第11話
美味しいランチに、綺麗な水族館。おしゃれなカフェで一休みしてから公園をお散歩。私の指には柳くんのプレゼントしてくれた指輪。面白い話をたくさんしてくれて、そつなく優しくリードしてくれて、楽しいデートのはずだった。
でも、あまりにもいつもと同じ柳くんにどこか心を許せなくなっている自分がいる。
一昨日の事は、もう何も言わなかった。私も何も聞けないでいる。
でも、今まで気にもならなかったメールや電話も、もしかしたらと疑ってしまう。
今までだって不安がなかったわけじゃない。柳くんはおしゃれでかっこよくて、女の子の扱いも慣れている感じで、優しい。
私はかわいいと言える自信もないし、好きな人の前だと緊張してうまく話す事もできない。
私なんかが柳くんと付き合っていいのかと思うことも多かった。だから、他の女の子と歩いている時、自分が本命じゃなかったと、素直にそう思ったのに……。
「何?」
誰からかのメールに返信していた柳くんは、横顔をじっと見つめた私にそう言って笑顔を向けた。
「ううん。なんでもない」
ごまかすように、微笑む。いくら疑った所で、柳くんを問い詰める勇気はなかった。好きな人にはとことん弱い自分が情けない。
「葵。夕飯はどうする?」
パタンと携帯を閉じ、柳くんは私を見つめた。
「俺はさ、ケーキと何かご馳走買って、葵の家で食べたいんだけど」
「うち……で?」
「うん」
私が一人暮らしなのは柳くんも知っている。付き合って約三カ月だが、玄関まではともかく、今まで一度も家にあげたことはない。なんというか……現在は清らかなお付き合いだ。
「ダメ?」
「え……と」
深い意味がこめられているようで、思わずうつむく。昨日の事がなければ、それでもよかったかもしれない。でも、今はそんな気持ちにはなれない。
「あの……」
「葵」
口を開く前に、柳くんに抱きすくめられる。
「もっと一緒にいたいんだ。いいだろ?」
「…………」
耳元の優しい声に、どうしていいかわからなくなる。
その時だった。
みゃあーと、足もとで猫の鳴き声。
お腹をすかせているラウルが頭をよぎる。
一人寝を嫌がったラウル。私を祝おうとキラキラした瞳で飛び回っていたラウル。そして、私を見送ってくれた少し寂しげなラウル……。
気がつけば、柳くんの腕を振り解いていた。
「ごめんなさい。今日は、帰るね。お祝いしてくれて、ありがとう」
何か話したらまた流されそうな気がして、そのまま走り出す。背後で私の名を呼ぶ声がしたが、私は振り返らなかった。
もう日が落ちているからと、なんだか焦りながら夕飯とケーキを買っている自分が、子持ちの主婦のようだと内心苦笑いする。
ブラコンだと、前から自覚していた。年の離れた弟を母のように面倒を見て可愛がっていたのは自他共に認めるところだ。だから、弟と似たような年のラウルが放っておけないに違いない。
そう、自分を納得させていた。
「ただいま」
玄関を開けると、だだだだっと階段を駆け下りる音。少しすねた顔のラウルがお出迎えだ。
「お、遅かったでは……」
上目遣いでそこまで言うと、ラウルははっとしたように言葉を呑んだ。一度視線をそらして何か考えてから、再び私を見上げる。
「せっかくの誕生日。もっとゆっくりしてきてもよかったのだぞ」
ふふんっと余裕の笑みを浮かべているが、最初の一言で強がりだとばればれだ。それでも、気遣ってくれた事が嬉しくて、自然と笑みが浮かぶ。
「ありがと。でも十分楽しんできたから大丈夫。それより、ご馳走とケーキ買ってきたから、一緒に食べよ」
「なぬ? ご馳走!」
とたんに心からの笑顔になるラウル。やっぱり子供だなーと思いつつ、ラウルが王子様だったことを思い出してちょっと焦る。
「我が家では、これがご馳走って意味よ」
「うむ。そんなに期待しておらぬから安心しろ」
フォローした私に、即答するラウル。
「うわ、むかつく」
私の返事を気にもせず、買い物袋をうきうきと運んでいくラウル。気を使わずに言い合える相手と一緒だと、なんだか気が楽だ。
軽口を叩きあいながらも、ラウルに手伝わせて夕飯の支度をする。
弟が戻ってきたような、心地よい時間。
しかし、それはチャイムと共に破られた。
「はい」
インターフォンに出たものの、しばしの沈黙。
「どちらさまですか?」
たずねた私の耳に入ってきたのは、柳くんの声だった。
2013.4.10 22:19 改稿