狙われたエドワード少年
前作に似た感じで、やはり模倣のスキルが出てきます。
気が付いたら広い部屋の見知らぬベッドで寝ていた。
昨夜は確か連日の残業が終わって部屋に戻ったところまでは覚えてるが、その後の記憶はない。
自分の体を見ると全体に縮まって子供の体形になっている。
そして髪は金髪で、元の俺とは全然別人だ。
そのとき入って来たのが外国人メイドで俺を見て驚いて叫んだ。
「エドワードお坊ちゃまっ。お坊ちゃまの目が覚めましたっ」
そう叫びながら部屋の外に駆け出して行った。
そのとき俺の頭の中でこのエドワードお坊ちゃまの記憶が高速度で再生された。
ここは地球ではなく、ピグマリオンという世界のサザーンラン王国という所で、その王都サザーンラニアである。
そして俺はキャンティ伯爵家の長男のエドワード十才だ。
ということはこれは異世界転生という奴か?
転生して十年目に前世の記憶が蘇ったのか?
しかしそれだけなら俺は大変恵まれた環境に生まれた幸せ者ということになるが、実は問題を抱えている。
この世界にはギフトというのがあって、生まれながらに神から授かった能力がある。
でもこれは貴族のような身分の者に見られる現象で、一般の平民には殆ど見られない。
ギフトが個人に与えられることはあっても一個が上限で、二個以上もあるという例はない。
それでは貴族であってもギフトがない場合はどうするか?
経済力にものを言わせて古代魔法文化の遺産であるスクロールというものを買う。
それを開いて手を当てると、ギフトと同じような能力が授かる。
つまり後天的なギフトだが、先天的なものに比べれば効果は半減するという。
またスクロールを用いても一般の平民の半数はギフトを一個だけ受けつけ、後の半数は全く受け付けない。
受け付けないのは、その者の魂にギフトを受け入れる器がないからだ。
そしてこのエドワードには生まれた時からギフトも器もないのだ。
つまり貴族としては全くの無能力者ということになる。
だがエドワードの母親は元侯爵家の令嬢であり正室の為、エドワードを爵位継承者と定めているという事情がある。
ギフトがなくても領主として務まると考えられたからだ。
だが側室の子でエドワードの弟フェルナンデスは火魔法のギフトを持っている。
側室は元使用人だが弟は貴族の遺伝を受け継いでいてギフト持ちなのだ。
そのせいか、自分こそ真の爵位継承権があると母子ともに思っている。
そして父の伯爵と正室の母が王都に用事があって留守の時に、今回の事故が起きた。
つまりエドワードの俺が階段から足を滑らせて転落したのだ。
そして俺はなんと三日間も意識不明だったというのだ。
だが俺はどうも記憶がはっきりしないのだが、階段から落ちるとき誰かから背中を押された気がするのだ。
実は母親にも言ってないのだが、俺は常にだれかに監視されて命を狙われているという自覚がある。
その用心をしている為に、今までも危ないところを直前に気づいて危険を避けることができたということが何度もあるのだ。
はっきりした証拠はないが、その犯人はどうやら側室母子が関係しているらしいのだ。
そして最近気づいたことだが、父の伯爵が側室の説得でどうやら俺を廃嫡しフェルナンデスを次期伯爵に据えようと思い始めたらしいのだ。
これは正室の母も気づいていない俺だけの情報だ。
実は俺は命の危険を感じた頃からある仕掛けを考えて屋敷中に取り付けているのだ。
それは『伝声管』という物だ。
俺の部屋は二階にあるが、二階の部屋はどれも内壁と外壁の間に十五センチくらいの隙間があるのだ。
そこに節を抜いた竹を張り巡らせ、要所要所の会話を盗み聞きしているのだ。
少し陰湿なやり方かもしれないが、自分の命を守るためには仕方ないことなのだ。
それによると側室は義弟にいつも俺がいなければ爵位が手に入るという話をしている。
また手懐けた使用人になにやら金品を与えて密かに命令している様子も聞いている。
その後特に俺の身に危険を感じるようなことがあって、俺が無事に回避すると、側室が使用人を『役に立たない』と叱っている場面を聞いてしまうのである。
これはもう完全に確定だろうと思う。
ところで、領都内には古代遺跡がある。発見当時は様々なものが発掘されてその為この都市が発展したのだ。
しかし貴重なものは発掘し尽されて今は何も残っていない。
その中にかつてドウナムという魔法具があった。
なんでもそれは器のない者にもギフトを授けることができるというもので、スクロールが考えられた時代よりも更に古い時代の魔法具らしい。
そして性能もスクロールよりも良く、先天性のギフトと遜色のない働きをするというのだ。
それは違う古代遺跡からも発見されたがとうの昔に使用されてさすがに今は残っていないとされる。
俺の母はそういうドウナムがまだどこかにないかと、俺の為に探し回っているという。
そういう古代魔法具を未使用のまま保存している収集家というのがいるらしくて、そういう者たちの所を訪ね歩いているというのだ。
