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黄と青の警備隊長

「ヤマ――」

「近づくなアスカ!」

 駆け寄ろうとするアスカだったがフィフジャに静止される。

 グレイも、毛を逆立ててその男に牙を見せていたが飛びかかりはしない。


「兇刃狂ゼフス」

「……ラボッタの所にいた小童か」

 フィフジャを認めて、その男は少しだけ目を見開いて言った。

「なるほど、奴の関係なら――」


『ガァァァッ!』

 グレイが飛び出す。

 危険がわからないほど鈍くはない。

 だが、仲間を守る為に戦うことに躊躇うような性分でもない。

「魔獣風情が」

 グレイの動きも目にも止まらない速度だ。

 だがその男の剣閃は見えない。

 そして握っている武器は、風の刃を飛ばす魔道具だ。


 下段に、足払いのような横薙ぎを振るう。

 四つ足の魔獣であるグレイの避ける範囲を限定するように。

『ッ!』

「ほぅ」

 グレイの爪が、その見えない風の刃を斬り払った。

 さすがにそれは思っていなかったようで、感嘆の声が漏れる。


『グワァン!』

 斬り払ったところから、さらにグレイの速度が加速する。

 まさに銀色の光の一閃のように。

 その男――ゼフスの剣閃の速度と変わらない速度で突っ込むなど、人間に出来る挙動ではない。

「だが」

 動きは直線的。獣だからできる速さでも、フェイントなどの駆け引きはない。

 そしてゼフスの剣速はその速さに劣らないのだ。


 正確に、確実に。今度は風の刃ではなく金属の刃がゼフスに食らいつこうとするグレイを捉えた。

「グレイ!」

 アスカも駆け出す。だがとても追いつかない。フィフジャもその後を追う。

「し――」

『ンッ!』

 曲刀を持つゼフスの手が弾かれた。

 グレイが、高速で回転した際に何かで――アスカの目では見切れなかったが、甲高い音を立てて弾かれた。


「普通の魔獣では――」

 曲刀を握りなおすゼフス。

 今度こそグレイの体を両断しようと、上段で。

「――っ!」

「ぬぁっ!?」

 そのゼフスの体が、観衆の中に突っ込んだ。


「やらせ、るかぁ!」

 ヤマトだった。

 指を切られ、血を滴らせながらゼフスの後ろから思い切り体当たりをしたのだ。

 斬られてから数秒。それで戦意を取り戻すとは思わなかったのだろう。グレイの脅威も感じて完全に意識から外れていた。

(違う、ヤマトが速かった)

