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5-01 ウェネムの港1  11月12日新規部分


 ――凌霄橋(りょしょくきょう)への回廊を停止、切断します。

 ――彼界の理力の使用、接触が不可能になります。

 ――警告。異界出生の元理属全てに、これより世界呪(せかいしゅ)の影響が及びます。

 ――現地時間に対し、残り生命時間が無限円比を乗じて減衰します。


「これで、この世界であの子が生きていけるのなら……」



  ※   ※   ※ 



「うそうそ、ぜぇったいに嘘だってば」

「みんなそう言うのよねぇ」

 アスカの前で困ったように頬に手を当てている女性。

 年齢はある程度高いが、柔らかみのある可愛らしさを感じさせる人。


「変な人なのよ、うちの母さん」

 娘のサトナからして、その評価だった。



 アスカが強く否定したのは、ヤマトにも気持ちはわかる。

 さすがに失礼だと思って口にしないだけで。

「なんでこんな可愛い人が、あれに惚れるって言うの?」

 言葉にしてはいけないと思うのだが。


「アスカ、失礼だろ」

「だぁって」

「いいのよ、ヤマト。本当にみんな言うんだから」


 アスカを窘めたヤマトだったが、サトナが気にするなと笑う。

「もう、サトナったら。ダナツは可愛いじゃない」

「母さんのその趣味は私にはわかんないの」


 自分の父親の姿かたちを思い浮かべて、サトナは頭を振る。

 アスカも強く頷いていた。

 ヤマトも、口には出さないが同意せざるを得ない。


「若い頃は、その……細身だったとか?」

 とりあえず、少なくとも二十年近く前のことだろうと、今とは違うダナツを想像してみた。


「ううん、あの人は本当に昔も今も変わらないの。可愛いでしょう」

「あ、そう……ですか」

 何と答えたらいいのか迷うヤマトと、頭を抱えてテーブルにうずくまるアスカ。

 その頭をよしよしと撫でるクックラ。



 ダナツの妻でありサトナの母親、シュナ・キッテムは、年齢の割に可愛い女性だった。

 時折存在する、年を重ねても可愛げな女性。

 若い頃は、飛び抜けた美人と言うわけではなかっただろうが、きっと愛嬌の良い娘だったのだと思う。

 おそらくこの港町のこの食堂兼簡易宿屋では人気の看板娘だったはず。


「何年かね、この港に来るたびにここで飲んでいるのは見ていたの。口は悪いけど気の弱い、可愛い人だなぁって」

「……」


 ヤマトがサトナを見るが、素知らぬ顔。

 アスカは頭を抱えたまま。今、この惚気話を聞かされているのはヤマトなのか。

「は、はあ」

 こういう経験はないのだけれど。


「あの秋は違ったの。珍しく一人で、自棄酒なのかなって思ったけど、一人でしくしく泣いてて」

「……」

 誰のことなのだろうか。考えるまでもなくダナツのことだ、信じられないだけで。


「だから連れ込んだの」

「あ、は……急展開、ですね……」


「その時の子がサトナよ」

「やめなさいって」

 顔を赤らめてサトナが止めてくれた。


 止めるならもっと早くにしてほしかったとヤマトは思う。

 ダナツとの馴れ初めを聞かされて、何と答えればいいのか。

 その産物――もとい、愛の結晶であるサトナを見るのも、なんだか気恥しい。


 ちらりと、サトナの視線がヤマトを見た。

「おめでとう……ございます?」

「違うでしょ」

 コメントを求められているかと思って言ってみたら叱られてしまう。


「ありがとう」

 母親からは礼がもらえた。




 ウェネムの港でフィフジャを金髪君に引き渡して、とりあえずサトナに連れられて宿に来た。

 サトナの実家であり、ダナツたちがこの港で滞在する宿になる。ヤマトたちも一緒に。


 怖そうなおじいさんが厨房にいるのは、サトナの祖父だということだ。

 港町で商売をするには、ある程度の迫力は必要なのか。

 グレイは部屋の隅で丸まっていた。地面が揺れないことに安堵しているようにも見える。



 他の船乗りたちは、大半が船で寝泊まりするらしい。

 シュナの宿もそれほど大人数が寝泊まりできるわけでもないし、船で寝る分には宿代もいらない。

 港湾の使用に費用がいるのかと思ったが、その辺は交易船はかからないのだと。

 どういう決まりなのかはわからないが、町にも利益があるからという理由があるようだ。


 一部の船乗りは、ウェネムの町に繰り出すそうだ。

 ダナツのように、望外に可愛らしい嫁でも出来ないかという夢を抱いて。


 もちろんそんなうまい話はなく、素寒貧(すかんぴん)になって帰ってくるのが常だと言う。

 ダナツは罪作りな男だ。

 船乗りに変な夢を持たせて。



 柔和な印象のシュナではあるが、禁句もあるのだとか。

 ラジカの名前は絶対に口にするなと言われている。激怒して見境がなくなるから。

 愛するダナツを傷つけた蛮族の女を、シュナは強く憎んでいるのだとか。


 また、ダナツがいまだラジカに懸想しているのではないかと疑いも持っていると。

 間違っても、今回の航海中に少しでも同じ船にいたなどと言うなと注意を受けた。


(母さんも、父さんが他の女の人に優しくしたら嫉妬したのかな)

