 ラウルは彼の視線を気にすることなく、一歩一歩踏みしめるように歩いてきた。

「ヒナタアオイが見た目だけだとぬかしおったな。それは貴様に見る目がないだけであろう」

「なんだと?」

「まー確かに素直ではないし、年のわりに口うるさいところもある」

「おい」

 思わず小さくつっこむと、ラウルは柔らかな眼差しを私に向けた。

「だが、お人よしで優しく、面倒見が良い。それに、料理もうまいぞ。ほんの少し一緒にいるだけでそれだけの事がわかるのだ。共にした時間が多ければ、もっと多くの魅力がわかるはずだ」

 ラウルの言葉に、今までの恐怖が和らぐのがわかった。冷えた心に、暖かな風が吹き込む。

 そして、ラウルは再び鋭い眼差しを柳くんに向けた。

「それがわからぬのは、貴様の目が曇っているからだと思うが?」

「俺の前ではただ大人しいだけの女だったんだよ」

「ほう」

 嘲笑うようなラウルに、顔を引きつらせる柳くん。

「女性の魅力をいかに引き出すかは、その男の器量次第。何の魅力も引き出せなかったとは、貴様の器量のなさを露呈したようなものだな」

「なっ……」

 あのお子様で可愛いはずのラウルが、完全に柳くんを言い負かしている。

 ぎりっと奥歯をかみ締めて、顔を赤くする柳くん。彼は立ち上がると、目の前に迫ってきたラウルの胸倉を乱暴につかんだ。

「ちょっ! 子供に何する気っ!?」

 止めようと床に足をついた私を、ラウルが目で制す。怒りと自信に満ち溢れた瞳。

「口で勝てぬなら暴力とは、ほとほと器の小さい男よのう」

 恐れもなく自分よりはるかに背の高い柳くんを睨み返している。

「ガキが生意気な口きいてんじゃねーよっ」

「ラウルっ!」

 振り上げられた拳を見て、思わず叫ぶ。

 しかし、ラウルの強気な表情は揺らぐ事はなかった。

 拳を小さな手のひらで受け止めると同時に、もう片方の手で彼の体をつかむ。

 その瞬間、柳くんの体がふわりと浮き、そして見事に一回転すると床に叩きつけられた。

 華奢なラウルからは想像も出来ない、見事な投げ技。

 受身も取れなかった柳くんは一瞬息が出来なかったのか、一拍おいてから苦しそうにげほげほと咳き込んだ。そんな彼を、ラウルは超然と見下ろしている。

「痴れ者がっ! まだわからぬか!!」

 そう言ったラウルは、ただの怒れる子供には見えなかった。

「力や恐怖で支配しようなど、もっとも愚劣な行為。子供に口でも力でも負けた気分はどうだ? 少しは、やられる側の気持ちも思い知ったのではないか」

 凛とした眼差しに、温かだが全てを圧倒するようなオーラ。

 それはまさに、いずれは一国を背負うであろう王者の姿だった。

 柳くんもそれを感じてか、何も言えずにただ呆然とラウルを見返している。

 そんな彼の表情を見て、ラウルは私に視線を移した。

「ヒナタアオイも何か言ってやれ。やられっぱなしは性にあわないであろう」

 にっと笑うラウル。オレがいるから怖くないだろうと、瞳が言っている気がした。

 その眼差しに励まされるかのように、私はすっくと立ち上がった。指にはめられた指輪を抜き、握り締める。

「こんなんで乙女の純情奪われてたまるかっ!」

 叫ぶと同時に、指輪を彼のそばの床に叩きつけた。ころがる指輪を黙って見つめる柳くん。どんな思いでそれを見ているのかわからなかった。彼の行為はショックで、悲しくて、怖くて、許せなかった。だけど、彼からもらった気持ちはそれだけじゃない。

「でも、ね」

 小さい声で続けた私を、柳くんは床に座ったままじっと見つめた。

「一緒にいてくれた時間、私は楽しかった。嬉しかった。幸せだった。それは、嘘じゃない。だから……今までありがとう」

 たとえ彼の行動に裏があったとしても、その時私が感じた想いまで嘘にしたくなかった。偽りの優しさだったとしても、あの時の私は確かに幸せだったから……。

「葵……」

 戸惑うような瞳で私を見つめながら、彼は呟くように私の名を呼んだ。

 呼ばれるたびに感じた幸せはもうない。もう、好きになる事もないだろう。だけど、憎しみ続ける事もない。

「いい女であろう。お前にはもったいない」

 満足げに私を見つめながら言ったラウルの言葉に、柳くんは反論もせずにただうつむいた。少しは反省してくれたのかも、と思う私は甘いのだろうか。

「わかったならさっさと失せろ。お前が台無しにしてくれた誕生日、残りの時間くらい楽しくすごさせてやりたいのでな」

 ラウルがそう言うと、柳くんはゆっくりと立ち上がった。そして、何も言わずに背を向けて玄関に歩いていく。

「さよなら」

 呟くような私の声にも反応することなく、彼は家を出て行った。

 しんっと家が静まり返る。

 ぽろりと、私の瞳から涙が零れ落ちた。

「ヒナタアオイ」

 優しく名を呼んでくれたラウルの声に、さらに涙が溢れてくる。

 悲しかったのか、ほっとしたのか、よくわからなかった。ただただ、涙が止まらなかった。

「しょうがないのう」

 ラウルは優しくそう言うと、ぺたんと床に座りこんで涙を流す私を、小さな腕でそっと抱きしめ、私の長い髪を、優しく撫でてくれた。

2013.4.11 21:33 改稿

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