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船乗りたちの唄


「はあ……」

 わざとらしい溜息を、船縁に顎を乗せた姿勢で聞かせる妹。

 尋ねてくれということなのだろう。兄としては、船の上ではあまりすることもないので付き合ってもいい。

 素直に話を聞いてと言えないのは、やはり十代前半の子供だからだと思って。


「どうしたんだよ」

 年長者として、そうした思春期の妹の態度に配慮してあげるくらいはいいだろう。

 アスカが落ち込むことなど珍しいのだから。

「私さぁ」

 海の向こうに見える雲を見ながら呟く。

「間違ってた」

 それは知っている。人としてだろう。


「何を?」

 およそ男女の会話で、男が結論を急ぐと女の機嫌は悪くなるものだ。と、父から教わった。

 それが家族であっても、時間が許すのであれば女のペースで話を聞いてあげた方が自分の為になると。

(為になるなぁ、父さんの教えは)

 こちらが話す時には結論を早く言えと言われるし、反対をされてから事情を説明するとそれを先に言えとも怒られるのだが。

 なんだろう、この不利な戦い。妖魔か。女は妖魔なのだろうか。勝ち目がない気がする。

 とにかく敵の出方……ではなかった、妹の話を聞くとしよう。


「岩千肢、食べたじゃん」

 また随分と遠くに飛んだ。

 フィフジャが近くにいなくてよかったとも思うが、アスカが何を言いたいのか見当がつかない。

 クックラは、グレイと共にケルハリと一緒だ。

「食べたな」

「あの時は私、亡くなった人のことちゃんと考えてなかったと思う」

 確かに、クックラの心情を思いやることよりも、嫌がるフィフジャたちに岩千肢を食べさせることを優先していた。

(確かに人として間違っていたな)


「別に知らない人だし、そんなに同情とか考えなくてもいいじゃない」

「いや、良くないだろ」

 現在進行形で人として間違っている。

「んーそうだけど、ほら。上辺だけ同情の言葉でも飾っとけばいいかなとか」

 何かもっと根っこの方が間違っている気がする。これは根治が難しい。

 ヤマトは諦めた。

(……知らない人のことまで心から同情は出来ないか)

 アスカの言い分は、口に出すのは間違っているが、本質的には人間らしいかもしれないと考え直す。


 ヤマトにしても、ノエチェゼで死ぬ人を見てきた。太浮顎の襲撃で死んだ人も見た。それを嘆く人の姿も。

 その姿に悲哀を感じないわけでもないが、よく知らない人のことまで心の底から悼む気持ちがあるかと言われたら。

 同情の気持ちはあっても、感情を強く揺らすほどではない。こういうのを他人事だというのだろう。

(他人……少し前までいなかったからな)

