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1.5 偉大な師

  街灯はなく、月と家屋から漏れ出る光だけが道を照らしている。

 時折、窓を開け放した家から楽しそうに談笑する声が聞こえてくる以外は静寂が辺りを支配する。


 そんな閑静な道を歩く影は2つのみ。


「いやぁ、意外だったよなぁ」


 沈黙を破り、グラッツが口火を切ったのはレオナの店から出て数分ほど経ってからのことだった。


「あのレオナちゃんが、弁償しなくていいって言うんだもんよぉ。こりゃあ明日は雨かな」


 いつも通りの飄々とした口ぶり。

 グラッツは遠くを見るように目の上に手を掲げながら、星が煌めく雲一つない夜空を見上げる。


 ウノもつられるように星の瞬きを目に映し、店でのやり取りを思い返していた。



 サムネルとかいう逆三角髭の紳士が店を出たあの後、グラッツは壊してしまった椅子の弁償を申し出た。


 が、レオナは、


「い、いや、いいさ。椅子の1つくらい。気にしなくていいよ」


 と終始ポケットを押さえながら、グラッツの申し出を断ったのである。


 レオナが人一倍金にうるさいことは、店の常連であれば周知の事実で、これを聞いた者は皆目玉が飛び出るほど驚いた。


 以前、酔っ払い2人がケンカを始めて机を大破させてしまったことがあった。

 その時、レオナは机の弁償はもちろん、“迷惑料”としてその場に居合わせた客全員分の酒を奢るよう言い渡した。


 ケンカ、とまではいかなくとも、その一歩手前までいった騒ぎによる破損だったのだ。

 今回も同様の償いが求められると、そう思っていたのはウノだけではないはずである。


 厨房へと立ち入る寸前、


「あ、“迷惑料”は払ってもらうよ」


 とウインクしながら付け加えたその言葉に、安堵すら覚えるほど弁償の免除は衝撃的な出来事だった。



 衝撃、ではあったが、ウノの頭を支配するのは、今後客に語り継がれるであろうレオナのその言動ではなかった。


 椅子の破片を集め片付けているグラッツを横目にフードに潜り込んでいるときも、


 ――取る弟子はじっくり吟味なさった方が良いですよ。


 グラッツが代金と“迷惑料”をレオナに粛々と手渡しているときも、


 ――“英雄”の弟子が『落ちぶれ転生者』とあっては、あなたの名も廃りましょう。


 店から出ようとするウノに、

「ウノくん、あんな髭面で金だけのじいさんの言葉なんか、気にする必要ないんだからね」

 とレオナが穴が開きそうなほどの勢いで背中を叩いたときも、


 ――あなたの名も廃りましょう。


 顔も知らないどこかの家族の団欒を聞き流しながら、夜道をグラッツとともに黙々と歩いているときも、 


 ――あなたの名も廃りましょう。

 ――技を発動できるほどの英傑に育て上げるつもりであれば別ですが……。


 サムネルの言葉が頭の中でこだましていて離れてくれない。

 その言葉に身を縮こませ、隠れることしかできないみすぼらしい自分への嫌悪が溢れて止まない。

 怒りを丸出しに紳士に詰め寄っていった“英雄”の姿が目に焼き付いて消えない。


 グラッツは街の誰もが知るほどの偉大な功績を残した人物で。

 そのたった1人の弟子がこんな、隠れることしか、逃げることしか、できない――。


「――ノ? おぉい、ウノぉ、置いてくぞぉ」


 その声で、いつの間にか沈み込んでしまっていた憂慮の波から這い上がる。


 星を見上げたまま立ち止まるウノのはるか前方で、グラッツの印影が手を振っていた。


 ウノは脳内を埋めるモヤを払おうと頭を振り、その勢いのまま、グラッツ目指して駆けだす。


「すみません。考え事してて……」


 笑おうとしているのに頬が硬直していてうまくいかない。

 申し訳なさそうに。でも大した考え事ではないかのように。

 笑わなくては。


 劣等感を悟られたくはない。


 月を背負うようにウノの方を向くグラッツの表情は影が落ちていてよく見えない。

 ウノが辿り着いても、歩き出そうとしない。話し出すわけでもない。


 ただ、じっとウノと向き合っている。


「グラッツさん?」


 ――どうしたんですか?

 そう問いかけようとしたときだった。


 グラッツの大きく、骨ばっていて皮の厚い手がウノの頭を撫でまわした。

 首ごと頭を持っていかれるのではないかと思うくらい荒っぽく。


「え、ちょ、え? う、うわ、グラッツさん? 急、にどう、したんですか!?」


「こりゃ、あれだ、可愛い可愛いわが弟子と触れ合いたいという、んー、そぉだなぁ、師匠心、ってやつだな」


「うおっ、ぉおわっ、かわ、いい……?」


「おぅよ。――おお、流石グラッツ様の弟子とだけあって、なかなかの撫で心地だぜ。これを撫でまわし放題たぁ、師匠明利に尽きる」


 撫でまわす、というより頭を掴んで振り回す、という表現の方が近いだろう。

 師からの強い(物理的に)愛情表現を受けたウノは、目が回り、足元がおぼつかなくなる。


 よろつくウノを「やりすぎた……」と少し反省しながらグラッツが支える。


 グラッツに支えられ、回る世界に気持ちが悪くなりつつも、ウノは不思議と笑いがこみ上げてくる。


「ふふ、ふふふ、あはははは! はぁ、やっぱり、お師匠様には敵わないなぁ」


 振り払ってしまいたくて、逃げてしまいたくて、でも、全然消えてくれなかったモヤモヤがグラッツの物理攻撃を受けてあっという間に遥か彼方である。


「はっはっはっは! そだろぉ、そだろぉ! なんてったって、俺ぁグラッツ様だからなあ!」


 つられるようにグラッツも豪快に笑いだす。

 ウノとグラッツの笑い声が、静寂をおしのけて響いていた。


 笑って笑って笑って、でもまだ世界は回ってて、笑い過ぎて酸欠で、


 ――あ、これやばいかも。


 そう思った時にはすでに遅かった。


「あはははぁぁああおろろろろろ」


「ウノぉぉぉぉ!!?」


 貴重なステーキ肉があられもない姿でお見えになったことは――あまり詳しく述べないでおこう。

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