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海に光る

 白耳鼬(びゃくじゆう)


 彼らは波の上を跳ねる。

 普段は波間に浮かんでいるだけだが、移動する時には波の上を跳ねまわる。

 体毛は灰色だが、特徴的な長く白い耳。波間を跳ねる際には、その白さが残像となって弧を描く。

 細い月のような残像を残しながら、波の上を跳ねる魔獣。

「このまんまじゃ追い付かれるぞ!」

「風がねえんだ! どうにもなんねえよ!」

「喋ってたってどうしようもないだろ! 腹ぁ括んな!」

「無茶を言ってくれんなよ!」

 船は半ばパニック状態になっている。


 太陽の方角というのは、進行方向正面側。船の進行方向を基準としていて、地球で言えば零時の方角ということになる。

 逆に月の方角というのが後ろ側ということ。

 右が剣で、左は花と表現される。剣日の方角というのは、右前方という意味だ。

 太陽の方角。つまり進行方向正面に現れたのは、船乗りにとって海で出会いたくない魔獣の上位に入る白耳鼬。

 その十数頭ばかりの群れだった。


「この風じゃ逃げきれないわよ」

「仕方ねえ、ベジェモ樽使え!」

 サトナの報告に対してダナツが指示をした。

「一個しかないんじゃ」

「ちいとでも減らせりゃあいい! ああ、後回しにするんじゃなかったぜ」

「わかった!」

 ダナツの指示を受けて、サトナが船尾に駆けていった。


 アスカは見ているだけだ。何をどうすればいいのかわからない。

 とにかく、自分の手の届く所に敵がきたら倒せるように身構える。

 足元が不安定なので手にしているのはステンレスナイフだ。バランスを崩したら長物は使いにくい。

「俺らが標的かよ、くっそ」

 ダナツがぼやくのも仕方がない。ギュンギュン号が先頭を進んでいた為、真っ先に白耳鼬の警戒域に入ってしまった。他の船の方が遠くに離脱している。


 白い耳が跳ねながら追ってくるのは、このギュンギュン号だけ――

「あっちにも」

「二、三匹だけな、クソったれ」

 別の船にも向かっていく白い影があったが、明らかに数が少ない。

 この船を追う白耳鼬の数は十匹を超えている。


(けっこう大きい)

 近付いてきてわかったが、白耳鼬はかなり大きな魔獣だった。

 毛皮がある。灰色っぽい毛皮をしていて、体は長い。イタチというのか、それとも――

(ラッコっていうか)

 図鑑で見た愛らしさとはまるで違うが、海で暮らすこの手の生き物を当てはめるならそれか。

 四つ足の獣のようで、長くはない足で波を蹴って跳ねてくる。

 灰色の毛並みで、長い耳だけが白い。四つ足の状態ならグレイより背が低いようだったが、体の長さはグレイより長い。

 おそらく体重は七十キロを超えるだろう。アスカの倍以上ということになる。


「ボーガ、お願い!」

 船尾からサトナの声が聞こえた。

 見てみれば、ボーガが大きな樽を一つ頭上に掲げている。

(さっき言ってたベジェモ樽?)

 聞いた覚えがある。いつだかグレイが食べていた、川辺にいた小さな鳥のような生き物の名前だ。


 ボーガは樽を振りかぶると、追ってくる白耳鼬の群れに向かって投げた。

「ぬあぁっ!」

 直線だった、放物線ではなく。相当な剛力で投げられた樽が白耳鼬たちの目の前の海面に叩きつけられる。

(爆発?)