 自分がひどく薄情な人間なのかと言われたら、誰でもそういうものだと言い返したい。

 そういえばウォロは、ヤマトやクックラの親が死んだと聞いて大泣きしていた。あそこまでの感性はヤマトにもないし、あったら精神的に参ってしまいそうだ。


「最初は、全然知らない子だったから仕方ないかなって思ってたんだよ」

「……クックラの話か」

「なんだと思ってたの?」

 きちんと話を聞いていなかったのかとアスカが低く唸った。

「いや、わかりにくいんだよ。お前の話は」

「ちゃんと聞きなさいよ。お兄ちゃんでしょ」

「都合のいい時は……ああ、はいはい。続けろって」

 怒らせて良いことなどないので続きを促す。


 もう、と頬を膨らませながら再び海の遠くを見やった。

「でもさ、一緒に行動して、一緒にご飯食べて。雨の中を一緒に逃げたりして……私のこと助けてくれたんだよ」

「ああ」

「変わったと思ってたの」

 再び、深い溜息を吐いた。

 今度はヤマトに聞かせるためではなく、本当に何か自分の心情に思う所があったらしい。


 余計な口を挟まずに、アスカの言葉を待つ。

「……仲間っていうか、妹みたいだって。時間は短かったけど私の妹みたいだって」

 認識が変わったと、そう思っていたのだと。

「そうだな」

 違ったのだろう。

「でも違った」

 ヤマトの相槌に、予想通りの言葉が返ってくる。

 そこが落ち込む原因なのか。


「私はまだ、クックラのことちゃんと見てなかった」

「……」

「妹とかじゃなくて、ペットみたいに……私のお人形みたいに思っていたんだって」

 それを自覚して落ち込んでいる。もう何日も。



 クックラがケルハリから指導を受けるようになって、船長の部屋で秘密の特訓を受けている。

 付き合うこともあるし、こうして別行動していることもあった。

 その間もアスカは、自分の認識が一人の人間としてクックラを見做していなかったことを感じさせられていたのだろう。

「何で私の言うことを聞かないのかって、そう思っちゃった」

「それは、心配だってこともあるだろ」

「私の思う通りにならないって気持ちもあったよ」

 その辺りがペット扱いの意識だったと。アスカの言いたいことはそういうことだった。


 表沙汰に出来ない技術を得ることで厄介事に巻き込まれる心配をした部分もある。

 だがそれとは別に、クックラの意志ではなくアスカの感情で、クックラの気持ちを無理に変えさせようとしてしまったこと。

「父さんがさ」

「?」

「母さんに言ったことがあるんだって。危ないことは自分がするから家にいてくれって」

「怒られたでしょ」

 もちろん、と頷いて笑う。

 母は、誰かに危険を負わせて自分だけ安全な場所にいることを満足するような性格ではなかった。

 どちらかと言えば先頭に立って切り込むような気質。病気で体が不自由になってからは大人しかったが、元気な時は父より怖かったくらい。


「誰だって、自分の気持ちが先に立って相手に押し付けようとすることがあるって話」

「……そうだね」

「間違っていたっていいんじゃないか。人間なんだし」

 クックラを思う気持ちがまるでなかったわけではない。アスカの意志を押し付けようとしたかもしれないが、半分くらいはクックラの身を案じた優しさだと。

 ヤマトだって反対したのだ。


 学びたいというクックラの視線は、ヤマトの手にも向いていた。

 指を切り落とされ、治癒術で繋がったという話はケルハリから聞いたのだそうだ。

 怪我での消耗と船酔いで寝込んでいたヤマトを、小さい体で献身的に見てくれたクックラには感謝している。

 治癒術のことを知って、自分が治癒術を使えたらヤマトたちの役に立てると思う気持ちは自然なことだ。



「ケルハリ、性格悪いよね」

「まあそうかな」

 恩人の性格を悪く言われたが、否定できない。

 計画的だったのだ。この展開は。

 というか、最初にクックラが治癒術に触れてしまった段階で、教えざるを得なかったのだと。


「あの光を体が覚えちゃうと、どこでどう発現するかわからないって言うんだから仕方なかったんじゃないか」

「それを自分が責められないように、クックラからやりたいって言うように仕向けたんでしょ。性格悪いよ」

 苦笑する。

 治癒術に関わることならフィフジャの気分は絶対に良くないだろうことを知っていて、しかしこうなってしまったら習得させるしかないとクックラを丸め込んだ。

 放っておいて、何もないかもしれなかったが、何かのはずみで予期せず治癒術の光を発してしまったらどうするか。

 そうならない為に、きちんと理解させる。体得させる。


 使わないように、使い方を覚えさせる。

「……使わせないからさ」

「うん」

 クックラと約束したのだ。覚えてもいいけれど使うなと。

 ケルハリもそれでいいと言ったし、フィフジャも黙って反対はしなかった。

 それでもきっと、ヤマトやアスカが怪我を負ったら、クックラは使ってしまうだろう。

 だから、使わせない。


「危ないことはしない」

「そうだね」

 幸いリゴベッテは比較的平和だというのだから、そうそう大怪我をするようなこともないはず。

 治癒術を覚えたクックラの為に怪我をしないように生きていこうと。

 なんだかちぐはぐなようだが、兄妹の気持ちはぴったりと重なるのだった。珍しく。




「よう、何怖い顔してんだ。ぴょんぴょん勇者」

「コデーノさん……それやめてよ」

「照れるこたぁねえよ。なあ」

 アスカとの会話に区切りがついたことを察したのか、少し離れた場所にいた船員たちがヤマトたちに寄ってきた。


 ヤマトの肩に手を回して、激励するように叩く。

「立派な働きだった。ぴょんぴょん勇者って呼ばれて恥ずかしくねえさ」

(いやその、ぴょんぴょんって言うのが恥ずかしいんだけど)