 ゼフスは何もヤマトを無力と見ていたわけではない。確かに注意を逸らしていたが、それでも無力化したとは見ていなかった。

 ヤマトの突進が、グレイの動きに近いほどの速度だったから反応しきれなかっただけだ。


「逃げるぞ! アスカ!」

 フィフジャが声を掛けたのはアスカを促す為ではない。

 転がっているヤマトの指に一番近かったのがアスカだったから。それを拾えと。

「ヤマト、グレイ!」

 拾う。

 兄の指を、切断された兄指を、血に汚れるのも構わず拾う。

 ヤマトは顔を苦痛に歪めながら、一緒に駆け出す。

 だが――


「っ!」


 観衆も、プエムの兵士も入り混じった中。

 ヤマトのリュックサックを手に引っ掛けて逃げていく小柄な背中。

 盗人だ、と思ったところで――


「無理だ! 頼む!」


 フィフジャの悲鳴に近い絶叫。

 アスカにも意味はわかった。それを追っている猶予はない。

「ヤマト、走って」

 苦痛に顔を歪めながら走るヤマト。

 グレイと共にその後ろにつく。

 痛みのあまり、自分の荷物が奪われたことに気付いていないかもしれない。

 槍だけは、無事な方の手で握って離さない。こちらは握っていることさえ忘れているかもしれない。


「どけ! どいてくれ! グレイ!」

 フィフジャの声に応じてグレイが先頭に駆け出す。その後ろ脚にも赤い一筋の傷が見えるが、走る速度はアスカよりも早かった。

『ウァンッグァン!』

 グレイを先頭に立てて吠えながら進めば、行く手にいる人たちも血相を変えて避ける。


 その方向は、町の出口とは逆方向だったが、今更道を選ぶ時間はなかった。


  ※   ※   ※ 


「……これではゾマークを叱れんな」

 重なり合って倒れ込んだ兵士や町民を退けて立ち上がり、軽く服の裾を払う。


 あの年齢で、指を切り落とされた精神的な動揺や苦痛を即座に切り替えて、斬った相手に向かって突っ込むとは想定しなかった。

 過酷な訓練をしていたとしても有り得ない。

 どこか頭のネジが飛んでいるのでもなければ。心が壊れた狂戦士でもなければ。


「あの男なら、そんな者を育てるか」

 逃げて行く背中はかなり遠くなっている。追って追えないこともないほどの距離だったが、ゼフスが追うことはなかった。


 ゼフス・ギハァト。

 ギハァト一家の当主であり、兇刃狂と名を響かせる剣士。

 交通手段が限られるこの世界で、海を渡るほどの武名を存命中に残すというのはさほど多くはない。

 その武名でプエムの先代の当主に気に入られ、用心棒のように雇われた。

 港町というのは悪くない。気が向いたら他の大陸への渡航も融通してもらえたし、この町ではそこそこ快適な暮らしが出来ている。

 それでも雇われているのだから、雇い主の意向には沿う。


 ヤルルーを負傷させて侮辱したという者を捕えろと言われればそうするし、殺せと言われれば殺す。

 町のコソ泥がその一行の情報を持ってきた。兄妹と連れの探検家。それと魔獣が一匹だと。

