麗しの王太子様が、「タピオカ飲みたい」と呟いた件について
見事にふざけてしまいました。
作者が息抜きの為に勢いで書いたので設定その他諸々甘いです。お許し下さい。
前世、どうやって死んだかは覚えていない。でも多分、トラックに轢かれたとか、ブラック企業に勤めて過労死したとかそんなありきたりなものだと思う。
そうやって転生して、私は公爵令嬢、ルル・ネージュとして生きて15年の時が経った。貴族としてのお作法やこの世界の常識諸々を身につけ、もうすっかりこの世界に馴染んだ頃だった。
王太子様が結婚相手を探している。
そんな噂が貴族中に広まり、貴族令嬢がこぞって王宮に出向き、お見合いが繰り広げられることとなった。私もその例に漏れず、父親に後押しされて王宮の応接間までやってきて。
そうして王太子様と二人きり。まず簡単に自己紹介してから、今日は天気が良いですわね、とか、ご趣味はなんですの?とか適当な話題を振ろう。と、考えたその時。
「……タピオカ飲みたい」
そう、王太子は呟いたのだ。
*****
「…………え?」
どのくらい黙ってたか分からない。あまりの衝撃に、脳内の処理が追いつかなかった。え、なんて言ったこの人。『タピオカ』?え、……タピオカ?あの、タピオカ?
王太子レイジェフ様といえば、完璧超人で有名な方だ。勉学に秀でていて、論文を書かせれば学者顔負け。剣技は騎士団長と互角。ついでにお顔は国宝級の美しさを誇る。それは噂に違わず、人間を疑うほどの精巧な作りをしていた。
そんな人が、「タピオカ飲みたい」?
「……どうしたの。固まっているけど」
不思議そうに見つめる王太子はあまりにもこの世界に馴染みすぎている。
だが当然、タピオカはこの世界に存在しない。
と、いうことは。
「王太子殿下は、転生者ですよね」
「え!?なんで分かったんだい!?」
「いや、今さっきタピオカ飲みたいって仰ったじゃないですか」
王太子は目を見開いた。大きなお目目だ。目ん玉が転げ落ちそう。怖い。
「…………言った?」
「言いましたよ。結構はっきりと」
「ほとんど無意識だった。見合い続きで、休憩してなくてさ。喉がカラカラで、何か飲み物が飲みたくて仕方なかったんだと思う。ごめんね」
「いえ……」
謝られても。
というか、ザ!王太子!みたいな人とタピオカがあまりにもマッチしてなさすぎて、違和感が凄い。
って、そうじゃなくて。話題話題……
「……タピオカお好きなんですか?」
「うん。あの黒い粒々が好きなんだよね。もちっとしててさ」
「キャッサバが原料のあれですか」
「へえ、あれキャッサバ?から出来てるんだ。そうなんだ。知らなかったよ」
「ちなみに、何から出来てると思っていたんですか?」
「しらたま団子」
思わず吹き出してしまった。
王太子様、可愛すぎない?しらたま団子か……まあ、合いそうだけど。
「タピオカか……久しぶりに聞きました。懐かしいなあ。流行りましたよね。数回友達と飲みに行った記憶があります」
「もしかして、君も転生者?」
「今ですか?」
「そうか。……そうなんだね」
王太子はふわりと嬉しそうに微笑む。その笑みはあまりにも美しくて、正面からまともに食らった私は思わず赤面してしまった。
「僕も流行っていた時は頻繁に飲みに行ってたよ。最初は遠くまで行かないといけなかったのが、暫くしたら近所に出来始めてね。流行終わりかけの時に」
「あるあるですね」
「転生してからも、時々飲みたくなるんだよ。美味しかったっていうのもあるけど、なんというか故郷が懐かしいっていうか……」
中世のヨーロッパを体現したようなこの世界に、タピオカなんてものはない。タピオカが出来たのが1980年過ぎだったというし。
懐かしむ王太子の姿を見ていたら、私まで前世のあの世界が懐かしくなってきた。
タピオカ飲みたい……
「多分私、タピオカブーム期に死んで転生したんですよね。多分、第3次ブーム」
「3回ブームが来ていたんだ。知らなかったな」
「確か、第1次が1990年くらいで、第2次が2008年だったかな。それで第3次が2018年ですね」
「そうだったんだ。それなら僕も君と同じ、第3次ブーム期に死んでるな。タピオカと共に終焉を迎えたってやつだね」
「素晴らしい笑顔で面白いこと言わないで下さいよ……」
同じ転生者で、同じ世代。なんとなく親近感が湧いた矢先、王太子がぽつりと呟いた。
「今、何がきてるんだろうね」
「お菓子とか飲み物のブームがって事ですか」
「そう。あれ、唐突にくるからさ。急に気になって」
「……1周回ってティラミスとか」
「僕はみたらし団子かな」
「100周くらい回りましたね」
団子系好きなのかな。
何とかして作れたらいいな。よさそうな原料を見つけてしらたま団子を作れば、その団子を黒く着色して擬似のタピオカも作れそうだし。そうしたら、王太子もきっと凄く喜んで下さるだろう。
……って私、何考えた?