 しない。

 が、海面に叩きつけられた樽が砕け散り、中に詰まっていたものが飛び散った。


 握りこぶし大のたくさんの塊が海面に四散する。

「あれって」

 なんだろうか。

 それを受けた白耳鼬が、跳ねるのをやめてその場に留まり拾い始めた。

 拾って、食べる。

 実に獣らしい行動。

「ベジェモ」

 名前のままだった。川辺にたくさんいた小さな飛ばない鳥、ベジェモが詰まっていただけだ。

 何かしら調理はしてあったようだが、保存の為だと思われる。


 加工したベジェモ――焼き鳥的なものを大量に詰めた樽、という単純な仕掛け。

 単純でも何でも役に立つのならそれでいい。魔獣なのだから食欲が優先で当たり前だ。

「やったか?」

「まだ三匹追ってくる! 違った、四匹!」

 サトナが再度後ろを確認して、まだ追ってくる影を数える。

「ちぃ、もう一個ありゃあな」

 ないものは仕方がない。

 群れの半数以上が、撒き餌のように投げられたベジェモを食べることに終始して追うのをやめてくれたので、状況は改善している。

 後は退治するしかない。直接。


「手伝うよ」

「坊主は引っ込んでろ!」

 フィフジャとヤマトが武器を手にして出てきたが、ダナツに怒鳴られた。

 仕方がない。今までの様子からヤマトが役に立つとは思えないだろう。

「僕だって」

 言い返そうとするヤマトだったが、アスカがそれを止めた。


「下がってて、ヤマト」

「お前まで……」

 気持ちはわかる。皆が大変な時に安全な場所にいろと言われて素直に聞ける性格ではない。

 それに、これまでの汚点を取り戻したいという気持ちもわかる。

「今のヤマトは手柄を立てようと焦ってるの! ダメだってお爺ちゃんが言ってたでしょ!」

「そんな……そんなこと」

「船酔いだってまだあるでしょ! それに――」

 ヤマトが手にしていた槍をひったくる。

 一瞬抵抗しようとしたヤマトだったが、アスカの力が強かった。


「あっ……」

「……自分の状態わかってない」

 奪い取った槍を、兄の胸につき返す。

 なぜ力づくで奪われたのか、わかっているのかと。

「ちゃんと握れてない。私より力が入ってないじゃん!」

「アスカ、もう来るぞ!」

 ヤマトと問答している間にも敵は待ってくれない。


 兄は色々と焦っているのだ。ケガをして、失態を晒して、それらを取り戻そうと。

 船酔いで足元も怪しく、また揺れる船の上での戦闘だというのに長い槍を手にしていることも。

 一対一の勝負ではなくて、魔獣と船員が入り乱れる戦いだとなれば、この槍が適切かどうかも判断できていない。


「お願いだから……今は下がって。クックラの傍にいてあげて」

 言葉を尽くして説明している時間がないのだ。アスカはお願いをした。

 理屈ではなく、家族としてのお願い。

「……うん」

 槍を受け取るヤマトは、唇を噛み締めて頷いた。

 本人も少しはわかったのだろう。手にきちんと力が入っていないと。


 そればかりではないのだ。万全な体調でないヤマトがここにいることで足手まといになる。

 手柄を立てようと焦っている。

 それは曾祖父から伝わる教えだった。失敗することになると。

 ヤマトにとって、それらの教えは大事なもののはずだった。だからアスカもそう言葉にする。

「わかった、ごめん」

 失態の上塗りになることを理解したのかどうか、どうであれヤマトは頷いた。


「任せて」

 魔獣との戦いだというのであれば、任せてもらえばいい。

「アスカは俺が見ている。下を頼む」

 ヤマトが立ち去るのを見届けない。これ以上は甘やかすだけだ。

 伝えるべきことは伝えた。アスカはそう思って船尾へと走る。

 もっと優しく伝えられたらよかったとも思うのだが、こんな性格なのだから仕方がない。

 兄にも、それくらいは許してほしいと。そう思うのだった。


  ※   ※   ※


 船尾に駆け付けた時には、既に一匹の白耳鼬が乗り込み、ボーガがそれに向かっていた。

 甲板まで上がって牙を剥く姿は、銀狼のそれにも似ていないこともない。だが体と耳の長さでバランスを悪く感じる。

 イタチという生き物を図鑑でしか知らないが、海で狩りをする大型のイタチがいればこういう生き物なのかもしれない。ラッコとイタチと兎を足したような姿。

 白く長い耳が、昆虫の触覚のように蠢く。


「ぬっ!」

 ボーガが顔の前を庇うと、びしりとそこを打つ衝撃があった。

「早い」

 白耳鼬の耳だ。

 鞭のようにしならせて、届きそうな距離ではないのにボーガの腕を打った。

 ただ長いだけでなくある程度の伸縮性もあるのか。


「来るぞ!」

 続いて二匹、また甲板に跳び上がってくる。

 そのうち一方が、跳び上がりながら耳で薙ぐように甲板の周囲を打ち払った。

「ぐぅっ!?」

「ぅどわぁっ! ひぁっ!」

 長い耳を伸ばして、頭を振り回して甲板あたりを薙ぎ払った。

 アスカに知識があれば、連獅子のようだと思ったかもしれない。

 近くにいた船員が打たれて、一人が船縁からバランスを崩して落ちかける。

 慌てて近くのロープに掴まるが、バランスを崩した船員に、別の白耳鼬が襲い掛かった。

「あ、あぁっ!?」


 がぶり、と。

 顔は少し丸みがあるのに鋭い口で、その船員の肩口を捕えて、そのまま海へと飛び込もうとする白耳鼬。

「コデーノ! くっそ!」

「ロープ離さないで!」

 飛びこませない。

 アスカは跳び上がろうとする白耳鼬に向けて投げナイフを投擲する。

 コデーノと呼ばれた彼が、噛みつかれた痛みでロープを離してしまったら――

『グウェェッ!』

 コデーノに噛みついた白耳鼬が首を振った。口を離して。


 ――ギッ!