 兄の特徴を聞いたゾマークが嬉しそうにしていたのは、これの悪い癖だと思っている。

 腕が立つ相手だと聞くとすぐに戦いたがる。己の腕を誇示したがる。

 ゼフスも昔はそうだったので理解できないわけではないが、ゾマークの腕は稚拙だ。本能的というか魔獣的というか。


 だから兄たちには及ばない。人間を相手にするのはただの力比べではないのだから。

 技術、観察力、駆け引き。その上での身体能力が必要だが、なまじ身体能力だけで勝ててしまうのでそこに落ち着いてしまっていた。

 戦いの技術ということで言うのなら、ゼフスは良い見本を知っている。苦い記憶だとも言えるが。


「ラボッタのことだ。家名までは伝えていなかったのだろう」

 先ほどゼフスを兇刃狂と呼んだ若者のことを思う。

「相手がラボッタの一派だというのなら、こういうこともあるだろう。ゾマークも運が良い」


 つい先ほどまでは、この不出来な三男をどうしたものかと考えていたのだ。

 ギハァトは武力を売り物にしている。

 この町である程度好き勝手な暮らしをしていられるのも、その看板があってのこと。その看板に泥を塗った。

 生きていたら家名を剥奪して追放しようかと思っていたのだが、少し事情が変わってきている。


「ラボッタの弟子が仕掛けてきたというのなら、それはそれで悪くはない」

 海を越えて武名が響くのは限られた者だけ。

 そういう意味でいうなら、ラボッタ・ハジロという名は兇刃狂よりも鳴り響いている。

 情報に敏い者であればもちろん、町の酒場でもリゴベッテの大魔導師という題目での英雄譚を聞いたことがある者は多いのだから。

 それほどの男の関係者との闘いというのなら、それはそれで武名と言える。

 悪いことばかりでもない。

 むしろさらにギハァトの名を高める機会が訪れたとも言える。


「……勝てるのなら尚のこと良い」

 手にした曲刀に薄っすらと残る血の跡を見る兇刃狂ゼフスの口元には笑みが浮かんでいた。


  ※   ※   ※ 


 走る。

 走り続ける。

 後ろから追ってくるものがあるのかどうか確認している余裕はない。


 大森林を抜ける時もそうだった。

 あの時は生い茂る木々の中を走っていた。今は怒号や悲鳴の飛び交う町の中を走っている。

 門に近い場所から港に向かって進むにつれて、だんだんと混乱がひどくなっていく。

 昼にはまだかなりある。この混乱がいつまで続くのか、終わりがあるのかアスカにはわからない。

 手の中には少しぬめった感触があった。決して良い感触ではないが、失いたくないと思う。

 思い返せば、あの瞬間の出来事が再生できる。脳裏に焼き付くというのはこういうことか。


 あの男が剣を手にしてから逃げ出すまでは十と少し数えた程度だ。初撃を目で追うことは出来なかった。

 直前に戦っていたのがゾマークのような直情型だったせいもある。自然体で予備動作なく襲う必殺の一撃を、よく咄嗟に防いだと思う。

(さすがね、ヤマト)