だが俺にしてみれば、そういうことはどうでも良く、なるべくそばにいて俺を守って欲しいと思うのだ。
頼りにできるのは母だけであり、父は当てにならないからだ。
さて話を最初の場面に戻そう。
俺の部屋に入って来て叫んだのは俺付き侍女の一人メアリーで、その結果側室母子他執事や他の使用人たちも駆けつけて見舞いをしてくれ、表面的には大層喜んでくれた。
だが彼らが帰った後、伝声管で確かめたところ、側室は俺が意識不明なことを良いことに毒でも盛って一思いに殺してしまえという計画だったらしい。
まだ伯爵夫妻は王都から戻っていないので、一度は目覚めたがその後の経過が悪くなって亡くなったという風に持って行くか、それとも外出したときに盗賊に襲われて殺されたということにしようとまで話し合っていたのだ。
ところがどういう訳か俺の側の使用人が俺から離れていなくなり始めた。
側室が用事を言いつけて俺から引き離し、その隙におれを殺そうとしているのだ。
俺は部屋に内鍵をかけたまま在室を装って急いで秘密の通路から抜け出して屋敷の外に出た。
できるだけ屋敷から離れて彼らの手が届かないところに避難しなければならない。
だが十歳の子供が徒歩で逃げられる範囲なんて決まっている。
するとさすがに俺が抜けだしたことに気づいたのか、追手の気配がだんだん迫って来たのだ。
そして古代遺跡のある森にまで入り込んだ時、目の前によく知っている少年が現れた。
背中の背負子に沢山の鉄屑を積んで歩いているのはトムという名の十五才くらいの少年だ。
この世界には冒険者というのがあって、それは探索者と討伐者の二通りに分かれる。
討伐者というのは森やダンジョンの魔物を討伐するのを生業とする者で、探索者というのは遺跡やダンジョンのお宝を集めて換金するのを生業とする者である。
両者の区別は曖昧であるが、かつてこの都市には探索者が溢れていた。
しかし遺跡の宝が取りつくされると探索者は次第に他所に移ってしまいいなくなる。
けれども探索者の底辺に『鉄屑拾い』と呼ばれた子供たちがいて、森や遺跡に放置さえた鉄製品を集めて換金することで生活していた。
トムはその『鉄屑拾い』の成れの果てともいうべき者で、探索者にもなれず、討伐者にもなれないままこの歳になってしまった少年なのだ。
実は俺は過去にトムを助けたことがある。
たまたまフェルナンデスと一緒に父に連れられて遺跡を訪れたときだった。
父が客人の貴族と遺跡の中に入って行ったとき、俺たちは外でぶらぶらしていた。
そのときトムが一人でいたフェルナンデスに近づいて顔に向かって手を伸ばしたのだ。
フェルナンデスは咄嗟に退がって『無礼者ッ』と怒鳴った。
すぐに従者がトムを捕まえて跪かせた。
「無礼にも俺の顔に手を伸ばして触ろうとするなど、卑しい身分でとんでもない奴だ。
ここで首を切り落としてやる」
「お許しください。あなた様の顔に毒虫が飛んで行ったので、それを捕まえようと、つい」
「そんなものは飛んで来なかったいい加減なことを言うなっ」
そのとき俺が仲に入って取りなしたのだ。
毒虫が飛んで行ったかどうかの真偽はともかく、今日は父上が客人を案内してこの場所に来ているのだから、血でこの場所を汚すことは控えようと、そんな風に言って処刑をやめさせたことがあるのだ。
向こうもそれを覚えていて焦った顔をして近づく俺を見て驚いた。
「あなた様は、確かいつぞやの」
「ああ、伯爵家のエドワードだ。僕を助けて欲しい。この辺に身を隠すところはないか」
鉄屑を積んだ背負子を背負ったまま、トムはにこやかにして近づき言った。
「お供の方たちを撒いて逃げたいのですね。それなら確実な方法があります。どうぞこちらに来てください」
俺がトムに近づくとトムはいきなり俺の額に手を当てて掴んだ。
その時なにか激しい衝撃が全身に走った。
そして気が付いてみると、俺は自分の姿を見ていた。
俺の前にエドワードがいて、俺は…………背負子を背負ったトムになっていたのだ。
「ごめんなさい」
そう言ったのは俺と同じ姿をしたトム?だった。
「エドワード様はお優しくてとても良い方なのにこんなことをして……あなたに受けた恩を仇で返してしまって申し訳ありません。
私はあなたの代わりになに不自由ない貴族のお坊ちゃまになって楽をしたいのです。
もうこんな鉄屑拾いのような仕事は続けたくないのです」
すると遠くの方から「エドワード様ぁぁ」という呼び声が聞こえた。
「それじゃあ、失礼。私はお供の者たちから逃げるようなことはしませんよ。
どうぞあなたは逃げてください。これからはトムとして過ごすのです。だから決して彼らに捕まることはないですよ」
そう言うと彼らの方に走って行った。
「私はここだぞぉぉ」
俺は言いたかった。違う。そっちに行っちゃ駄目だと。
やがて森の中でエドワードの姿をしたトムの悲鳴が聞こえた。
それはお供の者ではなくて刺客なんだと教えることはできなかった。
俺は目撃者になっては消されると思い姿を隠した。
そして知った。何が起きたのかを。
トム少年には気の毒ですが、これでエドワード少年は助かりました。