 小さな音を立てて振り払われる投げナイフだが、コデーノは船縁にへばりついたままだ。

 攻撃は防がれたが、とりあえずの目的は果たしている。

「下がって!」

「あ、ぐぁぁ……っ!」

 呻きながら四つん這いで白耳鼬から逃げるコデーノを、魔獣は追わない。


 新たに上がってきた二匹のうち一匹はフィフジャが手斧で牽制している。最初に広範囲を薙ぎ払った奴だ。

 他の船員たちも、ボーガが対峙しているものと合わせて思い思いの武器を手にして立ち向かっていた。

 彼らは船員であって決して本職の戦士ではないはずだが、船で戦いになればそんなものは関係ない。


 一番様になっているのはボーガと、もう一人は――

「ってぇじゃねえか! メメラータなんとかしやがれ!」

「してんだよ! 黙ってな!」

 船尾ではなく船首側に乗り込んだ白耳鼬と戦っているようだ。


 舵を握るダナツも攻撃を受けているようで、それをメメラータがフォローしている。

 サトナを始めとした他の船員たちは、帆の向きを変えたり周囲を確認したり。

 船を止めて戦っているわけではない。進めながら、急な方向転換で風を受ける帆の角度も調整しながらの戦いだ。

 進まなければまた他の魔獣が追ってくるかもしれないし、周囲を見ていなければ他の船と衝突するかもしれない。

 それぞれの役割を懸命にやっていた。


 アスカの目の前で牙を剥くのは、コデーノに噛みついた一匹。

 投げナイフで攻撃されたことに腹を立てているのか、警戒しているのか。

 二本の長い耳を、風切り音を上げながら振り回しつつアスカとの距離を測っている。

「っ!」

 身を躱す。

 突きさすように、片方の耳がアスカの顔に向かってきた。

 鞭のように打つよりも速度は少し遅かったが、直線的な攻撃で、攻撃動作から刺さるまでの時間で言えばより速い。

 頬の横を抜けた風圧を感じながら、手にしたステンレスナイフでその耳を切ろうとする。

『ウェッ!』

 しゃくり上げるような声で鳴いて、斬られる前に耳を戻した。


「…………」

 強い。

 海で恐れられる魔獣というだけのことはある。

「でも」

 実感する。


 ()()()()()()には、やはり慣れている。


 物心ついてからずっと魔獣とのやり取りを目にして、戦ってきた。これとは違うが、いろんな種類のものと。

 人間との戦いに気後れしていた時とは違う。

「いいんじゃない」

 不謹慎かもしれないが少し楽しい。楽しいというのも違うが、自分の土俵だと思う。

 狩るか狩られるか。

 ボーガへの攻撃を見ていた。長いだけでなく伸縮する耳を使った攻撃というのは初めてだが、予習した。

 それだけが特徴ではないだろう。魔獣の動きというのは人間と違って予測しにくいけれど、だからこそ想像力を広げて戦うのだ。


「あんたも、私の糧にしてあげる」

『クェオォォ』

 アスカの言葉に応えるように白耳鼬も唸った。