 ヤマトの記憶では、仲の良い夫婦だった姿しか残っていない。

 そうでない可能性など考えてみても、まるで思い浮かばなかった。


「ダナツったら、お仕事なんかより真っ先に帰って来てくれるべきだと思うのに。ねえ?」

「は、はあ……どうでしょう」

 ここまでベタ惚れではなかったと思うのだけれど。

 船乗りの妻ということで長く離れ離れなので、今でも新鮮な愛情が続くのかもしれない。


「……このままだと、明日にでも弟か妹が生まれるんじゃないの?」

 そんなわけがあるか。

 アスカの呟きにサトナが苦笑いを浮かべて頷いた。

「それなら、もう……」



「姉ちゃん帰って来たって!?」

 バタッと戸を開けて駆け込んでくる少年少女たち。


「あ、姉ちゃん!」

「さっちゃんお帰りー」

 わらわらと、サトナの周りを取り囲む、年齢がバラバラな少年少女が二人ずつの四人。。


「……もう、間に合ってるんだよね」

 なるほど。

「こら、お客さんもいるのよ」

 シュナが叱ると、四対の瞳がヤマトとアスカに向けられた。


「あ、すげえ! 魔獣だ!」

「犬だ犬犬!」

 完全に無視されたが。

 まあグレイが相手なら仕方がない。


 人間のヤマトやアスカよりも、部屋の隅で大人しくしていたグレイに目を奪われた気持ちはわかる。

 犬というのは、ユエフェンに生息する狼よりも小さな獣ということで、ヤマトたちの脳内にも日本語で犬と結びついて記憶されていた。


「おっきい……噛まない?」

 五歳くらいの男の子が、グレイから身を隠すように姉の背中に張り付く。

「噛まないわよ、たぶん。ズィム、あんたはいい加減、妹たちと一緒になって騒ぐのやめなさい」


 怯える年少の弟を慰めつつ、サトナは一番年齢の大きいだろう少年にそう言った。

 ズィムと呼ばれた少年は唇と尖らせて不満を訴える。ヤマトから見て、大体同じくらいの年齢だ。


「こないだは俺も船に乗せてくれるって言ったのに、置いてけぼりだったじゃんか」

「あんたがガキで危なっかしいからじゃないの」

 弟の言い分にサトナの返答は素っ気ない。


「姉ちゃんはもっとちっちゃい頃から船に乗ってたじゃん」

「ズィム、あんたなに。姉ちゃんより自分が役に立てるって言いたいわけ?」

「う、いや……」

 サトナが凄むと、言葉を詰まらせて怯むズィム。

 姉と弟の力関係とすればこんなものか。



 そんなやりとりを余所に、下の弟妹たちはクックラと共にグレイに触れていた。

 幼いクックラでも平気なのだから大丈夫だろうと。

 グレイが嫌がらないようにクックラが手本を示すと、それに倣って恐る恐る撫でる。


 そこに、先ほど子供たちが乱暴に開けたドアが、今度は静かに開かれる。

「ご無沙汰っす、シュナさん」

「ケルハリちゃん。元気そうね。またお仕事さぼってるの?」


 一人で来た様子のケルハリにシュナが言うと、曖昧な笑顔を返した。

 常習犯なのだろう。

「なはは、まあそれもそうっすけど……」


 ケルハリの視線がヤマトとアスカを認めて、軽く頷く。

 何か話があるのか。


「ちょいと奥で――うぁたぁっ!?」

 言いかけた所で、半開きだったドアから勢いよく飛び込んできたものに突き飛ばされた。

 小柄な女性だ。ケルハリも決して体格が大きいわけではないので、勢いで前のめりに転ぶ。


「見つけたわ!」

 ヤマトを睨みつける少女に、ヤマトは見覚えがない。

 いや、微かにあるが、強く睨まれるような覚えがない。

 一目ぼれ……という雰囲気ではなさそうだが。


「あ、たた……」

 転んだ拍子に備え付けの卓にぶつかったケルハリが、体を擦りながら振り返る。

「お知り合いかしら?」

 シュナに聞かれるが、知り合いではない。


 ヤマトを睨みつけている様子から、用事があるのはヤマトにだろうが。

 どこかで見たような気もする。

 となれば、ノエチェゼか船でということになるけれど、少なくともダナツの船に乗っていた顔ではない。



「人殺し!」


「……え?」

 憎しみに震える瞳には涙も滲んでいて、そんな目で他人から見られることはヤマトには経験がなくて。


「え……?」

「あんたのせいでミシュウが……ミシュウが死んだのはあんたのせいよ!」

 ミシュウ。ヤマトの記憶にはない。


「……」

 アスカがそれを一瞥して、立ち上がった。

 ゆらりと、まさにそれを殺そうかというような雰囲気を伴って。



  ※   ※   ※ 


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