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敗戦  作者: や
2/3

敗戦2 1960年、日本でテレビのカラー放送開始。カラーテレビはとても凡人に手の届く値段じゃなかった

 とんとん、と肩を冷たいものでつつかれて見上げれば、そこにいるのはミャンマーの生きてない人だ。

 肌は紫に近い白、死斑だろうか、目の下が青黒く、白目がむき出しの、若い女性だ。腕は焼けただれ、髪の長さが不自然に揃っていない。爪もない。

 拷問された死者だろうか。

 政治的に不安定なミャンマーでは、珍しくない死者だった。

 なにも映さない目で、俺の背後にぬぅっと立っている。

「すまん、今かまってられん」

 日本式に頭を下げてぴっと全指立った〝スミマセンハンド〟で謝る。

 日本式謝罪は、ロシアに行っても、中東に逃げても、アマゾンの奥地に隠れても、開き直ってピラミッドに登ってさえ、抜けなかった。

 死者に背を向けて、自分が入って来た路地の入口に神経を集中する。

 ミャンマー訛りの英語が、ゴキブリの這う壁に反響する。

「確かにこの辺りで見失ったのか」

「やばい、メリケン野郎が勘づいたそうだ」

「シンタローは日本人だ。日米の摩擦を考えれば、アメリカには脅威だろう」

(いやアメリカは。呪術大国ミャンマーほど俺なんかにビビらんだろう)

 ミレニアムも過ぎて十年余り。ミャンマーには今でも、黒魔術が生きている。

 そういうところで霊能を無茶苦茶に使うと、無茶苦茶な裏組織に無茶苦茶な利用価値を見出され、無茶苦茶逃げる羽目になる、というのが、俺が日本から逃げて紡いできた碌でもない職歴だ。

 とんとん。

 冷たい指が、またも俺を突く。まだ居たのか。無視を決める。

 追手連中が一端散るが、魂の気配が遠くには行っていない。

 またいずれ、ここに戻って来るだろう。奴らはこの辺を気にかけている。未練、てやつだ。

 とんとん。

(早くここを離れた方がいい。でも、追手は三人もいる。距離をとりたい)

 周辺地図を思い出す。

 とんとん。

「よしいいだろう、俺は率直に同情してる。俺仏教民、ミャンマー大体仏教民、宗派の違い? なにそれ深い? イスラムだったらごめん、でもねぇちゃん多分、民主化民。

 運動で捕まって殺された活動家。Right?」

 死者に応えはない。ぬぅっと立ったままだ。俺は眉を上下させ、欧米風に「オーケー」と言った。咳払いを一つ。追手の気配は、近くて遠い。いいだろう。

『貴女は休むべき人だ。もう苦しまなくていいんですよ』

 ふわ、と女性の不揃いの髪が浮き上がった。肌に色が、白目に黒目が、指先に爪が戻っていく。けれど腕の傷は消えない。彼女の魂に刻まれた傷、ということだ。

 俺は同情する。

『おやすみなさい』

 霊能を込めて言えば、彼女は笑いながら、金の粉になって消えていく。

(笑うと、なんだ、まだ子供じゃないか)

 ハイティーンだろう。

 全身が消える前、彼女はただれた腕で、路地の一角を指さした。

 錆びた扉。

 心霊が素直なんでなく、俺の言葉に強制力がある、だから失せろと言われれば奴らは退くのだ、ということに気づいたのは、俺が彼女くらいの年の頃。

 日本では、こういう能力を言霊という。

 修行だ祈祷だ苦行だやって、やっとぼんやり使えるようになる能力だ。

 そういう能力を生まれながら自在に行使できるということは、断じて、ギフトでもラッキーでもない。


 言霊師。


 俺みたいな霊能は、先天的に能力があったか後天的に努力して会得したかはさらっと無視してそう呼ばれる。

 俺から見りゃ、キレイきれいにラッピングされた、ひとつの特性だ。

 どうしてこういう風に生まれたんだろう、と、思わなかった歳はない。

 どうして、ここに、こういう形態でしか生まれられなかったかな。

 例えば民主化されたあとの国。民主化に興味を持たない性格。もしくは誰にも捕まらないくらい、早い足に生まれていたら。

(存在するかさえ知り得ない、生まれる前の状態に未練がある)

 興味でなく、未練だ。矛と盾だな。

 遠く、携帯電話の音が追手の魂を結ぶ。未練がひとかたまりとなる。

「おい、今なにか起きなかったか?」

「なにか? なにも感じなかったが」

「わからんぞ、地脈が活気づいてる」

(来る)

 こちらも霊能なら、向こうも霊能。

 同じ穴のムジナ同士、ケツをかぎ合う負け犬仲間ってこった。

 俺は死者が指さした扉に向かった。上下式ドアノブ。把手を回しても、がきっとした反応が返ってくるばかり。咳ばらいをひとつ。

『開きな』

 次、ノブを回した時にはすんなり開く。

 地下に続く階段。裸電球が下がっているが、手元のスイッチは反応しない。

(活動家の地下アジトか、それとも逃げ道か、彼女の死んだ拷問部屋か)

 いずれにしろ、ここでじっとしてるよりはマシじゃない?

 俺は扉を閉じて、真っ暗闇の中、命じた。

『永遠に閉ざせ。灯りをつけろ。誰様が通ると思ってる』

 裸電球がパンと点く。驚いた蟲たちが影を求めて左右に退く。

 階段にとっては同じこと、蟲が這うか、人間が踏むか。足の下には変わりない。

(そりゃあね。幽霊相手だけでなく、物理的にこんなことができてしまったらね)

 首に輪っかでもはめておかないと、世界は安心できないだろう。

(しかしまぁ、これ一斉摘発かなんかあったんじゃないの?)

 漂う無念の多いこと、蟲と呼ばれる形になって、隠れたい隠れたいと地下に潜る。


(でも人死にはなかった、か? 死者がいないなぁ。拷問部屋のセンは消えたな。

 扉封印しちゃったけど、出たい人とかいないよね~?)


 俺は軽快に地下に下りて行った。

 皆々様の足の下へ。

 隠れ隠れたい蟲と同道。

 いいじゃないか、オカルトの語源はラテン語「隠されたもの」だ。


 隠された宝物って、大体金銭的価値があるから隠されるんだよな。

 俺が真価を隠蔽されたバカなガキに出会うのは、少し先。

 本当にね、なんでね、ここにこんな風にこんなかたちで生じてしまうかねってガキ。


(湿気がな~~~。やりきれないんだよな~~。なんだかんだ、俺の出身てカラっとしてたんだな~~)


 竹の子族もヒッピーブームもボディコンシャスも素通りしたバブルの恩恵なきド田舎。

 バブル崩壊の轟音だけはかわせなかった、今は地図にない(※町村合併した)故郷。

 人間はもつれながら続くから、「ガジュ丸が故郷に帰れました。とっぴんぱらりのぷぅ」とはいかない。


 苦難の地には、金をチラつかせた黒系魔法使いが来る。


 俺の時は、ま、順当に電話から始まったな。


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