 何度も言っているのだが、彼らはそれをヤマトが謙遜しているのだと思い込んでいる。


「ギュンギュン号のぴょんぴょん勇者っ」

「海の小さなぴょんぴょん勇者っ」

「魔獣の海も飛び越えろっ」

「「その名も轟くイダ・ヤマト」」

 なんかいい調子で謳われてしまっていた。この歌はもしかしてノエチェゼで広まったりするのだろうか。


 太浮顎のこと以来、非常に褒め称えられるのは嬉しいのだけれど、納得いかないこともある。

「なんでアスカが水乙女で、僕はぴょんぴょん勇者なんだ……」

 彼らに悪気がないのはわかる。感性の違いなのだろうが、ギュンギュン号がかっこいいと思う彼らには、ぴょんぴょん勇者は最高レベルの称号らしいので。


 しかし、納得いかない。

 もっと格好のいい呼び名がないものだろうか。せめてぴょんぴょんを外してほしい。

 そう訴えたら、別の候補が絶望的なセンスだったのでそちらを却下した。

 素の勇者だとどういう勇者なのかわからないので、何か特徴をつけなければいけないというのが通説なのだと。


「いいじゃん、ぴょんぴょん勇者」

 にやにやしているアスカは、とりあえずクックラの件の自己嫌悪を吐き出したことですっきりしたようだ。

 それはいいのだが、明らかにこの顔は楽しんでいる。

 やはり妹は人として色々と間違っていると思うのだが、もうその辺の矯正は諦めた。

「はあ……」

 今度はヤマトが溜息を吐く番だ。まあ一時のことだとして、受け入れるしかあるまい。


 船乗りたちはひとしきりヤマトを称えてから、軽く肩を叩いて船室へ促す。

「魔獣よりおっかねえのが来るぜ」

「?」

「こっから先は船乗りの領分だ」

 くいっと、西の空を顎で示した。

 ダナツも出てきているし、檣楼にいる見張りが命綱で体を固定していた。

 雲が迫っている。

 濃い色の雲が。


「嵐が来る。中でしっかり掴まってるんだな」

 稲光が、雲から海に突き刺さるのが見えた。


  ※   ※   ※ 


 何か手伝えることがないか、と。

 それに対するダナツの返答は一言だった。


 ――邪魔をするな。


 突き放すような言い方だが、それが事実だろう。

 サトナがフォローするように続けた。


 ――私らを信じて、中で待っていて。


 船乗りには船乗りの役割がある。

 素人の乗客に過ぎないヤマトたちに出来ることはない。信じて待つ以外には。

 船が大きく揺れる。

 ヤマトたちとケルハリが船室にいるだけだ。

 彼は操船にはまるで関わらないらしい。料理長も調理場で食材などを固定しながら待機しているとのことだ。


「……だいじょうぶ?」

 クックラが心配しているのは、船のことではなくヤマトのことだ。

 船にも慣れたヤマトだったが、あまりに大きく揺れるとさすがに気分が悪くなってくる。

 吐くほどではないが。

「ああ、平気だよ」

 強がってみせる。


 船室の固定されたベッドに掴まりながら、嵐の大きさを実感する。

 ノエチェゼを出る直前、嵐をやり過ごしてから出航するのだと聞いた。それが正しいことを思い知らされた。

 本当に横倒しになるのではないかと、実際にはそこまでではないが、相当な傾きに転びそうになる体を何とか支持しながら、気持ちも不安に揺さぶられる。

 サトナの言葉を思い出す。信じて待っていてくれと。

 なるほど、と。

(腕のいい船乗りだって信じるしかない)