 実はそれは、意味もなく不意打ちを仕掛けるアスカとの日常で培われた危機予測でもあったのだが、アスカにはそれはわからない。

 ただ無事で良かったと。

 グレイも、ヤマトが戦う意思を失くしていないと知っていて仕掛けたのだと思う。注意を逸らす為に。

 全力での突進からの回転攻撃は初めて見たが、相手の武器を弾くことに集中していたように見えた。



「ち、またか……」

 フィフジャが舌打ちと共に足を止める。

 前方に、グレイの咆哮を受けても動こうとしない男がいる。

 短い黒髪で、その背丈は非常に高い。他の兵士たちより頭半分以上。

 その男が動かない為か、兵士たちもそこを動こうとはしない。


「プエムの命だ。逃がさん」

 男は短くそう言った。

 背中に背負った長大な剣を手にすると、抜いた鞘を隣にいた兵士に預けた。

 長すぎて背中から直接は抜けないらしい。


「あれは、最強の……」

 ヤマトが呻く。

「知ってるの?」

 アスカの問いかけに頷くヤマトの顔色が悪いのは、ケガのことだけでもなさそうだ。

 最強と言ったか。

 それが先ほどの兇刃狂とやらよりも強いということなら最悪だ。妖魔クラスの敵だと思っていい。全員でかかる必要がある。

 だが、手負いのヤマトでは――


「あんたら、こっちだ!」

 なぜ、呼ぶのだろうか。

 助けてもらう義理がない。

 ヤマトは弾かれたように走り出すが、どこに行こうというのか。

 また騙されるかもしれない。また襲われるかもしれない。

 少しだけだったが気を許した相手に裏切られたアスカにはその可能性が捨てきれない。


「行くぞ!」

 フィフジャに言われて、迷っている暇はないと駆け出した。

 細い路地。

 それはツウルウに連れて行かれた場所と――場所はまるで違うが――同じ道に見える。

 この先に出口はないのではないか。罠があるのでは。


「…………」

 考えても仕方ない。さっきの道にはプエムの兵士の待ち伏せがあったのだし、後ろから追ってくる敵もいるはず。

 この、意図のわからない女についていくしか……


「なぜ、だ?」

 走りながらフィフジャが訊ねる。前を走る長身の女に。

「ああ? それは・・・なんでだろうね。坊やが見えたからさ」

 走りながら意味のわからない答えを返す女。竜人の。

 ヤマトは苦痛に顔を顰めながら笑いを漏らしたようだった。


「ありがとう、メメラータ」

 知り合いらしい。この町で兄はいったい何をしていたのだろうか。女たらしだろうか。

「って、あんたその手……ああーもう、こっちだよ」

 ヤマトのケガに気が付いたようで、路地を曲がりながら走る。

「こりゃ大将にどやされるね」

「追い付かれるぞ!」

 走っているうちに開けた場所に出てくる。


「!」

 眩しい。

 港だ。出航準備をしている船の回りでも荷物の奪い合いのようなことがあちこちで起きている。

 船の乗員側も、略奪者から荷を守ろうと抵抗していて、転がって呻いている人たちも少なくない。

「ち、仕方ないね。あんたら先に行きな。あの船だよ!」

「しかし」

「あたしの名前出しゃいい。ヤマト、大将はわかるだろ」

「だけど……」

「やっかましい、さっさと行くんだよ! これでもゾカの村じゃ一番の女戦士だってんだ! 怪我人やガキなんざ邪魔だよ!」


 メメラータは、そこらに転がっていた樽の切れ端を両手に持つ。とりあえずの武器か。

 その姿は確かに女戦士と称するに相応しいのだが。

「ケルハリに見てもらいな。大将にはあたしがそう言ってたって……もう行きな!」

「すまない、恩に着る」

 フィフジャは頷いてヤマトの背中を押す。


 まだ戸惑うヤマトに、

「お前を船に乗せたら俺が戻る。早くしろ!」

「う……うん」

 血の気が薄くなってきているヤマトがいても満足に戦えるわけではない。

 フィフジャなら戦える。それに――


「私が」

「ダメだ!」

「バカを言うな!」


 言いかけたアスカに、思いのほか強い語調で叱られた。

 思わずアスカが言葉を飲み込むほど。

 怒っている。二人が真剣に怒って、アスカの発言を封殺した。

(私……)

