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 安全で、電気の通っている場所(世界でそんな場所は限られているのだが)なら、ノートパソコンが一台あれば、十二分に過ぎる。

 そんな生活をしている身からすると、日本はかなり狭い。


 遠くに行きたい時は電車に乗ればいい。歩いて移動したければ舗装(ほそう)された綺麗な道がある。何より、安全面に気を使わなくて良い点が楽だ。

 そんなワケで、その気になればすぐに全国一周なんて出来てしまう。



  それでも私が珍しく一つの国に(とど)まって、飽きずに写真を撮り続けているのは、やはり久し振りの祖国だからと言う点が大きいのだろうか。

どこで野垂(のた)れ死のうと、人間死んだら皆同じだなどと思っていた。


 しかし、こうして旅しているとこの国に骨を埋めるのも良いかも知れないと思えてくる。

 まあ、私の性格上きっとまた、すぐに別の国へ行きたがるのだろうが。


 そんなことをつらつらと考えながらも、東京から出発した私は日本をぐるりと巡り。


 そうして季節もぐるりと巡って、じめっとした梅雨(つゆ)が過ぎて、からりと太陽が顔を出す。


 一年を通して湿度が高めの日本で、爽快感のある風が吹き、緑の鮮やかな季節。




 『彼』に私が出会ったのは、そんな夏の始めだった。







 いつものように、暫く滞在した街を出て通勤ラッシュの始まる前に、早朝の電車に乗り込む。

 まだ起き出している人も少ない時間帯の、白み始めた空を眺めながら、次はどんな場所へ連れて行かれるのだろうと思いを()せる。



 基本的に、日本に来てからの私の旅は電車任せだ。

 こうして人の少ない時間帯に電車に乗って、通勤ラッシュの時間ギリギリまで静かな時間を過ごし、適当なところで降りる。


 降りた街が気に入れば暫く留まって、あまり撮りたいという心が動かされなければ次の街を探す。

 そもそも第一条件として居候(いそうろう)させてくれる家を探さなければならなかったので、自然とどちらかと言えば田舎(いなか)の方に足が向いた。



 いつものように人の(まば)らな電車に揺られていると、明らかに観光地めいた海水浴場と小都会を抜けた後は、段々と山がちでどことなく鬱蒼(うっそう)とした日本の森が続いた。

 そろそろ降りる頃合いだろうかと思いつつも、この辺りでは通勤も何も関係ないのだからもう少し先に行ってみようかと考え始めた矢先だった。



 パッと急に視界が開けて、鮮やかなブルーが眼に飛び込んできた。



 深くて飲み込まれそうな、暫く振りに()た人工に彩られていない海の蒼に、心惹かれた。





 間もなく電車が停まり、私は慌てて席を立った。

 電車を降りると、途端にどこか懐かしい潮風が押し寄せた。駅から見下ろすような場所に、海が開けて見える。


 想像していたよりも少し遠くだったが、今まで山がちであったことを考えれば、まあ当然かと思われた。

 田舎にありがちな無人駅で、改札を抜けるといきなり足湯処(あしゆどころ)が出迎えた。



 いつ来るとも知れない来客を、ひたすら待ち続けてコポコポと湧く温泉は、この町の姿を象徴しているように思えてならなかった。

 色褪(いろあせ)せたのぼりは、この町が温泉街であることを示していて、案内板によると幾つかの温泉宿があるようだった。


 (ひな)びてしまった、と言うのが正しいのだろう。山がちで狭い田舎の村に、どうにも不釣り合いで大きい車止めがやけに寂しかった。

 すぐ脇に掲示された地図によると、道を下って行けば海に出会うようだった。人気のない朝の駅前から、一先(ひとま)ず目的の海へ向かってみることにする。



 古いアスファルトで舗装された凸凹(でこぼこ)の坂道に、首が痛くなるほどに高くそびえ立つ針葉樹が影を作っていた。

 からりと晴れた朝で、木漏(こも)れ日の隙間を縫うように、最近ではあまり聞くことのなくなったミンミンゼミが鳴き始めていた。






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