 船を安全に保つような不思議な力はヤマトは持っていない。誰もがそうだ。

 経験と知識と、それらと共に嵐を乗り越える勇気を持った船乗りたちに任せる。

「大丈夫だよ」

 ヤマトの言葉は、クックラに掛けたつもりだったが、自分に言い聞かせているようだとも思うのだった。


  ※   ※   ※ 


「ちい、この辺の波はわかりづれえな!」

 愚痴も出る。

 海というのは場所によって特徴が異なる。地形や海流が違うからだ。

 航路が通常と違うせいで、嵐がより厄介に感じられる。


 船首で娘が、フォアマストに体を固定しながら右へ左へと大きく手旗を振っていた。

 目まぐるしく変わる風向きを、そうやって後ろにいるダナツや船員たちに伝えているのだ。

 娘の姿を見ていれば、泣き言など言っていられるか。

「ってもな、俺の人生は海にいる方が長げえんだこんにゃろうが!」

 舵を切りながら怒鳴る。暴風に向かって吠える。

「知らねえ海だからってごめんなさいなんざ言わねえんだよ!」


「船長! イオックの船が!」

 見張りからの声が風の中に聞こえた。

「火矢だ! 剣の方角!」

「あァ!?」

 見れば、右手の方向にあるイオックの船から、さらに右手に火矢が放たれていた。


 敵襲――ではない。

 こんな嵐の中で火矢を使っても意味がない。そもそも火矢というのはこの辺りの帆船では滅多に使われない。

 間違えれば自分の船の帆を焼くのだから。

 油を染み込ませた火矢を放つのは、他の船にそちらへの注意を知らせる為。


「横波だ!」

「全、けぇん‼」

 右から来る大波。

 これをまともに横に受けたら転覆する。

 全力で右へ回頭。フォアの縦帆を左に張って後ろから吹き付ける風を受け止めさせる。

 バックの縦帆は真後ろに、回頭しかけた船体をさらに右へ。

「戻せ!」

 完全に右を向く前にそれを閉ざす。

 廻し過ぎたら回転して、舵が利かなくなる。そうしたらやはり転覆だ。

 まるで山でも登るかのように、大きな横波――回頭したので正面からの波を、ギュンギュン号が乗り越えた。


(イオックの野郎が)

 海では助け合うのが掟だが、あまり好きではない男からの助力に心中で毒づいてしまう。

 同期だ。

 アウェフフとダナツと、あのイオックとは。見習いの頃に同じ船に乗っていた。

 肉弾派の前者と違いイオックは理屈屋だった。あまり反りが合わない。

 だがそんな彼が最初に自分の船を持ち、それを大きくしていった。嫉妬もあるのだと自覚している。

(だが、まあ感謝はするぜ)


「野郎ども! もうひと踏ん張りだ!」

「ヤー!」

 終わらない嵐はないのだ。

 今まで、ダナツとギュンギュン号が乗り越えられなかった嵐もない。

「客人に船乗りの意地を見せてやれ!」

「ヤーッ‼」

 先ほどよりも明るい返事に、ついダナツの口元も緩んでしまったのは仕方がないだろう。


 皆が、これほど乗客に好印象を抱いたことはかつてない。

 奴らは人たらしだ。

 危険だと思えるほどに善い連中で、頼もしい。

(アウェフフの野郎、見る目あるじゃねぇか)

 旧友の厳めしい顔を思い浮かべて、笑みが深くなるのだった。


  ※   ※   ※ 


 34日間だった。

 短くはないが、長くもない。

 そういう船旅だと皆が言っていた。

 陸地が見える。

 ノエチェゼを出る時に見たズァムーノ大陸は、山脈の岩肌で灰色の印象が強かった。

 初めてみるリゴベッテ大陸の大地は、少し赤茶色が多いように思う。


「港まではまだ二日くらいかかる」

 そういう話だったが、やはり気持ちは既に新しい大地に高鳴っていた。

 隣のフィフジャはあまり元気がない。何かまだ思い悩んでいるようだが。




「嬉しくないの?」

 ヤマトが気にしていると、アスカが聞いてしまった。

「……いや、そんなことはない。そう見えたか?」

「かなり、ね」

 アスカの目配せにヤマトも頷く。

 念願だったのではないかと。

「あーいや、悪い。そうか。面倒なことも思い出して、ちょっとな」


「あのさあフィフ」

 アスカが腰に手を当てて口を膨らませた。

 しまったという顔でヤマトを見てくるフィフジャだったが、怒らせた責任は自分で取ってほしい。

 ヤマトは顔を逸らして、黄色いヘルメットを被るクックラと共に無関心を決め込んだ。

「隠し事、もうやめてよ」

「いや、その……な」

「なぁに、私が信用できないっていうの?」

 曖昧に誤魔化そうとしたフィフジャにアスカが噛みつく。


 ヤマトにも思う所がある。フィフジャはおそらく面倒なことにヤマトたちを関わらせたくないので、黙っていることがあるのだろう。

 それは彼の気遣いなのだろうが、はっきりと言ってもらった方がいい。治癒術士のこともそうだ。

「教会だとか、治癒術士だとか、師匠だとか。どうしてほしいか先に教えてくれたらフィフの言う通りにする」

「……そうか?」

 フィフジャの疑念にヤマトも共感するしかない。

 お前、どの口でそんな宣言するのかと。


「うーん、まあ……そうする努力はする」

 努力目標に下がったが、まあそれが実際だろう。

 聞いていたヤマトが噴き出し、フィフジャも苦笑しながら頷いた。

「そうしてもらえると助かる」

「信用してないでしょ」

 日頃の行いのせいだと自覚はあるのか、上目遣いで睨んでくるものの怒りはしなかった。


 フィフジャは、そんなことはないと否定してから、今度は少しすっきりした表情でリゴベッテの大地に目を向ける。

「そんなに難しいことはない。リゴベッテはゼ・ヘレムの信者が多いから、それに合わせてほしい。ズァムーノから移住してきた田舎者ってことにしておけばそんなに波風が立つようなこともないだろう」