「阿闍梨餅とか、八つ橋もブーム来るんじゃないかな。ね、そう思わない?」
「お好きなんですね」
「姉が、京都の修学旅行のお土産で買ってきてくれてね。そこから好きになったんだよ」
「へえ、京都ですか。私は北海道でした、確か」
「僕からすれば、修学旅行に行けたのが羨ましいよ。一個上が問題を起こして、僕の代は京都市内のホテル出禁で行けなかったんだ」
近場で済まされたから、辛かったなぁ。
王太子はそう言って笑った。私も釣られて微笑む。あるあるトークで凄い和んでしまっている。完璧な人と聞いていたから、どんな凄い人なんだろうと思ったら、案外話しやすい人でよかった。
まあ、転生者同士っていうのが一番大きいと思うけども。
「スマートフォンがあればいいのにな」
「唐突ですね」
「いや……原料とか、そういうの調べるの簡単そうだろう?」
「タピオカ飲みたいって言ってましたもんね」
「そうだね。君と一緒に飲めたらなって思うよ」
王太子が目を細める。向けられた眩しい笑みが直視できず、思わず目を背けた。
「あ、そうだ。自己紹介がまだだったね。僕はレイジェフ・アーノルディアだ」
「私はネージュ公爵の娘、ルルと申します」
「ルルって呼んでもいい?」
「はい。あの……私もレイジェフ様とお呼びしても?」
「もちろんだよ」
王太子――もといレイジェフ様が返事をしたその時、応接間の扉が開き、「時間です」と側近の人が声を掛けてくる。
そうして自己紹介を終えたと同時に、転生者同士の、昔を懐かしむ会は終わりを告げたのだった。
*****
「おめでとう。君は晴れて僕の婚約者だ」
そうして次の日。私はまた王宮に呼ばれ、レイジェフ様のいる応接間に通されていた。
開口一番に告げられたのは、そんな一言。
婚約者……?私が?
「あれ、嫌だった?」
「いえ、嫌じゃないですけど……」
「凄く戸惑っている様に見えたから。ああ、もしかして僕が他に側妃を置くと思ったから?置かないよ。この国では側妃を置くことが多いけど、僕はするつもりはない。ルルが嫌がることはしないって約束する」
力強く断言するレイジェフ様。正直、そこじゃない。
まさか自分が婚約者に選ばれるなんて、思ってもいなかったのだ。同じ転生者っていう共通点はあれど、他の御令嬢と比べれば私は平凡だし……
「なぜ私を選んで下さったのですか?」
「君が、1番好きだなあって思ったから」
好き。麗しいお顔で真っ正面からそんな事言われると、どきどきしてしまう。イケメンパワー……恐ろしい。
確かに、私としてもレイジェフ様とは凄く話が合うし、いいなとは思っていた。一緒にいて安心できるし……まあ、ちょっと不意打ちが多くて心臓に悪いところはあるけれど。
「婚約、してくれる?」
「……はい」
「本当に!?良かった……」
ふっとレイジェフ様は安心した様に微笑むと、私の手を掬い取る。そのまま流れるような動作で、私の手の甲にそっとキスを落とした。
「……!!」
さっそく心臓が止まった。
レイジェフ様は相変わらず微笑んだまま、じっと私を見ている。長い睫毛がくるりと上を向いていて、アメジストの瞳いっぱいに私の姿が映っていた。
「……レイジェフ様、本当に転生者ですか?」
「?うん。タピオカ飲みたいって昨日言っただろう?」
「言いましたけども……!」
仕草や出立ちを見れば、完璧に王太子だ。タピオカというとんでもないパワーワードをもってしても信じられなくなってきた。
「そんなに信じられない?ああ、僕がこういう口調だからかな。これに慣れるのに時間がかかったんだよ。最初は上手くいかなくて、つい例えば――」
「やっぱりレイジェフ様は転生者ですね!再確認しました!ありがとうございます!」
嫌な予感がしたので、慌てて止めた。
そんな私の様子にレイジェフ様は不思議そうな顔をしたものの、にっこりと微笑む。うっ……今日何度目か分からない心肺停止……
「じゃあ、改めて宜しくね。僕の未来のお嫁さん」
さらりと言うレイジェフ様。
その笑みは、眩しくて、温かくて――とびきり甘かった。
ちなみに、この後なんとかしらたま団子作りに成功し、疑似ではあるがタピオカの制作に続けて成功、タピオカを二人で飲むという念願の夢が叶ったのは、また別のお話。
閲覧ありがとうございました。ここまで読んで下さったあなたは、きっとタピオカの知識が増えた事でしょう。
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