『クァッ!』

 一声を上げてから跳び上がってアスカに襲い掛かる白耳鼬に、最後の投げナイフを投げつける。これで予備はもうない。

 当たるタイミングだったが、白耳鼬は伸ばした耳で近くのマストを叩いて躱した。空中での姿勢制御は予測しなかった。

 空中で向きを変えたことでアスカの位置とは違う場所に着地する白耳鼬に、今度はアスカが距離を詰める。


 魔獣が降り立つ場所に向けてステンレスナイフを、と構えるアスカに叩きつけられる長耳。

 上から落ちる勢いと合わせて、長耳をアスカに向けて垂直に振り下ろす。

「っ!」

 避けざまに、上から叩きつけられた耳にナイフを走らせた。

 鞭ではない。この魔獣の体の一部だ。


 似たような攻撃を受けた経験も活きている。黒鬼虎の尻尾の振り回しと似ている攻撃。

 速度は似ているが威力はあちらの方が上だった。重量が違う。

 黒鬼虎の尻尾は、直撃すれば骨折しかねないほどの重みがあったのだから。それに比べたら軽い一撃を見極めるのに恐怖は少ない。


『キュイィィィィッ』

 耳を断ち切られた白耳鼬の悲鳴が甲板に響く。

 すかさず詰め寄るアスカに、片方の耳を切られた白耳鼬の行動は意外だった。

 突進。

 負傷したものの、それでも小柄なアスカに食らいつこうと突進した。


 牙を剥いて自分の体重の倍以上の獣が突進してくる。

 アスカは、距離を詰めようとそちらに踏み込んだところだった。突進が避けられない。

「っ!」

 左手で逆手に持ったステンレスナイフ。

「ここ!」

 正確に、一瞬で距離が縮まった白耳鼬の目に向けて叩き込むことを選択。


 これで仕留める。

 牙より上に手を、食いつかれないように。

「たぁ!」

 左手の逆手に右手を添えて、アスカに食らいつこうとする白耳鼬の鼻面から目の辺りにナイフが差し込まれる。

 脳にまで達するように、力を込めて。

 ごすっと、重い手応えがあった。


 白耳鼬より上に行こうと少し跳び上がったアスカの手に、確実に命を奪う感触が伝わってきた。

(よし!)

 目算通り。

 だが、自分の体重の倍もある物が勢いをつけて衝突してきた力も、まともに正面から受けてしまう。


 甲板から足を離していたアスカは宙を舞い、くるりと回転を――

「あ?」

 大森林でなら、問題はなかった。

 港町でも問題なかったはずだ。

 ここが、海の上でなければ。


「しまっ――!」

 飛ばされたのは船尾の、さらに後ろ。

 足を着く場所がない。わずかに遠く。

「⁉」

 真下には、真っ暗な海面だけがアスカを待っていた。

 そこはまるで死を迎えるかのように、底の見えない真っ暗な――


「アスカ!」

 聞こえた声は、ヤマトだったのだろうか。

 船尾の縁でも掴めばと伸ばしたアスカの手から、船が逃げていく。

 微風でも進んでいく船は、空中に投げ出されたアスカから遠ざかるように進んでいって。

(私……)