 心配されている。負担になっている。

 二人の気持ちに安堵している自分もいるのがわかる。


 お前は安全なところにいろ、と。

 大森林でそんなことを思ったことはなかった。そんなことで気持ちが落ち着くなんて感じたことはなかった。

 人間の町は怖い。

 そういう言葉を聞いて、実際に町に来てみて、ほとんどの生き物がアスカより弱いのに。

 それなのに、隠された悪意や集団での狂気が、自分が思っていた以上に自分に不安を与えていたのだと実感する。


 気持ちの悪い生き物だ。

 獣と違う。

 だけど――

「ありがとう、メメラータ」

 悪い人ばかりでもない。彼女は何を思ってアスカたちを助けてくれるのか。何の見返りがあるのか。

 見返りなどないのか。

 長身の竜人は、アスカの礼に背中を向けたまま手を振った。


 かっこいい。

 アスカもああなりたいと、そう思うのだった。




「なんだお前らは?」

「敵じゃない、メメラータに言われて……ダナツさんはどこ?」

 脂汗を浮かべながらヤマトが言う。

 斬られて血を流しながら走ってきている。既に体力は限界に近いはず。早く手当をしたいのだが。


 船に上がる渡し板手前で、船を守ろうとしていた船員らしい男を助けるように暴徒を海に突き落とした。

 それで敵か味方か問われるだけの疑念は浮かんだらしい。

「大将? 大将なら……」

「なんだぁ?」

 船を繋留している縄を伝って上がろうとしていた暴徒の一人をぶん殴りながら答えが返ってきた。


「ああ、くそったれが……なんだ、姫さんの護衛じゃねえか」

「ごめん、ダナツさん……」

「……ひでえな、とにかく上がれ。ボーガ! ちょっとここ見とけ」

 ダナツが大声で呼ぶと、少し離れた場所にいた竜人の青年が黙って頷いた。

 全員で船に乗り込む。とりあえずは話ができそうだ。


「ごめ、んなさい……」

「謝られたって事情はわからんぞ」

「メメラータって人に言われて、ケルハリに見てもらえって。オジサマに言えばいいって」

 安心したのか痛みでうずくまってしまったヤマトの代わりにアスカが伝言を告げる。

 少しでも印象を良くする為に媚びることも忘れない。

 おそらくケルハリは船医のような役割なのだろう。


「メメラータのやつこんな時に……ああ、姫さんの知り合いじゃあ仕方ねえが」

「女の子が俺っちを呼んでなかったっすか?」

 ひょい、と船室に降りるドアから顔を出したのは、軽薄そうな男。

 記憶にある。町で出会った時にいた男だった。

 名乗っていたかもしれないが、その時は覚える必要性を感じなかったので記憶に留めていなかった。


「って、こりゃひでえっすね。綺麗にすっぱりとまあ」

「ゼフスだ」

「マジっすか」

 フィフジャが下手人の名を告げるとケルハリは驚きと共に感嘆の表情を浮かべた。

「よく生きてたっすね」


「お願い、治して」

 他のことはどうでもいい。

 とにかく、この血を止めなければならないし、指を繋げないとならない。

 ちゃんと動くようにはならないとしても、なんとか。


「・・・あのバカ大女が。ええい、とにかく中に入れ」

 ダナツが苛立つように、戸惑うフィフジャをまとめて船室へと押し込んだ。

 グレイだけは、船室に入らず甲板でボーガと共に略奪者を追い払う手伝いをする。

 興奮状態の略奪者たちも、牙を剥く銀狼を見ては二の足を踏むようだった。


  ※   ※   ※ 


 ヤマトの姿がない。

 戦いの中、どこかに走り去るのが見えた。相手にしていたのはゾマーク・ギハァトだったので逃げるのが正解だろう。

 あの男は人を斬ることを楽しんでいる狂人だ。

 持っている武器も魔道具だとかで、いくらヤマトの腕が立つとは言っても軽々しく戦うような相手ではない。


 チザサの兵士とロファメト兄弟が押し返したことで戦況は拮抗。

 だが周囲の暴動の混乱とに紛れて、気が付けば周囲にまともに動く人間はいなくなっていた。

「あー、なんだ……ちょっと頭に血が上りすぎたか」

 ボンルは一息ついて、周囲を見回した。


 殴り飛ばしていたのはプエムの兵士だったと思うが、今は暴れていた町の住民相手だ。

 襲ってきたのだから仕方がない。返り討ちにしただけなのだから。

「……ち、こりゃあどうにもなんねえな」

 兵士たちの姿もない。いくらか死体やら負傷者やらが転がっているが、どうやら双方引いたらしい。

 だが町のあちこちで騒ぎが起こっている。


「……当分は終わんねえか」

 取り締まる連中同士が喧嘩をしている。

 本来なら一番に取り仕切りそうなヘロの兵士がほとんどいないし、いても組織だった行動をしていない。


 ――あんたら、こっちだよ!


 不意に声が聞こえた。知っている声だ。

「?」

 ひょいとそちらの方を見れば、とてつもなくイヤな顔があった。目立って長身の剣士。


「……デイガル・ギハァト」

 こちらを見ているわけではない。反対方向に――

「…………」

 なんでまた、よりにもよって、この町で最も相手にしたくないような男に追われているのか。

 これでは話しかけることなど出来ない。

 無事を祈ってやることさえ難しい。


「……っとに、なんだってこんな」

 路地に入っていったヤマトたちの後を、プエムの兵士たちが追う。

 反対側に回ろうとする者もいる。そちらには一番厄介な男はいなかった。

 楽な方を選ぶとしても、少しは助けになるだろう。

 どうやら彼らに迷惑をかけてしまったのだという負い目もあるのだから。


「てめえらの相手は俺だぁ!」

 十人にもならない兵士だ。引き付けてやるくらいは出来る。

 大声を上げて注意を引く。一瞬、路地へと入りかけた長身の男が立ち止まってこちらを見たが、優先順位が低かったのかそのまま走っていった。

(あ、あぶねえ)