「厳しい決まり事とかないの?」

「ないから多くの人が信仰している。地域によっても色々違ったりするし」


 フィフジャが、ケルハリを教会の誰かの手先だと思い込んで敵意を向けていたので、てっきり悪い組織なのかと思っていた。

 大きな組織で、腐敗や悪事もないわけではないが、基本的には世界を創った神様の意志に従って正しく生きましょうという方向の教義なだけで、異種族を殺せだとか教会幹部は神に次ぐ高貴な人間だとか、そういう感じではないらしい。

 もちろん、教会の上層部となれば相応に格式はあるし権力もあるということなのだが、普通の人間が会うようなことはそうそうないのだと。

(そう言って、ノエチェゼでも……)

 いや、考えるのはやめておこう。


 教会信者や幹部などの一部には過激な人はいるそうだが、それは教会に限った話でもない。

「フィフのお師匠様は?」

「あの人は変人で危険人物だから、それこそ関わってほしくないな」

「どんな境遇で育ったのよ」

 孤児で、人体実験の施設で育って、その後は危険人物に師事するとか。

 想像していたより過酷な人生を歩んできている。

 だからこそ、大森林の探索なんてメンバーに選ばれたわけなのか。

 出会ってからしばらくは会話が通じなかった。

 そういう時間を長く過ごしてしまったため、フィフジャの個人的なことを聞く機会を逃してしまっていた。

 今こうして少しずつでも聞くことが出来て幸いだ。


「それで、なんで憂鬱そうだったの?」

 リゴベッテ大陸の事情はともかく、フィフジャが憂いを含む表情で故郷を見ていたのかが気になっている。

 ヤマトが聞くと、フィフジャはバツが悪そうな顔をした。

「あーええと……君らからもらった本なんだが」

「ZUKAN?」

「そう、それだが」

 フィフジャが興味津々だった動物図鑑だ。彼の荷物にあるはず。

「あれを、譲らないとならないかもしれない」

「別にいいよ」

 気まずそうに話すフィフジャに、あっさりとヤマトが答える。

 彼にあげた物だし、ヤマトたちは暗記するほど見た本だ。今更どうしようが彼のいいようにすればいい。


(あ、生活資金の為ってことかな?)

 本は貴重だと言っていた。そういう物が好きなお金持ちに売ればいい金額になるのかもしれない。

「そんなこと悩んでいたの?」

「あ、ああ……それもなんだが、相手がな」

「?」

 あっさりと許可を得てしまって戸惑うフィフジャが、続けて口籠る。

 眉を寄せて、少し幼く見える苦笑いを浮かべた。

「嫌いな……というか、苦手な相手なんだ。大森林探索の依頼主だから仕方ないんだが」

 苦手というよりは、嫌いなのだろう。本音が先だった。

「仕事なら、合わなきゃダメなんじゃない?」

「……苦手なんだ」


 フィフジャが苦い表情で言うのを聞きながら、ヤマトもアスカも笑ってしまった。クックラもくすくす笑っている。

 仕事の上役で、苦手な相手。

 それに探索の結果を報告するのが嫌で憂鬱だったのだと。

 悪戯がバレて親に叱られるのを恐れる子供のようで、おかしかった。



 ようやく故郷に帰って来たというのに、面倒なことを思い出して憂鬱な顔をしていたフィフジャ。

 何かもっと大変なことがあるのかと勘繰ってしまったヤマトたち。

 お互いに、もっと言葉を交わさないといけなかった。

 色々ないざこざがあって、聞きにくかったり話しにくかったりしていたけれど。

「もっとフィフのこと話してよ」

 アスカがせがむ。

「いや、そんなに面白い話はないぞ」


 そんな前置きをしてから、フィフジャは話してくれた。

 彼と、師匠の修行の日々を。

 確かにあまり楽しい話とは言えなかったけれど、それはヤマトたちが知らない彼の人となりを教えてくれる話だった。


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