 アスカの意識はそこで途切れた。


  ※   ※   ※ 


 意識がなかったのはおそらく数秒のことだ。

 激しい水流の中を誰かに抱きしめられている。

 強く、きつく。痛いくらいに。


「おとう……」

「引き上げろ!」

 怒鳴る。上に向かって。

「アスカ! しっかりしろ、アスカ!?」


 激しい水流は、船に引っ張られているからだ。

 微風で遅いと言っていたけれど、海から見たらかなりの速さ。走っているかのような速さだった。

 引き摺られる。

 船から垂れた荒いロープで引き摺られて、船と繋がっているのか。

 上の白耳鼬はどうなったのかわからない。

 少なくともアスカが戦っていた一匹は倒したと思うのだが。


「嬢ちゃんを助けんぞ! そぉれ!」

 上から聞こえてくる。元気な船員たちの声が。

 無事なようだ。よかった。

 アスカは、激しい流れの中で自分を掴まえる頼もしい腕を、強く抱きしめるのだった。




「はあ、はあ……」

「無事か、嬢ちゃん」

「兄さんも、よぉ」

 引き上げてくれた船員たちが荒い息を吐きながら二人に訊ねた。

 ずぶ濡れのアスカと、血まみれのフィフジャに。

「フィフ……ごめんね、ごめんなさい」

「大丈夫だ、から。っつぅ」


 フィフジャの左腕の皮膚がずたずたに裂けている。

 頬も腫れているし、右手も負傷していた。

「守るって……見てるって約束、したから」

 戦いの前にフィフジャはヤマトに言っていた。そんなことの為に、危険を顧みずにアスカを助けようと海に飛び込んだのかと。

 いや、海に飛び込む際にロープを左手に巻き付けていた。

 飛び込む際には命綱を持っていたとはいえ、それでもためらわずに出来ることなのか。


「ケガは、ないか?」

 聞かれる。

 この状況でなおアスカを気遣って。

 何を言っているのか。ケガならあるじゃないか、自分の腕にはイヤというほど。


「バカ! 私よりフィフのがひどいじゃん!」

 泣きながら怒ってしまう。別に怒りたいわけではないのに。

 痛みに顔を引き攣らせながら、フィフジャが苦笑する。

「だよな」

 引っ張り上げられた際に、左腕に巻き付けたロープで皮膚が削られていた。

 痛かっただろうに。それでも手を離さなかった。


「海に落ちた子を見つけるのは難しい」

 そう言うボーガも、腕に赤く太めの傷があった。

 白耳鼬の耳に打たれた痕だ。ボーガは鞭のように打つそれを受け止め、そのまま掴んで動きを封じていた。

 動きが止まったところを周囲にいた全員で止めを。力技だが被害を抑えるためには有効な手段として。


 もう一匹は――

「嬢ちゃんが落ちそうになった途端に、兄さんが物凄え勢いで白耳鼬の頭を掴んでよ。喉に手斧叩き込んで」

「すごかったぜ、ありゃあ怒ったメメラータよりすげえ」

「……夢中だったんだ」

 賞賛を受けているのに、フィフジャは少し居心地が悪そうだった。


 右手のケガは接近戦闘時に牙か何かに刺さったのか。

 頬はあの鞭のような耳に打たれたに違いない。

 普段のフィフジャからは想像できない強引さだが、それだけ必死だったのだろうと思う。


「お前は勇敢で優秀な戦士だ。よく見つけた」

「ああ、それは違う」

 ボーガの言葉にフィフジャは首を振る。

 何が違うというのか。海に落ちたアスカを見つけて拾い上げたのは間違いないのに。


 フィフジャはアスカの足を指さした。

「靴だ」

 アスカも自分の足を見る。

 夢中で気付かなかったが、靴が脱げてしまってなくなっている。素足のまま。

 日焼けしていない素足の肌が、海水に濡れて月明かりを反射している。


「あ……お母さんの……」

「アスカの靴が光ったから、それでわかっただけだ」

 海に落ちた衝撃でアスカの靴が光った。母の芽衣子から受け継いだ靴が。

 海の中で、アスカの居場所を教えてくれた。


「…………」

 船の後方を眺める。

 襲撃で散らばっていた他の船も追ってくるのが見えた。

 月明かりに照らされた海に、ギュンギュン号が通り過ぎた波紋が広がり、消えていく。

 アスカの靴を飲み込んで。


「……ありがとう、お母さん」

 助けてくれた。

 そんな意思はないかもしれないが、アスカの窮地を救ってくれた。

 もちろんフィフジャもそうだ。自分の命さえ危うかっただろうに。

 だけど、アスカは素直に言えない。面と向かって言うのは少し気恥しい。泣いているし、怒ってしまったし。

 だからもう一度、波間に向かって言う。心を込めて。


「ありがとう」

 揺れる水面は何も答えず、ただ月明かりを返すだけだった。


  ※   ※   ※ 

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