 一歩間違えば化け物がこっちに来ていたと、胸をなでおろす。


「なんだ貴様は?」

 大声で威圧してきておいて妙に安堵しているボンルの様子に、気味悪そうにプエムの兵士が聞いてきた。

「あァん? さっきも聞かれたけどよ」

 さっきもこんな赤い服の人相の悪い奴らに答えたような気がするが。

 まあどうでもいい。

 割と本気で、この役柄が楽しくなってきたところだ。


「俺様はこのノエチェゼの警備隊長、ボンル様だぜ!」

「ふざけたことを、やっちまえ!」

 突いてくる兵士の槍を掴んでそのまま振り回す。

 数人が巻き込まれて倒れるが、また立ち上がって向かってくる。

 しかしその動きは大したことはない。竜人族の村なら、子供でももっと強いものがいるだろう。

「この町の平和はなぁ! 俺様が、守ってやんだよ!」

 そんなことを思ったこともなかったが、悪くないと笑う。


 後でまたちゃんと、あいつらと話す為にはこのバカ騒ぎを収めないことには難しい。

 なら単純な話だ。

 バカ騒ぎをしている連中をぶっ飛ばして静かにしてやればいい。

 答えがわかっていれば、進む足取りも軽くなる。

 ボンルは、本当に久しぶりに、体が軽くなった気分で暴れるのだった。




 廃墟、とまでは言わないが。

 だが損壊した街並み。

 あちこちで火が上がったり泣き声が聞こえたり、まだ略奪なのか乱暴な様子の音も聞こえている。

 兵士たちをあらかた昏倒させ、残った兵士が逃げ出した後。

 ふと、顔を上げたボンルに眩しげな黄色が目に入った。


 ――黄色、か・


 好きな色なわけではない。

 全竜武会に出立する際に、出来るだけ目立つようにと村の者が仕立ててくれた服。

 右側が黄色、左側が青。

 太陽と空を表しているのだとか。

 これはなんと、裏返せば左右が逆にもなるのだ。


 竜人の村では服の染色は盛んではない。というか、無駄なことということでほとんど行われない。

 ただ晴れ着として仕立ててくれたそれを、ボンルは今でも捨てられなかった。

 村の期待を背負って旅立った。その期待を裏切った。

 なのに、その気持ちを捨てるのは何か違うと思ったのだ。重荷なら重荷で自分が背負ってなければいけない、と。


 よほど良い生地だったのだろう。数年経っても色褪せしないこの服は、褪せてしまったボンルの自尊心とは裏腹な外見を保っていた。

 だから好きな色かどうかと言われたら、苦手な色かもしれない。

 そんな黄色が、降り注ぐ日の光で輝いている。

 つい目を奪われてしまった。


 ――だというのに、その黄色の下には暗い顔が。

「……どうしたよ、チビ」

「あ……」

 岩千肢に襲われていた幼女だ。

 その黄色のハーフヘルムはアスカの物だったのではないだろうか。


 混乱の町の中、焼け出されたようにそこに立っている。

「んぁ……チザサの屋敷か」

 見れば、青い屋根に青い旗を揚げる邸宅。

 少し行けば牙城もある。西港のすぐ近くだ。

 ヤマトたちは、うまく逃げられただろうか。メメラータが一緒だったからダナツの船に乗るのかもしれない。

 船の算段をつけてやると約束していたのだったが。

 約束を果たせなかった。それどころか迷惑を――


「……はあ」

 ひょこ、ひょこと。

 座り込むボンルに近付いてくる幼女。

「あぶねえぞ、ここは」

「ん……」


 御三家同士が戦っているのなら、ここも襲われるかもしれない。

 こんな所で、はぐれたのだろうか。置いて行かれたのかもしれない。

 見れば何か手に持っている。

「どうしたよ?」

 差し出される。それは、銅貨。

「……バカ、いらねえよ。そんなもん見せてると襲われるぞ」

 ふるふると首を振る幼女。

 何が言いたいのか、ボンルも自分が察しのいい方ではないとは知っている。


「その金で農園まで送ってくれってんなら、まあ……」

 ふるふると。

 泣きそうな顔で。

 そうではないのだと言いたいことはわかるが。


「お前、そいつは……?」

 幼女のもう一つの持ち物は、見なければよかったとボンルに思わせるものだった。


  ※   ※   ※ 


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